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7/6 朝10時追記 英語の長文読解力の基礎は岩波新書レベルの本の読書量にあり。
7/6 17時追記 脳を使いすぎると筋肉の「炎症」と類似の症状を起こす。若いうちに負荷をかけなかった脳に30歳を過ぎて郷土の負荷をかけるのは危険な場合もある。脳が疲れて心が折れるのである。脳とこころはつながっている。

 土曜日の高校生の授業は学校再準備作業で全員が登校しているから、休むものが多かった。夕方、明治公園で仮装ダンスの練習をしたクラスも少なくなかったようだ。
 生徒は学校の進学講習で使っている英語の問題集をやっていた。最初は文法語法問題、それを終わると長文(?)問題。たったの1ページほどの分量でも「長文」というのだから苦笑い。たくさん読まないと読めるようにはならない。百題くらいピッくアップして辞書を引いて精読し、クリアファイルに保管して何度もやってみたら、長文の出題パターンに慣れる。週にたったの1題解いても2年間で百題になる。これを繰り返せば十分だ。
 「長文」を読むのが辛くなったようなので15分ほど休憩を入れた。3時間ぶっとうしはきついのだろう。
 全力でのめりこむと時間なんて矢のように飛んでいく。脳のエンジンがフルパワーになるとそういう快い「瞬間」が訪れる。周りの音と時間の感覚が消失してしまう。βエンドルフィンが大量に脳から分泌されるのだろう。繰り返すことで、そういう状態を自分の意志で創り出せるようになる。むずかしい問題に集中しているとき、難解な専門書を読んでいるとき、なにか難解な問題を考え続けているときに、プログラミングをやっているときにそうした状態になる。だから、高校生の時期には、自分の現在のレベルを超えるものにチャレンジすべきだ。そうした過程を通して脳の働き方が変わる。脳は質量を持った物理量ではあるが、大事なのはその「働き」である。よい脳は自分で創れるということ、いや自分にしか創れない。難解な問題を考え続けることが脳を鍛える。将棋の7冠王の羽生善治さんは江戸時代の詰め将棋の百題難問集を一月かけて全問を自力で解いたという。大数学者の岡潔も旧制中学の時代に数学の難問題集を解いている。易しい問題ばかりやっていたのでは、脳は鍛えられない。そういう意味では脳は筋肉に似ている。鍛えれば鍛えるほど発達するのである。
(若いうちなら負荷をうんとかけても、脳が柔軟だから受け止められるが、30歳を過ぎる辺りから厳しいかもしれない。使いすぎて「炎症」を起こしたり、筋肉の「断裂」のような現象を起こすことがある。情緒不安定になったり、躁鬱病を発症することがあるようだ。脳が疲れて心が折れた状態だから、そういう時は自然に触れて、脳を休ませなければならない。脳とこころはつながっている。)
 会話文を除いて、センター長文で出てくる文は書き言葉ではあるが、ネイティブの中学生程度のものが大半。高校生の読み物にしては内容は幼いレベルだろう。2次試験は大学の専門課程で読むような本から採録している場合が散見されるので、一般的には内容のレベルが上がる。そのときに重要になるのが、中・高校生の内にそうした専門書または入門書程度の読書をどれだけこなしたか量が問われる。新潮社の百冊は文学だから、まったく不十分で、岩波新書レベルの本は最低50冊は読んでおきたい。そういうレベルの読書経験が内容の濃い長文を読む際に読解力の基礎となっている。
 フランスの高校生は哲学が必修科目であるから、難解な文を読まざるをえない。科学の普遍的な方法を扱ったデカルト『方法序説』は哲学書でありながら国語の教科書に収載されているという。デカルトは「デカルト平面」の考案者であり、数学者でもある。理系だ文系だなどという仕分けをしてしまったら何が起きるのか?『方法序説』は哲学書だから国語のテクストとしては扱えない。デカルトはデカルト平面の考案者で数学者だから、国語の教科書には採録できないなんて馬鹿な話がまかり通ることになる。論理的に文章を読むためには実に重要な示唆が「科学の四つの規則」に含まれているのに、もったいない。ユークリッド『原論』も冒頭部分の解説を国語で扱ったら論理的思考に実に役に立つ。文系・理系の区別が、そうした異分野クロスオーバを阻んでしまう。
 フランスでは成績の良い生徒は哲学という教科を通して文章読解力が鍛えられると説明したら、「哲学の本がありますか」と訊くので、数冊本棚から引っ張り出した。
 ヘーゲル『精神現象学』、デカルト『方法序説』、ヘーゲル哲学の解説書数冊を隣の机の上に積み上げた。生徒は何冊かめくって、パス。ちょっとむずかしいものを出しすぎたようだ。岩波講座哲学は18冊あるが、わたしだって高校生の時にこのシリーズは読んでいない、なにしろこの本の第1巻が発売されたのが1967年11月で、ebisuが根室高校を卒業した半年以上後のことだった。もちろん、新宿紀伊国屋書店で発売と同時に購入した。『精神現象学』を買ったのはさらに数年後のこと。
(解説書のイポリット『ヘーゲル精神現象学の生成と構造』は学部のゼミの指導教授であった市倉先生の翻訳である。朝まで翻訳をしていて、午後の授業で眠そうなことが何度かあった。眠そうですねと訊くと、「イポリットの翻訳をしていたら空が明るくなっていた」なんてことをおっしゃった。)
 今日になって、ずっと軽い哲学入門書があったことに気がついた。「世界で一番やさしい哲学の本」と銘打ったヨースタイン・ゴルデル著『ソフィーの世界』である。これは中学生にも読める哲学の入門書だ。実際に塾生で一人だけ読んだ生徒がいる(現在高校三年生)、今週見せてあげよう。

 哲学は歯が立たぬと思ったか、そりが合わぬと思ったか、生徒は「先生、心理学の本ある?」と訊いてきたので、フロイト『著作集1』を引っ張り出して見せた。これは食いつきがよさそうだった、内容は精神分析の入門書である。顕在意識と潜在意識を分析したもので、夢と神経症の分析が行われている。心理学の古典的名著であり、フロイトによって心理学は精神科学としての自己の領域を確立したといっていいのだろう。フロイトの異端の弟子のW.ライヒの著作が数冊ある。性的エネルギーであるリビドーの抑圧が神経症を生み出す過程が分析されている。社会心理学としてはライヒに『ファシズムの大衆心理』(上・下2巻)があるが、これも本棚に並んでいる。ライヒのこの著作を挙げてエーリッヒ・フロムがかすんで見えるという人もいる。しかし、ライヒの真骨頂はオルゴンエネルギー研究にある。
 「面白そうならフロイト、もっていって家で読んでいいよ」と伝えると、リックサックに入れてもって帰った。
 他に、臨床心理士の「聞く技術」の解説書が数冊ある、ハウツーもので読みやすいので見せたらどういう反応を示すだろう。

 生徒たちが、いつ、何に興味をもつか先生にも生徒自身にも予測がつかない。何気ない話を糸口に、突然哲学や心理学に興味を抱いたり、物理学や数学が面白いと思ったり、古典文学に関心をもったり、コンピュータサイエンスにのめりこんだりする。
 書斎にさまざまな分野の専門書があるというのは、そうした生徒たちにとっては「触発」の機会が増えていい。なにより、そうした生徒たちの興味の広がりを目撃するわたしが楽しい。
 12年前にはじめたこの小さな私塾はようやく思い描いた形に近づいており、ふるさとに存在するだけでも意味があると自負している。体力の限界に突き当たるまではなかなかやめられない。


      



フロイト著作集 (1)

  • 作者: フロイト
  • 出版社/メーカー: 人文書院
  • 発売日: 1971/01
  • メディア: 単行本

ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙

  • 作者: ヨースタイン ゴルデル
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 1995/06
  • メディア: 単行本

精神の現象学 上 (ヘーゲル全集 4)

  • 作者: ヘーゲル
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1971/01
  • メディア: 単行本

ヘーゲル精神現象学の生成と構造〈上巻〉

  • 作者: イポリット
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1972/10/30
  • メディア: 単行本

ヘーゲル精神現象学の生成と構造〈下巻〉

  • 作者: イポリット
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1973/05/30
  • メディア: 単行本

 わたしがもっているのは1967年版の「岩波哲学講座」18巻である。第一巻は「哲学の課題」というタイトルになっている。岩波書店は1987年に哲学講座新版を出しているので、そちらを紹介する。(旧版は入手困難のため)

新・岩波講座 哲学〈1〉いま哲学とは

  • 作者: 大森 荘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1987/11
  • メディア: 単行本

新・岩波講座 哲学〈2〉経験・言語・認識

  • 作者: 大森 荘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1987/12
  • メディア: ハードカバー

新・岩波講座 哲学〈3〉記号・論理・メタファー

  • 作者: 大森 荘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1986/05/09
  • メディア: 単行本

新・岩波講座 哲学〈4〉世界と意味

  • 作者: 大森 荘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1985/10
  • メディア: ハードカバー

 日本人の書いた哲学書を2冊紹介する。和辻哲郎訳の懐奘の書いた『正法眼蔵随聞記』はebisuにも理解できるが、道元の著作は何度読んでも分からない。読んだだけではわからない種類の本で、修行が必要だ。リストに上げた本はすべて本棚にあるから、塾生が手にとって読むことができる。仏教は本来は宗教ではなく、哲学というのが正しいように思える。生・老・病・死からの魂の救済にもなるから宗教であると受け止められたのだろう。
 豆粒よりも米粒よりももっともっと小さい小さい粒の知性の持ち主のebisuが思うに、お釈迦様は人類史上最高の知性の持ち主である。初期仏教経典群を読むと無限に透明な知性の光が感じられる。お釈迦様の智慧の働きには限度がない。スッタニパータ(『ブッダの言葉・スッタニパータ』岩波文庫 中村元訳)やダンマパダや阿含経典などの初期仏教経典群を読むと良く分かる。それらも、本棚に並んでいる。


正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)

  • 作者: 和辻 哲郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1982/02
  • メディア: 文庫

正法眼蔵〈1〉 (岩波文庫)

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1990/01/16
  • メディア: 文庫

正法眼蔵〈2〉 (岩波文庫)

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1990/12/17
  • メディア: 文庫

正法眼蔵〈3〉 (岩波文庫)

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1991/07/16
  • メディア: 文庫

正法眼蔵〈4〉 (岩波文庫)

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1993/04/16
  • メディア: 文庫

すらすら読める 正法眼蔵

  • 作者: ひろ さちや
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/07/18
  • メディア: 単行本

正法眼蔵〈1〉

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1996/06
  • メディア: 単行本

正法眼蔵〈2〉

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1996/07
  • メディア: 単行本

正法眼蔵〈3〉

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 単行本

正法眼蔵〈4〉

  • 作者: 道元
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1996/10
  • メディア: 単行本

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1958/01
  • メディア: 文庫

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/01/16
  • メディア: 文庫

原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話

  • 作者: アルボムッレ スマナサーラ
  • 出版社/メーカー: 佼成出版社
  • 発売日: 2003/12
  • メディア: 新書

 わたしの書棚には阿含経典初版の単行本が全冊(6冊)揃って並んでいる。これは手に入りにくいので同じものが文庫になって発売されているので、そちらを紹介する。

阿含経典〈3〉中量の経典群/長量の経典群/大いなる死/五百人の結集 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2012/10
  • メディア: 文庫