ニムオロ塾

長文読解夏季特訓が終わって

          長文読解夏季特訓が終わって

 7日間の長文読解トレーニングが今日で終わった。用意してあった10個の記事の内、4つを消化できた。残りは普段の授業で扱うことになる。
 今回の特訓はパラグラフ・リーディングのトレーニングでもあった。ロジック主体にパラグラフ単位でコンテキストを読み解かないと精確な訳のできないレベルの高い論説文がある。
 立場の違いから来る意見の違いは、正邪の判断になじまない。双方の利害を考えながら、立場の違いを乗り越えるような思考が要求される。「正解が一つである」という思考に慣らされた高校生諸君にはロジカルな読解は苦手である。英語でも国語でもこのような読解トレーニングや作文トレーニングは行われていないのだから、PISAの学力調査で読解力レベルが低く出てしまうのはこの辺りにも一つの原因があるだろう。
 突き詰めて言うと学習指導要領が貧弱だということだが、「お上」のやることに期待して待つのは時間の浪費というものである。文科省の政策に一貫性があるとすれば、それは「戦後一貫して迷走している」ことにある。だから、よいと思うことは自らの判断と責任ででどしどしやるべきだ。戦後の教育政策の変遷、最近のゆとり教育への批判をみても文科省に期待はもてない。自らの判断と責任で授業ができない人は少なくとも教育者にはむいていないだろう。自立して思考し行動できない人間が教育を担うこと自体無理がある。教師というのは突き詰めて考えると、ずいぶんきつい職業だと思う。とくに公立学校の先生方が自分の頭で考え、判断して授業をするのはたいへんだ。学習指導要領を無視せざるを得なくなる。自分の生活をとるか、教育者としての使命を貫くかのジレンマとの戦いになるだろう。それは今回採り上げた記事の中の「沿岸漁業と自然保護のジレンマ」の問題にどこかで通底するところがある。
  卑近な例を挙げておく。根室西高校では新入生に分数や小数位取りの計算から教えている。英語はアルファベットから始める。学習指導要領は教科ごと、年次ごとに授業で採り上げる項目を定めている。高校の数学に分数計算や小数点位取りの項目はない。だから、西高校の先生たちは明確な学習指導要領違反をしている。しているのではなく、せざるを得ない状況にあると言ったほうがいいだろう。なぜ違反せざるを得ないのか。答えは簡単である。中学校の先生が学習指導要領を遵守して授業しているからである。小数や分数の計算は小学校の学習指導要領にはあるが、中学校の学習指導要領にはない。その結果三分の一ほどもいる小数や分数計算の理解できない生徒たちが置き去りにされて、そのまま高校へ進学している。生徒を見ずに学習指導要領を見て指導した結果がこのような事態を引き起こしている。そして成績優秀な生徒たちもまた被害者である。学習指導要領を超えて学習する能力があるにもかかわらず、学習指導要領どおりの速度の授業を受けざるを得ない。
 教育委員会もまた無力だ。学習指導要領違反を奨励するわけには行かないからである。しかし、それも教育の現場を見ない姿勢だ。生徒の現実から目を背ける姿勢である。言うときりがない。
 わたしは生まれ育った古里の子供たちが可愛い。根室は田舎だ。教育に関する限り教育僻地である根室は都会との差があまりにも大きい。だから義憤もあって私塾をやっている。私塾をやめてもいいと思える日が早く来てほしいと願う。
 脱線が過ぎたようなので、本題に戻そう。

 最初の記事は同じオホーツク沿岸の漁業と観光業を抱える網走の問題である。ここ数年流氷が少なくなった事実を観光船の船長や地元の年寄り、観光協会に語らせている。このままだと近い将来流氷が消えることも予測され、地球温暖化は対岸の火ではないことに警鐘を鳴らしている。食物連鎖と生態系の関係から流氷が運んでくる植物性プランクトンが激減すればオホーツク海沿岸の漁業資源が壊滅的な打撃を受ける可能性が浮上して生きた。3月の記事であったが、7月のG8サミットに網走から声を上げるべきだと観光業界側からの懸念を採り上げている。
 日本やアジアが国際競争力や技術革新の面で「量子的飛躍」を成し遂げるにはどうすればよいのかを取り扱った3番目の記事はパラグラフ単位でロジックを確認していかないと意味がつかめない文が多かった。ソニー前CEOの出井伸之氏(71)の最近の活動と、彼の構想を紹介した記事である。この5年間で扱った中では特に難しい記事だった。レベルの高い背景知識を必要とする経済記事や修辞法がこっている記事は普段はなるべく採り上げない。高校生の手に余るからである。でもたまには会計基準の問題を含めて専門性の高い記事を取り扱い、解説したことはある。もちろん高校生が自力ではとても約すことができないレベルだ。そのような記事でも丁寧な解説をすれば、問題の所在を客観的に確認し、自分の意見を育てることができる。
 そういう意味では今回は高校生の諸君にはちょっと無理をしてもらった。京都外語大4年生のOBですら理解に手こずっていたから、大学レベルを超える表現・ロジックが随所に出ている記事だった。どの辺りがそうなのかは暇を見つけて紹介したい。この記事を夏季特訓の教材に入れたのは私の選択ミスだったかもしれない。でもそうした欠点や困難を考えてもそれを上回るほど内容がよかったのである。この記事を材料に高校生諸君に日本の将来をわたしと一緒に考えてほしかったのである。

 4番目の記事は介護施設の問題である。介護保険の問題と言い換えてもいいだろう。低賃金low wageと過酷な労働条件harsh working conditionsが採り上げられている。2006年4月から介護保険給付金が2.4%切り下げられ、介護施設はますます過酷な労働条件の職場となり、使命感を持ってこの事業へ飛び込んできた若者を失望させ、離職を余儀なくさせられている。全産業平均の2倍近い離職率である。このままでは6年後に60万人の介護労働者が不足するという厚生労働省の推計が紹介されている。今年5月に低賃金と過酷な労働条件を改善するための法案が国会で可決成立enactedしたが、具体策はなにも盛り込まれていない。2.4%下げた介護保険給付を元に戻せばいいだけのことをなぜせずに、実効性のない新法案をつくるのか、小学生でも首をかしげるような迷走振りである。1000兆円に達した借金で実質財政破綻しているから、このようなことが起きてしまう。もう、使える予算はない。使えばそれらはすべて将来の負担になる。低賃金と過酷な労働条件の実態はヘルパーになりたいという中学生に伝えたい内容である。実質財政破綻による将来負担の問題は高校生にこそ考えてほしい問題である。サイズを小さくして考えれば実感がもてるだろう。400万円しか収入がないのに1億円の借金がある、これを自己破産や財政破綻と言わずして何と言えようか。返せるあてはまったくないのである。

 ところで2番目の記事は「沿岸漁業と自然保護両立のジレンマに悩む根室」というタイトルである。商工会議所会頭の山下さんと、根室観光協会長の碓氷ミナ子(日本最東端の造り酒屋である碓氷商店主)さんにジャパンタイムズの本郷記者が取材している。
 タラコ(Alaska pollack lay eggs)の材料であるスケソウダラを捕獲する網に入り、中の魚を食べてしまうトドは知床の漁師にとっては同じ魚を獲るライバルである。その一方でトドは絶滅危惧種に指定されている。世界自然遺産に指定されたからユネスコや国際自然保護連合はトドの保護を要請してくる。一頭も駆除するなというのがかの機関の要求である。
 ところが水産庁は独自の調査に基づき、年間227頭駆除しても生態系に影響がないとしている。北海道庁ではそのデータに基づき、網に絡まって死んでしまう100頭を差し引き、年間120頭の駆除を地元漁業協同組合に許可している。道は環境省や農水省が地元漁協と協定を結んでいるのを追認して駆除の許可を出しているわけである。
 問題なのは、環境省や農水省が世界自然保護連合へ227頭駆除しても影響がないというデータ提供をしていないことにある。いずれにせよ、自然保護と沿岸漁業の両立は困難な課題である。ぎりぎりのところを綱渡りするような選択を常に強いられるだろう。
  純経済的に割り切って考えれば、大野屋旅館の倒産に見るように根室の宿泊施設数は減少しており、通過型観光から滞在型型観光へ切り替えたくても受け皿すらないのが現実である。否、絶対数が減少しているだけではなく老朽化も進んでいる。グランドホテルがその例に挙げられる。設備を更新できるほど事業採算がよくない。沿岸漁業に比べ観光業界はその存在基盤が弱いということだ。通過型観光から滞在型観光へ切り替えを言うは易し行うは難しである。

 そのような業界の力関係を現実を踏まえながら根室観光協会長の碓氷さんは「漁業と自然保護のジレンマの問題」に冷静に答える。
「部外者が自然保護を言うのやたやすい、しかし地元の漁師は魚を獲って生計を立てている。私たちは優先順位を自然保護に置くべきか生活におくべきか、どのあたりに線引きをするのか。それは私たち自身が答えねばならない問題である。」

 根室の高校生に読ませるにはこれ以上はないほどいい記事だろう。地元の具体的な問題でありながら人類が抱える喫緊の普遍的な問題へとつながっている。こういう記事を優先して採り上げているのが英字新聞記事を使った長文読解授業である。最東端の地にあるニムオロ塾でしか受けられない授業である。全国一涼しい夏と良質な教材を採り上げた夏季特訓、根室の高校生は機会に恵まれている。
 「陽は東から昇る」そういう気概をもってこれからも勉強してほしい。

採り上げた記事:
 (1) "Diminishing ice floes raise climate alarm"
  (2) "Nemuro faces fisheries-conservation dilenmma"
  (3) "Japan must engineer 'quantum leap' back to the future, Idei says"
  (4) "Nursing care in trouble"
 

*Nemuro faces fisheries-conservation dilemma - The Japan Times

Nemuro faces fisheries-conservation dilemma
BY JUN HONGO

  2,008年8月16日   ebisu-blog#258 
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