<更新情報>
3/11 午後7時追記 < 民間総合病院の採算悪化の事実はあるか? > 

 標題は3月3日にNHKラジオ番組「社会の見方・わたしの視点」で放送された。上先生は血液内科医で医療ガバナンスの専門家である。
 彼の意見によれば、病院問題は地方だけでなく、首都圏の私大付属病院が赤字になりつつあり、このまま放置すれば次々に経営破綻していくという。日医大や東京女子医大の附属病院の採算が悪化していると具体例を挙げる。
 他方、日本の病院の1割が医師一人で365日やって地域医療を支えており、院長が死亡すると廃院になるクリニックが増えている。これも今後10-20年ぐらいの間に医療環境をがらりと変えかねない変化である。
 人口減少が急速に進んでいる地方の病院が患者数の減少によって経営が成り立たなくなるというのはよくわかるが、首都圏の私大付属の大病院までが経営が成り立たなくなるというのはわたしには驚きだ。

 地方自治体の病院の場合は首都圏の大病院とは事情がだいぶ違っている。たとえば、市立根室病院は135ベッドで、毎年15-17億円の赤字を出しているが、一般会計から繰り出し金で赤字の補填をして何とか維持している。私大付属病院ではそういうことができないから、赤字が続けば経営破綻=廃院となる。

 病院崩壊の原因が八つ挙げられている、黒丸は首都圏と地方共通、白丸は首都圏固有のもの。

●人口減少による患者数の減少
●2年に一度行われる診療報酬改定(切り下げ)
●消費税が8%になりその負担が病院経営を圧迫している。今後も消費税は増税されていく。
○首都圏では看護師が少なく人件費が高騰している
○私大附属総合病院や民間の総合病院の経営が圧迫されているのは採算が悪い診療科もそろえなければならないから
○土地が高いから不動産への投資の金額が大きくなり、それも経営を圧迫する⇒過大投資
○高額の最新設備の導入も大きな負担になっている⇒過大投資になりがち
○産科や小児科のように患者数が減少している診療科はやっていけない
  聖路加病院ですら赤字になっている。

 私大付属病院ではコスト削減のために医師給与を下げている。40歳代の医師の給与は手取り30万円あるかなしかで、アルバイトして稼がないと食べていけない。労働強化と労働時間が長くなることで医師は疲れている。そうした背景事情が製薬メーカと医師の癒着や医療事故増大の一因となっている。
 診療報酬は全国一律だから、コストの高い首都圏は経営上不利になる。
 首都圏の医大附属病院が赤字なのに対して、たとえば岩手医大附属病院は利益率が高い。


<上(かみ)教授の処方箋>
 このままだと首都圏の期間病院の多くが崩壊し、高齢化社会が破綻してしまうから、コスト削減と患者の負担増の両方を同時にやる必要がある。
くる
(1)遠隔診療や人工知能を用いた新技術の導入
(2)海外で育成された医師の導入
  フィリピンの看護師の給与は月収6万円、医師は20万円。手術室や検査室は患者とのコミュニケーションの必要がないから、フィリピン看護師や検査技師をいれても大丈夫な領域と考える。
(3)患者負担は、一律にやるのか、金持ちに負担してもらうのか国民的コンセンサスをつくる必要がある。

< ebisuの意見 >
 首都圏の機関病院である民間総合病院や私大附属病院が相次いで経営破たんで閉院になれば、首都圏では医師が失業するような事態が起きる。地方の自治体病院は低コストで医師確保のできる時代が来るということか。
 民間企業の経営管理手法を導入しても採算が成り立たないということだろう。総合病院で診療科別損益計算をすると、不採算診療部門から切っていくことになるが、それでは総合病院の機能を維持できぬ。赤字の診療科はそれぞれいくらの赤字が出ているのかがわかれば、診療科の組合せで大雑把な損益シミュレーションができる。総合病院における診療科別の損益シミュレーション用標準モデルもつくることができるだろう。それと比較することで、各総合病院は経営改善がどの程度できるか計測可能になる。
 こういうデータがある程度揃えば、不採算の診療科の保険点数をどの程度上げたら採算ベースに乗せられるのか、あるいは特定の診療科へ補助金をどれくらい出せばいいのかが分析できる。

 市立根室病院は135ベッドだが、赤字補填のための国基準の繰入金は約10億円である。実際の赤字額は年額15-18億円。すべて根室市の一般会計予算の繰り出し金で穴埋めしている。民間総合病院にこのような補助はないから、競争条件をそろえるためにも民間病院への国からの補助金制度があるべきなのだろう。だが、やりかたを間違えると、病院経営者が私腹を肥やすことに使われる。補助金制度を設けるとしても、どういう基準でやるのが公正か、なかなかむずかしそうだ。
 議論の前提にどの診療科の外来で、そしてどの診療科の入院病棟でどれくらいの損失が出ているのか、実データを検討しなければならない。
 こういう作業は厚生労働省では無理で、ワンクッションおいた機関で大病院や中小病院の診療科別損益計算データを集めて、規模別に議論する必要がある。民間企業では常識だが、部門別損益計算システムをもっている病院はあるのだろうか、そしてそうしたデータを集められるのはどこ?

 KさんがNPO法人VHJ機構の専務理事であることを最近知った。VHJ機構は会員の民間総合病院が経営情報データベース構築に参加し、相互にそれらの情報を利用するプラットホームを提供しているようだ。
 Kさんは医師で元厚生省のお役人、そして一部上場会社の社長をやり、ある県の医局長を数年やっていた。こうして並べると華麗で稀な職歴である。(笑)
 久々にメールをいただき、近々、会ってお酒を飲むことになっている。首都圏の民間総合病院の経営の現況と未来について話を聴いてみたい。時間があっというまに過ぎそうだ。
 左側のカテゴリー欄に「養老牛温泉夜話」があるが、Kさんと地域医療や教育について2009年11月に養老牛温泉で語り合ったことが載せてある。


*VHJ機構
http://vhj.jp/


< 経営情報統合データベース >
 診療科別損益計算は、間接費や共通事務部門費などの配賦基準は各総合病院で独自にやれるようにしておき、経営情報統合データベース上では「その都度の統一配賦基準」で配賦処理できるような柔軟なデザインが望ましそうだ。臨床病理学会と臨床検査大手六社で数年にわたって共同作業をして実現した日本臨床検査項目標準コードはそういう設計思想でつくった。VHJがどういう設計思想で統合データベースをつくっているのか興味津々。 


< 余談:ごちそう >
 隣の人から大きな鰈を2尾いただいた。ひとつは腹の周囲に黄色い色がついたもので、とってもおいしい鰈だそうだ。さっそく黄色い方を煮付けにして食べた。箸で突くと厚い身が割れる、煮汁をつけて口にほおると鰈の濃い味が広がった。こんなにおいしい鰈を食べるのは7年ぶりくらいだろうか。ふるさと根室の魚はとってもおいしい。もう片方は内臓を処理して冷凍した。

< 民間総合病院の採算悪化の事実はあるか? > 3/11追記
 民間総合病院は決算を外部へ公開していないから、上教授の論は一部の私大附属病院の経営悪化を根拠に民間総合病院全体の経営悪化が進行していると類推したもののように見える。首都圏の専門家に意見を訊いたら、首都圏の民間総合病院の経営が悪化している事実はないという。東京女子医大については経営悪化の理由が別のところにあるという。
 民間総合病院では、診療科別の損益計算制度を導入しているところがない、そういうパッケージシステムすら存在しないらしい。民間総合病院は丼勘定で十分経営していける状況にある。経営が悪化すれば、経営改善のために診療科別・入院病棟別損益計算制度が導入されるだろう。そうしたパッケージソフトすら国内に存在しないようでは、民間総合病院の経営悪化を主張するのは無理があるだろう。


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