17日にも内閣改造が行われるようだが、菅総理は仙石官房長官を外すか続投させるかまだ迷って周りの動きを様子見しているようだ。
 外すにせよ続投させるにせよ、自分の意志を明確にすればよいのだが、あいかわらず目が泳いでおり、意志がハッキリしない。
 お昼前の 番組で数日前の菅総理が映っていたが、短期間で総理が次々替わることに対する感想を問われてしばらく言葉につまりついで出てきたのは次の三つであった。

「このごろ(短期間で辞任した総理大臣たちの気持ちが)分かるんです、気持ちがなえるんです」
「こんなに頑張っているのにどうして分かってくれないんだ、評価してくれないんだ」
「これ以上やってもダメなんだ」

 緊張のタガが外れて幼児性がむき出しにされてしまったような印象があり、なんだか政権末期の過去の総理数名に似てきた。
 疲れ切って精神的な病でもあるかのようにときどき目が泳いだり、人の意見にに右往左往し萎縮して自分の意見が定まらなくなる。強気の発言をしたかと思うと、すぐに目が泳いで弱気が垣間見えてしまう。高島平を自転車に旗を掲げて走っていた20代後半から元気ではつらつとした菅氏ばかりを見てきたわたしには、現在の彼が情緒不安定、精神的な病に罹りつつあるようにみえてしかたがない。

 いまとなっては総力を挙げて民主党幹部が創りあげた1昨年の選挙公約もどこか遠くの空言に響く。口は達者だが、そろって仕事ができないことを証明してしまった。「信念と覚悟」そして仕事の能力のない人は政治家をやるべきではないのかもしれない。百歩譲って、リーダーには不適だ。

 総理大臣の重責に精神が押しつぶでされるなら所詮その器ではなかったということか。
 こういう精神状態ではやることが次々に裏目に出るものだ。現に小沢問題にばかり目が行って、発言に大局感が失われてしまっている。

 短期間でまた総理大臣が辞任するのは残念ではあるが、任に堪えなければ早くお辞めになったほうが国民のためにもご自身の心身の健康のためにもいい。

 それにつけても、次を担う人材がいないのはどうしたことだろう。短期間でクルクルと総理大臣が交代するのは任に堪える人材がいないことの証明でもある。経済も政治も、国も地方も似たような状況だ。

 民主党政権になっても、国債増発はとどまるところを知らず財政は悪くなる一方で、税収を増やすことにも歳出を削減することにも具体的な処方箋はないままだ。いや、あってもやる「信念と覚悟」のあるリーダーがいない。いるのは口先だけの徒ばかり(にみえる)。
 自民党が政権の座を降りざるをえなかったのはやはり人材難からではなかっただろうか?民主党もよく似た症状を呈しつつある。

*日曜経済講座「このままでは財政破綻する」(産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/110109/fnc1101090748001-n1.htm


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