cancerというカテゴリーはわたしの経験を書くことで、ほかの方々の参考になればいいな、そういう気持ちで書き綴っている。

 2006年6月初旬に岡田病院で内視鏡検査をしてもらい、癌の診断がついた。胃の出口に近いところに癌があり、ほとんどふさがっていた。ものを食べても通過しないのである。そういう状態なのですぐに入院を勧められたが2週間のばしてもらった。6月23日だったか、中学校の期末テストの日に、釧路医師会病院へ入院。自覚症状(体の感覚)からスキルスがあるはずだからと、検査続行をお願いした。胃の側部から裏側にかけて重く冷たいものが広がりつつあるのがはっきり感じられていたのである。映画『白い巨塔』で田宮二郎が迫真の演技で財前五郎役を演じていた、あのスキルス胃癌が体内にあり広がっているのがわかった。結局、巨大胃癌とスキルス胃癌の併発だった。はっきり言って助かる可能性は限りなくゼロ、アウトである、そう判断したから期末テストが始まるまで入院を2週間延ばした。2週間は食事がとれず、ヨーグルトだけ。最後の授業のつもりだった。「じゃあ、来週月曜日テストだから頑張ってね、点数の報告はメールできる人はメールで知らせて」
「それから、内緒だけどおなかにオデキができちゃったんだ、こっそりとってくるからね、1か月休ませて」
 そう告げると、数人が爆笑。「先生、おなかにオデキができたんだ、待ってるから」
 笑いで生徒たちに送られた。もう会えないかもしれないのに、なんだか元気をもらったみたいであの笑い声はほんとうにうれしかった。
 検査している間も癌はどんどん進行していた。7月20日、胃全摘、胆嚢摘出、リンパ節切除、大腸一部切除、6時間の大手術になった。出血量はたったの700㏄、輸血なしだった。担当外科医の後藤先生、開腹して状態を確かめ、あきらめて閉じようとしたときに、ベテラン外科医の浅川院長が、「ざっくりとりなさい」と指示、それで手術続行となった。肝転移も疑われていたのである。
 術後の抗癌剤治療は1年半くらい続いたろうか、しんどくなって主治医の相談して、数回薬の量を減らしたり、休止期間を長くとった。白血球が減少しすぎて、日和見感染症で重篤になりかねないので「逆隔離」寸前の状態が半年ぐらい続いた。薬への感度がよかったのかもしれない。TS-1だったかな抗癌剤の名前は、ウィルスに効くから、インフルエンザにかからない。まさか、それが11年間も有効だなんて思わないが、とにかく11年間風邪をひいたことがなかった。

 正月から腰がダル重くて下腹部が痛い。下腹部が痛くなったのは最後のほうだ。CTを撮ったら尿管結石だった。膀胱へ結石が落ちているのが確認できた。1/5のことだ。
 そういうわけで正月以来、食事がとれない、普段の1/5程度である。全く食欲がない、そういう時は無理に食べないようにしている。食事の量を極端に減らせば、体力が落ちる、落ちれば風邪をひきやすくなる。12年ぶりに風邪をひいてしまった。今日は日本語音読授業の日だが、休みにした。

 果物なら食べられるので、リンゴやブドウを食べている。昨夜は3日ぶりにお風呂へ入り、今朝がた寝汗をかいた。朝は1/2量くらい食べられた。なんだか大丈夫そうだ。
 体重は57.9kgである、こんなに減ったことはない。普段は60.5-61.0㎏ある。食べないと回復しないということだろう。

 ようやくブログを更新する気になれた、ありがたい。
 いつどうなるか、まったくわからぬ、人生それでいいではないか。わからないから今日やれることをしっかりやっておきたい。

<1/17夜8時追記>
ようやく1食分食べましたが、直通です。腸内菌叢が壊れているようです、消化できません。まだ食べてはいけないようですが、困ったな。これ以上体重が減ると未知のゾーンへ突入することになる。体のほうに食べる用意が整わないと、食べても下痢するか、吐くことになる。水分補給をしながら待つしかない。この水分補給がなんとも難しいのである。貯めておく胃がない、消化する大腸が一部切除で機能が弱い。200㏄飲むのに1時間かけないと下痢をする。
 まだ体力は残っているようだから、なんとか乗り切りたい。



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