生徒が直訳っぽい訳文を普通の日本語へ直す作業をしながら、清書していた。そこで、疑問が一つ出された。ある段落の前半部分は問題がないのだが、後半の意味のつながりが「チンプンカンプン」というのである。
 『ダーレンシャンの大冒険』はネイティブの児童書レベル(日本の本なら『ソード・アート・オンライン』や山田悠介洋介の著作)であるが、それですらスラッシュ・リーディングでは意味がつかめない文が出てくる。どういうメソッドも、それで全部が処理しきれるというものはない、ある制限の中で使えば「切れるナイフ」として使えるだけで、その範囲を超えたとたんに使えるものではなくなる。便利な道具とはそうしたものだ。ありていに言うと、薪割り(まきわり)をナイフでする者はいない、薪を割るにはナイフを棄て鉞(まさかり)を握らなければならない。
 スラッシュ・リーディングの限界点を突いたよい質問だから段落ごと紹介する。メンコイ生徒のメンコイ質問にしばらくお付き合いいただきたい。
 新鮮な野菜を頬張るときにパリッと音がする、そういう爽(さわ)やかさをこの質問に感じた。

< スラッシュ・リーディングによる和訳 >
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  Steve's reputation had softened over the years --- his mum took him to see a lot of good counsellors who taught him how to control himself --- but he was still a minor legend in the schoolyard and not someone you messed with, even if you were bigger and older than him.      (page 14)

 スティーブの評判は数年をかけてとげとげしいものではなくなっていた/ お母さんは彼を連れて、感情のコントロールの仕方を教える名医を訪ね歩いた/ スティーブはマイナーではあったが依然として伝説的なワルだった/ 彼はあなたが喧嘩するような人物ではなかった/ たとえあなたがスティーブよりも身体が大きく年上だとしても
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 大方こういう意味になるが、「even if ~」とその前の文節のつながりがおかしいという疑問が出された。たくさん本を読んでいる生徒だから、こういう文脈の判断には感度がよい。
 こういうことだ。キレなくなったが、メジャーな伝説的ワルからマイナーな伝説的ワルに格下げとなったスティーブが、「彼よりも身体が大きいとか年齢が上でさえも」、なぜ危険なかかわり合いのない人物なのだろうかということ。書き手の言っていることがわからない。わたしも一読しただけでは著者が何を言いたいのかピンとこなかった。こういうときには虚心に生徒と一緒に考える。

 彼のワル振りが同じページの数段落前に具体的に記載されている。バギーに乗せられていた幼いときから大人の女性の「あそこ」を尖った棒で突っつくようなワルさ、「彼が行くところではどこでも恐れられ嫌がられていた」こと、「癇癪(かんしゃく)を起こしたら、手がつけられない」こと、「ひっきりなしの喧嘩」、「店で盗みをはたらく」こと、これらのことから、同年齢の者に対するワルさよりも、大人の顰蹙(ひんしゅく)を買うようなワルさが多かったということになる。スティーブはワルさに関してはちっとも子どもらしくなかったのである。
 同年齢の者はもとより、身体が大きくて年齢が上の者に対してすらもおとなしくなったという事情を説明しているのだろうか。

 messをCambridge Advanced Learner's Dictionaryで確認してみよう。
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 mess with sombody: to treat someone in bad ,rude or annoying way, or to start an argument with them: I've warned you already, don't mess with me!
(人を邪険に扱ったり、無礼に、イライラさせるやり方で扱う、あるいは言い争いをし始める。:「わたしはもう警告したぞ、無礼な態度をとるな!」)
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< 逐語訳 >
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 スティーブの評判は数年をかけてとげとげしいものではなくなっていた。―母親が彼を連れて、感情のコントロールの仕方を教える名医を訪ね歩いた― しかし、彼は(メジャーではなくなったが)依然として学校の校庭でときおり噂話にのぼる伝説的ワルではあった。たとえあなたが彼よりも身体が大きく年上であっても、(昔のように)言い争いをするような人物ではなくなっていたのである。
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 なんだかよくわからない文だ。英文を構成している単語に忠実に逐語訳すると、ちょっと複雑な構造の文章や背景の事情の読み取りが必要な文章は、まるで意味のわからない日本語になってしまう。高校生に限らず、大学生でも英和辞書に出ていた訳語をそのまま当てはめ、頓珍漢な訳文のままにしている人はすくなくない。

 何が見えてくるのか、センテンスの構造がわかりやすいように組み替えてみよう。

①but he was still a minor legend in the schoolyard
②even if you were bigger and older than him, (he was) not someone you messed with.

 こうして文節単位で切断し、組み替えると、文の構造が理解しやすいものになる。
①カウンセリングの効果があってスティーブはメジャーなワルではなくなった。しかし、依然として学校で噂される伝説的なワルであること。
②あなたの方がスティーブよりも身体が大きく年齢が上であっても、スティーブはあなたが言い争いをするような人物ではなくなっていた。

 学生にとってのスクール・ヤードは主婦にとっての井戸端のようなもの。日本と違って、教科担当の先生はそれぞれ自分の教室をもっているから、生徒はそこで授業を受け、終わるとそこから退出しなければならない。だから、噂話は校庭ですることになるのだろう。

 「スティーブよりも身体が大きくて年上」の意味するところは「身体の大きい上級生」である、「ガタイの大きな上級生でさえも・・・」という表現の裏には、「同学年の生徒はもちろん」というニュアンスを含んでいる。そこのニュアンスを省略して著者はコンパクトな表現をしたのだろう、ここは行間を読めということ。
 これらの文章から判断すると、スティーブはキレるとガタイの大きな上級生とも見境なく衝突していたのだろう。精神科医のところへ通って感情をセルフコントロールできるようになり、キレなくなったので同級生はもとより、ガタイの大きな上級生にとってすらも危険人物ではなくなった。

<意訳>
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 スティーブの評判は数年をかけてとげとげしいものではなくなっていた。―母親がスティーブを連れて、感情のコントロールの仕方を指導してくれる名医を訪ね歩いて診察を受けた― 彼は(メジャーではなくなったが)依然として学校の校庭でときおり噂話にのぼる伝説的ワルではあったが、自制心を失ってガタイの大きい上級生に楯突くような り、ガタイの大きい上級生でもちょっかいをだすような人物ではなくなっていたのであるなかったのである。
(11/5朝、修正、素直な訳にたどり着いた。ひねる(意訳する)必要がまったくなかったということ。投稿欄の「後志のおじさん」のコメントを参照。次の青字部分も追記した。)
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 mess with は尊大な態度で接する、邪険に扱う、言い争いをするという意味が英英辞典に載っているから、上級生面してスティーブに構うとやけどするような事情を説明した文だろう。相変わらずスティーブは構内ではガタイの大きい上級生からも触らぬ神にたたりなし=疫病神と思われていたのである。英文の意味をつかみ、原文と同程度の短い日本語で、こういう事情を表現するのはなかなかむずかしい作業に思える。

 最後にモノを言うのは文脈の読解力と日本語のセンス。スラッシュリーディングで違和感を嗅(か)ぎ分けた生徒のセンスはなかなかのもの。
 小中学生の時期に日本語のセンスを育む濫読期を通過できたら幸せものだ。高校生の時期に濫読期を通過するものはごく少数であるがいる。大学受験に失敗したってよい、日本語のセンスが抜群によくなり、読解力も飛躍的に伸びるから、あとで必ずモノになる。この時期に濫読期を通過する者たちは、古典文学や哲学や経済学の専門書など、難解な専門書にチャレンジすることになるから、クォンタム・リープ(量子的飛躍)を体験することになるだろう。そうであれば大学受験よりも思春期に濫読期を通過することの方がずっと大切であるとわたしは思う。


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