<お利口だが情のない発言> 
 昨日(4/16)午後3時から理科学研究所発生・再生科学総合研究所副センター長笹井芳樹氏の記者会見があった。今度の会見が本音だとすると前回1月の記者会見での発言はなんだったのだろう?STAP細胞への確信を語り、小保方さんを絶賛していたのではなかったか?あれは不注意による過誤だったと述べたようなものだ。「わたしの研究室の直属の部下ではなかった」からノートも見ていないとまでいった。ハーバードの若手研究者に学生に指示するように「ノートを見せろ」とは言い難かったという事情くらいはわたしにも想像できる。ユニット・リーダと副センター長の間にはグループ・リーダがいるから、たしかに直属の部下ではなく、これも事実だ。だが、それでもと思うのである。論理とは別の、情の問題がある。

<4段階のうち関与したのは最後のところだけ:責任逃れ>
 STAP細胞研究を論文発表までを四つの段階に分けて、笹井氏が関与した部分を整理して解説をしていたから、分かりやすい説明であると同時に論理的ではあった。曰く、
①着想
②実験
③図表作製及びまとめ
④論文作成
 の4段階であるが、笹井氏がかかわったのは④の論文作成のところのみであり、2年に及ぶ研究のうち関与したのは最後の2ヶ月間だけと説明した。それも論文仕上げ面で協力するようにセンター長に指示されたからだという。
    (2/24)*(1/5)=1/60
関与したのは研究実験と論文を含めておおよそ60分の1ということだろうか。

 ②の実験や③図表のまとめには笹井氏はタッチしていない。論文の仕上げ部分を指導したからその限りで自分にも責任があるといいながら、ちゃんと自分は担当外だったから責任はないのだよと言い訳を忘れていない。

 共同執筆者に名前を連ねたことについては、バカンティ教授から強い要請があったためと述べた。三人目の責任執筆者になった理由はそういうこと。

 いずれも自分が積極的に関与したわけではなく、仕事上のことで上司に指示されたか、外部の研究者(バカンティ教授)に「強く頼まれたので」引き受けたという消極的な理由が述べられた。それを裏返して読むと、自分には責任がない(あるいはきわめて希薄)と逃げたことになる、卑怯だ。窮地に立ったときに人間の本性が出るもの、そこで自己保身に走るか否かで人間の値打ちが決まると言っても過言ではなかろう。

<三人の作業分担>
 説明によれば実験や解析の作業分担は次のようになっていた。STAP細胞を作製するところを小保方さんが、その分化を検証するところは若山教授が担当し、Live Cell Imagingよる解析及び検証作業に関しては笹井氏が担当。

 論文は撤回すべきだというのが笹井氏の見解であり、理科学研究所の公式見解でもある。
 STAP細胞が幹細胞となり、他の細胞へ分化するかどうかは若山教授の担当なら、小保方さんは自分の受け持ちであるSTAP細胞を作製することで仕事を完了している。あとは若山教授と笹井氏の検証待ちということになる。

 STAP現象についてはあるともないとも言わなかったが、STAP假説でないと合理的な説明がつかないと解説して逃げていた。否定してあとから本物であることが判明したら笹井氏の科学者生命に致命傷となりかねないから慎重に否定はしなかった。一連の発言は彼の苦しい立場を現しているようにebisuにはみえた。
(3時半頃までテレビを見ていたが、仕事があるので質疑応答の部分は見ることができなかった。)

<STAP細胞はあった、それが分化するかどうかは検証途中>
 笹井氏の解説によると、STAP細胞=STAP現象であり、二つの言葉は同じものを現している。その第一段階目の確認は「多能性の目印となる蛋白質が現れ、細胞が緑色に光るようになる」ことだという。死にかけた細胞が強い蛍光を発するという質問に対して、彼は「細胞を一つ一つ確認して自家蛍光とは異なる現象だと確認した」と反論している。
 額面どおり受け取れば、STAP細胞の作製に小保方さんが成功していると言ってよいのだろう。第二段階はSTAP細胞がSTAP幹細胞となること。STAP幹細胞であるかないかの確認はそれが他の特定の機能をもつ細胞に分化するかどうかにかかっている。これらの実験と検証は専門家である若山教授の受け持ちである。独立の研究者、それも各分野で先端の成果を上げている研究者を二人マネジメントして論文を査読に耐えるものに仕上げるのは容易な仕事でないことは書きとめておくべきだろう。
 笹井氏はSTAP細胞を別のマウスに移植するキメラマウス実験結果については別種の万能細胞であるES細胞などの混入はないとも述べた。これは小保方さんがSTAP細胞をES細胞にすり替えたのではないかというマスコミの疑いに対する、笹井氏の否定見解である。ES細胞に関する国内最高の研究者が「ES細胞と比較しても小さく・・・」とSTAP細胞の特長について詳しい説明をした。この点はかなりはっきり物を言ったと受け取っていいのだろう。それだからこそ、論文を取り下げるべきだという主張と齟齬をきたしているように聞こえた。組織の一員として生き延びるためには選択の余地がなかったのだろう、同情申し上げる。10ある各種センターの内の副センター長だから10人いれば10人とも同じ行動をとる。こういうケースで自己の信念が組織の決定とは違うとしても、組織に抗うような判断と行動をとる人間を想定するのは無理がある。自らの臆病心を理性で抑えないと危機に際して人は自分の利益を優先して立ち回るようにプログラムされている。

<マネジャーとしての振る舞いに問題あり>
 STAP細胞研究の細部になると門外漢のわたしにはぜんぜんわからないが、仕事のやり方や始末のつけ方については普通の企業で働いていたわたしにもわかることがある。
 お気の毒だが笹井氏にはずいぶん損なことになりそうだ。二階に上がった部下(小保方さん)のハシゴをあからさまに外してしまった。説明は論理的で、自分の関与が薄いことを上手に説明した、そして事実その通りなのだろう。
 ところが事の成り行きは理科学研究所内の若手の研究者たちや外部の若手研究者たちが注目している。部下を二階に上げて上司がハシゴを外して見せたのである。1月の記者会見と4月の記者会見は同一人物によるものとは思えないほど発言内容が変わってしまっている。
 笹井氏がノーベル賞受賞も囁かれるほどの有能な研究者であるだけに衝撃が大きい。これでは部下が有能な上司に信をおけなくなる。今後は組織の都合を優先し、弱い立場の部下を切り捨てたという目でチームの若手研究者からみられることになるだろう。どんなに頭脳明晰で仕事ができても情のない者は嫌われる。情がなければ周りから人が離れていく。卑怯な振る舞いさえしなければ一度沈んでも浮かび上がるチャンスがあるものだ。組織人としての死を覚悟し一研究者として生きる覚悟があったらと残念だ。
 一般の会社で上司が責任を部下に押し付けて責任逃れをしてしまったら有能な部下から見放される。有能な部下を失った上司の戦力は著しく落ち、影響力も小さくなり、そしていづらくなる。情のない者に人は使えない。部下に見限られた上司、そういう人間がどこの会社にもいるのではないだろうか?
 
<笹井氏はこうあってほしかった>
  詮のない話だが、笹井氏が次のように発言したらどうだっただろう。

「細胞に物理的なストレスを加えることで、初期化できるという小保方さんの假説は画期的なものだ。まだ検証途中ではあるがチェックした限りでは、いまのところSTAP現象を否定するものは出てきておらず有望な假説であるから辛抱強く1年間お待ちいただきたい。小保方と若山教授そしてわたしが責任をもって1年以内に結論を提示いたします。なお、クリアすべきターゲットは次の五項目です。・・・、6ヶ月目には中間報告のための記者会見を開きます。」

 理化学研究所のマネジメントにかかわるピンチはチャンスでもあったのだから、これくらいのことは言ってほしかった。一連の対応をみていると理化学研究所は組織としてのガバナンスに問題がある。若手の研究者を潰すことなく育てるために幹部たちは逃げずに覚悟をもって仕事してもらいたい。理化学研究所は若手の研究者を育てる装置としてだけあるのではなく、指導する立場にあるシニア・フェローのマネジメント・スキルを鍛える場でもある。有能な科学者だから普通の人とは違って豪胆な対応をするかもしれないと期待したが、存外ひ弱だった。上記のような記者会見をしたら、小保方さんも若山教授も自分の立場を省みずに味方してくれた笹井氏に恩義を感じて死ぬ気で検証に没頭しただろう、もちろん素晴らし成果が上がったに違いない。
 笹井氏は人の使い方を知らなかったのだろう。人を使うべき立場にあるものが人の使い方を知らず、マネジメントをすべき立場にある者がマネジメントの仕方を知らない、ただ科学者として有能であるだけ。ノーベル賞受賞者の理事長殿もそうだとしたら、理化学研究所はただの科学オタクの集まりだったということ。人として情けないではないか、しっかりしてくれ。

<高校生の読者へ>
 ここまで読んだところで、最初の英文記事#2581と2番目の記者会見の模様の記事#2644をもう一度読み直してみたらいい。英語の教科書とは違ってとっても楽しいはずだ。英文を読むのが楽しくなる高校生が一人でも増えてくれたらブログ管理人としてはこれにすぎる喜びはない。


*#2644 Obokata says STAP cell discovery not fabrication Apr. 14, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-15

 #2639 STAP細胞報道‐2 : 「200回作製した」 Apr. 11, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-10-1

 #2638 STAP細胞報道:未熟で何が悪い&ポスドクの悲哀  Apr. 10, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-10

 #2581 世紀の大発明 STAP細胞: Cell reprogramming advances (ジャパンタイムズより)  Feb. 2, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-02-02


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              ―余談―

 下世話な弁明ではなく2400年前の古代都市国家アテナイでなされたソクラテスの弁明にしばし耳を傾けて一服の清涼剤としてもらいたい。ソクラテスは愚かなアテナイの市民に向け、命を捨てた弁明を試みた。
 友人の遠藤利國が哲学専攻のあいつらしい解説書を書いている。斬り獲りかたや論の建方に若き頃の勉学の足跡や性格がにじみでるものでとっても楽しめた。読者の便利のために拙い書評らしきものを記した弊ブログ記事のURLも示しておく。

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

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  • メディア: 文庫

百%の真善美―ソクラテス裁判をめぐって

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  • メディア: 単行本

*#2356 『百%の真善美 ソクラテス裁判をめぐって』を読む(1)  July 14, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-07-14