#2401でむずかしい構文と思われる箇所にアンダーラインを引きましたが、Hirosukeさんがすぐに構文を見破りました。ハンドルネーム「後志のオジサン」も一発でしたね。お二人とも英文をたくさん読みなれているからでしょう。shouldがキーになっていることにすぐに気がついています。

 もう一度、問題の文をとりあげます。

(6) However, “the government and the BOJ cannot respond” if bond prices plunge should the government opt to put off the tax hike, Kuroda said.

 Hirosukeさんは次のように分解してくれました。
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However,

“the government and the BOJ cannot respond”

if bond prices plunge

should the government opt to put off the tax hike,

Kuroda said.
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「肝はshould ですネ」と次の投稿でポイントを書き込んでいます。

ハンドルネーム「後志のおじさん」は英語のプロですが次のようにコメントしています。
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仮定法のshouldの倒置が文法上のキーで、意味の把握も、仮定法のshouldは「万一…なら」と読め、

二重()が掴めると思います。
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  ジーニアス4版を引いてみたがshouldの項目には「万が一」という説明がありません。そこで1978年番の江川泰一郎『英文法解説』を引いてみたら、253ページにありました。
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A. should 「ありそうもないこと」つまり実現が非常に疑わしいと思われることの仮定に使われ、主節の動詞には現在形の助動詞も使われる。
<参考> このshouldはよく万が一のshouldと言われるが、そう考えておいて大体間違いはない。

He had a constant fear that he might have to leave the post if he should fail.
(万が一失敗したら引責辞任かもしれぬという心配が付きまとっていた)
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 2011年に出版された大西泰斗先生の『一億人の英文法』356ページでは次のよう説明されています。
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(5) Should you fall your driving test, you can take it again.
(万が一運転免許試験に落ちるようなことがあっても、1ヵ月以内に再度受けることができる)

 助動詞が主語の前に出た倒置形ですね。倒置形は常に意図・感情が伴います。・・・shouldのもつ可能性の低さが倒置によって強調されているのです。そして(5)は「万が一」。shouldのもつ可能性の低さが倒置によって強調されているわけです。
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 これで十分なのですが、文脈が読めなかった方はもうすこしお付き合いください。生成変形文法からのアプローチをしてみたいと思います。この文は二つの文に分解できます。

①if bond prices plunge, “the government and the BOJ cannot respond”.

②should the government opt to put off the tax hike, (bond prices plunge.)

 私は当初、②の文を
 the government should opt to put off the tax hike, (bond prices plunge.)
と考えていました。倒置は二つの文を接着したためにmarkerとして置かれたものだと。だけど、後志のおじさんの書き込みで、そもそもが「万が一」の強調だったことに気がつきました。markerではなかった。黒田日銀総裁は政府が消費税値上げ延期を選択することなど万が一にもありえない選択だと判断しているとこの記事の筆者は考えています。その強い思いがshouldの倒置となって現れた。 
 
  ①の文は仮定法現在で単なる条件文ですから、「国債価格が下落すれば政府と日銀はお手上げとなる」という意味。
 ②の文は仮定法過去ですから、意味は「反現実=現実にはありそうもないこと」を表しています。ですから、「現実にはありえないと思うが、万が一政府が消費税値上げ延期を選択すれば国債価格は下落する」という意味。

 そういうわけで②の文には仮定法の主節が省略されています。

 ①の文と②の文をつなげて一つの分にまとめると、同じ部分は当然後方省略の原則が適用されます。そして、①の文のbond prices plungeが両方に共通なので、倒置されて二つの文のつなぎ目に移動します。たとえがあまりよくありませんが、関係代名詞を想起してくれたらいいのではないでしょうか。重文を複文にしたときに、同じ語彙がひっつく位置に移動して関係代名詞に置き換わるというのが関係代名詞の接着作用でした。

 ところで、生成変形文法では文を表層構造と深層構造に分けます。文の意味は深層構造にありという立場ですから、意味理解は深層構造をつかむとことと同義です。
 基底文(元のシンプル・センテンス)に書き換えてみることで、「現実にはありえないと思うが、万が一政府が消費税値上げ延期を選択すれば(国債価格が下落し)」という条件節と「国債価格が下落すれば政府と日銀はお手上げとなる」という前の文の論理的関係がはっきりするのではないでしょうか。
 文脈がいまいち判断できない場合や、判断に迷う場合はトライしてみて価値のある方法だと思います。この文法理論の背後にはチョムスキーの構造言語学の世界が広がっています。自動翻訳の基礎理論の一つでもありますが、理系の分野と文系の分野がクロスオーバするユニークな領域なので、あまり翻訳書がありません。興味があれば原書でチョムスキーの著作を読むとか、'generative grammar'の解説書をお読みください。知的興味はこうして芋づる式に広がるものなのです。

 何人かの高校生に英語学習への興味をかきたてることができたら幸いです。英語は興味のわいた領域へ分け入るための手段、英語の文法書や構造言語学の本ばかりでなく、どうぞ経済学や哲学の原典などもお読みください。
 自分が興味のある分野がいいですね、大学生になったら専門書や古典をぜひ原書で読んでください。翻訳や解説書では落ちている情報がたくさん拾えます。世の中には肝心要のところがずっぽり落ちている解説書もあります。
 まっさらな状態で原書を読めば、何ものにもとらわれない新鮮な問題意識が生まれます。原典を繰り返し読むことで自分のオリジナルの問題意識を大切に育ててください。

 Hirosukeさんとハンドルネーム「後志のおじさん」、ご協力ありがとうございました。


*#2401 消費税値上げ延期なら国債価格は下落 Failure to raise sales tax 'could hurt bond prices' Sep. 9, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-09-09



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