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#5247 日本企業はどこから来て、どこへ向かおうとしているのか?①内部留保 June 9,2024 [A2. マルクスと数学]

 日本企業は内部留保が厚いと言われています。上場企業の内部留保は550兆円で、年々増え続けています。
 なぜ日本企業は内部留保を厚くするのか、その理由の一つは日本列島は自然災害が多いということにあると思われます。

 大きな自然災害に見舞われたら、1年間売上がゼロになるとか、店舗や工場が被害を受けて、事業再開に多額の資金を要するなんてことが起きます。
 今年正月元旦14時17分に起きた能登半島沖地震では、工場や店舗に在庫としておかれていた輪島塗の漆器も瓦礫の下に埋もれました。幸い一部は傷がつかずに売り物になったようです。輪島塗の漆器は種類の異なるさまざまな職人に分業化されて製造されているので、工場の再建だけでなく、職人をそのまま抱えることができなければ高品質の製品が製造できません。1年間ほどは仕事がなくても職人に給与を払って生計を立てることを可能にしなければなりません。
 これらの資金は企業の内部留保や職人の貯蓄から出されます。だから内部留保や貯蓄が薄ければ、大きな自然災害があると、ほとんどの企業がつぶれ、職人が離散してしまいます。
 たとえば、輪島塗の製造工場(こうば)がつぶれたら、そこで働いていた職人さんばかりでなく、前工程を受け持っていた工場も潰れます。木地職人や漆の採取を生業としている人など、輪島塗には124工程もあり、さまざまな職種の職人さんが製造にかかわっています。

 これらの工程のいずれかで、職人がいなくなれば、もう高品質の輪島塗はつくり得ません。だから、自然災害があっても内部留保で、食いつなぎ、工場を再建し、販売店を再建しなければならないのです。全工程に関わる職人さんたちや企業は運命共同体のようなものです。零細企業も中小企業も大企業も、内部留保を厚くする理由がお分かりいただけるでしょう。

 全部の工程に係る人たちが、ちゃんと生計が立てられるような、「仕入・製造・販売」のシステムがなければ、数百年にわたって、輪島塗のような伝統工芸品を作り続けることができません。そこから生まれてくるビジネス倫理が、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」ということなのです。
 どこか、一か所だけが大きな利益を上げて、他が生活苦にあえぐなんてことがあってはいけないのです。日本の商道徳からはあってはならぬことです。

 そうして考えると、トヨタが5兆円もの利益を上げて、下請け40,000社の合計利益がその10分の1にも満たない3000億円だなんていう状況は、日本の伝統的なビジネス倫理から見ると、実に強欲で手前勝手であることがわかります。
  同じ自動車産業で業界2位の日産の元社長のカルロス・ゴーン氏は我欲の人でしたね。自分さえよけりゃOKでした。日産の含み資産である村山工場跡地を売却処分し、20,000人の社員のリストラをしました。要するに先人が積み上げた内部留保の大半を使い果たし、人員整理をして経営再建を測りました。会社のお金を私的に流用もしていました。日本的な商道徳とは真逆の経営だったのです。最近起きている日産の下請け苛めの話は#5243で書きました。カルロス・ゴーン氏だけの問題でもなさそうです、どうやら根が深い。
 自動車産業は市場がグローバルですから、その経営もグローバリズムに染まりやすいのでしょう。だからこそ、自動車産業は注意しなければいけないのです。日本企業がどこから来て、どこへ向かいつつあるのかを自覚しないといけません。「過去最高の利益」におぼれていてはいけません。その経営の陰の部分で何を引き起こしているのかについても、自覚しないといけないのです。

  6/11追記
*トヨタの不正行為6事例、「国連基準」も満たさず…国交省「欧州でも不正と判断される可能性高い

 話を災害に戻します。日本列島は台風の通り道です。
 そしてユーラシアプレート、フィリピン海プレート、北米プレート、太平洋プレートの4つのプレートがせめぎ合っているところに日本列島がありますから、地震と火山噴火が世界一多い国ということになります。四方を海に囲まれ、四季があり、豊かな自然に恵まれていると同時に自然災害の大国でもあるのです。当然そこには、そうした自然環境にフィットした経営や商道徳が根付きました。

 日本企業の内部留保が厚いのは、日本列島に住み続けてきた私たちの先祖の生活の知恵のひとつでした。企業が内部留保を厚くするように、わたしたち庶民もまた貯金を殖やして、自然災害に備えるのがあたりまえになっています。貯金を投資や金儲けのための投機に使わないのは、自然災害への備えだからです。
 お金で貯めるようになったのはおそらく平安時代からでしょう。奥州藤原氏の領地から金が京都に大量に運ばれ、貨幣経済が浸透していきました。秀吉のときから幕府が発行する小判が通貨として大きな地位を獲得しています。江戸や大阪に店舗を持つ豪商や地方の豪農は金を蓄えます。江戸時代から見ても400年も日本人は災害の備えて内部留保を厚くし、貯金を殖やしてきました。これは必要なことであり好いことでした。

 今上場企業は内部留保を削って自社株購入を行い、株価をアップするのに一生懸命です。経営者の報酬も30年前に比べると巨額になりました。2億円以上の報酬を受け取っている取締役の数は250人を超えています。30年前にはゼロに近かったはず。その一方で、非正規雇用を増やして人件費を削っています。社員の給与を見てもこの30年間ほとんど上がっていません。
 わたしは、「売り手よし、買い手よし、仕事する人よし、世間よしの四方よし」を唱えたい。取締役の報酬だけが3倍にもなって、社員の給料が横ばいというのは日本の伝統的な商道徳からみると、おかしいことなのです。マスメデアも経済学者もこうした視点をもっていません。

 商道徳のベースには、卑怯なことをしてはいけない、ズルイことをしてはいけない、弱い者いじめをしてはいけない、人をだましてはいけない、火事場泥棒をしてはいけないなど、人として守るべき普遍的な道徳があります。被害に遭われた方々への惻隠の情も日本人の美質でした。
 薩摩藩の郷中や会津藩の什は若者の自治組織でした。そこで若者の人としての在り方の教育がなされています。江戸時代に30,000あった寺子屋でもそうした人としての教育がなされていました。学校教育はこのような人としての在り方の面で十分な教育がなされていますでしょうか?
 若衆宿や娘宿など全国の村落にあった若者の自治組織は明治政府の文教政策で壊滅しています。それらに変わる教育機関がいまだにありません。企業経営者の倫理観が欠如しているように見えるのは、そういうことと関係がありそうです。
 企業で仕事をし、内側から観察すると商道徳がどうなっているかがよくわかります。よく観察し、現在の状況を把握すると同時に、そのよって来る淵源に遡り、そしてさらに考える、わたしたちはどこからきてどこへ向かおうとしているのか、そういう地道な作業が必要です。

 <会津の什の掟>

 同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たちは、十人前後で集まりをつくっていました。この集まりのことを会津藩では「什 (じゅう)」と呼び、そのうちの年長者が一人什長(座長)となりました。
 毎日順番に、什の仲間のいずれかの家に集まり、什長が次のような「お話」を一つひとつみんなに申し聞かせ、すべてのお話が終わると、昨日から今日にかけて「お話」に背いた者がいなかったかどうかの反省会を行いました。

一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです


 株式市場が発達して、東京証券取引所を通じて株式会社のグローバル化がどんどん進行しています。いまや上場企業の株式の4割近くを外国の投資機関が保有しています。日本の株式会社の取締役の報酬も、米国基準へと変わりつつあります。日本の大企業のほとんどがGreed Capitalism(強欲資本主義)に呑み込まれつつあります。
 その一方で、日本には創業200年を超える老舗企業が数千社あり、取引先の信用を維持を第一にし、内部留保を厚くし、「浮利」を追わない経営をしています。グローバリズムとまったく異なる経営をしています。
 欧米の企業をprofit driven(利益駆動)モデルとすると、日本の老舗企業は trust driven(信用駆動)モデルです。

 さて、わたしたち日本人と日本企業はどこから来て、どこへ行こうとしているのか、今一度立ち止まって考えてみませんか?

<首都直下型地震が起きたら>
 自然災害でその被害の最大のものは、人口が密集している首都圏直下型の地震です。次の首都圏直下型地震の被害額は1000兆円と言われていますから、上場企業の内部留保の合計額550兆円では賄いきれません。
 民間は内部留保があるからまだましですが、政府は内部留保どころが、その借金(国債と借入金と政府短期証券)が1297兆円あります。本来なら、災害対策準備金が500兆円ほど欲しいところですね。何やっているのでしょう?
 例えば明日、首都圏直下型地震が襲ったら、復興資金手当てのために現在の金利1%で500兆円の国債の新規発行が可能でしょうか?長期金利は10%ほどにも上昇し、発行済国債価格は大幅に下落しそうです。円は国際投機筋から投げ売りされます。円安が進行して物価が大幅に上昇するでしょう。
 想定したくない事態ですが、政府に備えはできていません。アリとキリギリスの寓話のキリギリスのような財政運営を30年間も続けています。民間企業の大半は内部留保を食いつぶしながら生き延びるでしょう。
 首都直下型地震が起きたときには、上場企業がどのように内部留保を取り崩して対処したかを、ぜひ記録に残してもらいたい。百年後に起きる次の首都直下型地震への備えをどうすればよいのか、貴重な資料になります。

<余談:株式評価に関する会計基準変更の影響>
 外国人投資家比率の急激な上昇は、株式に関する評価基準が変更(2001年9月)になったことが引き金になっています。それまで取得原価主義でしたが、時価評価へ会計基準が変更になり、株式保有は企業の業績にとってリスク資産となってしまいました。それで、株式の持ち合い解消へと流れが起きて、持ち合い株が市場へ売りに出されました。それまでは外国人投資家が日本企業の株式を買いたくても、売り物が少ないので買えなかったのです。
 経済学者でこの会計基準変更がもたらす影響を予測できた人はいなかった。銀行の持ち合い株が市場へ売りに出されました。経済学者には会計学や簿記の専門知識も必要なのです。経済現象に大きな変化を起こす重要なファクターでもあるのですから。複式簿記で動いていない株式会社はありません。数値記録の最重要なものは、複式簿記で記録されています。ミクロの企業経営の巨大な集合としてマクロ経済があります。

(マルクスに数学の体系構成や複式簿記に関する専門知識があったら、『資本論』は書けませんでした。労働価値説が成り立たぬことは、損益シミュレーションで簡単に理解できますから。論証した弊ブログ記事を三つ紹介します。もちろんマルクス経済学者でマルクスの論理の破綻に言及した人はいません。複式簿記の理論を知らないからでしょう。学際的な問題ではなくて、複式簿記は経済学の重要部分を占めています。企業運営がそこから生み出される数値情報で判断され運営されているのが現実ですから。
 マルクスは1867年8月に『資本論第一巻初版』を出版して、1883年3月14日に亡くなるまで16年間、ついに資本論第2巻を出すことなく亡くなっています。書き溜めた遺稿が膨大に残されたのみ関わらず、なぜマルクスが第2巻の出版をしなかったのかについて、考えたマルクス経済学者はいません。そこにこそ、マルクス経済学の重大な秘密があるのです。市場関係論の原稿を書き進めるうちに、労働価値説とヘーゲル弁証法の致命的な欠陥に気がついたのです。労働価値説に立つと、生産性上昇を労働強化で説明するしかありませんでした。それは事実と背反していますから、かれは背理法で労働価値説の破綻を証明してしまったのです。『資本論第一巻』を出した時には知らなかった、しかし『資本論第二巻』の草稿を書いているうちに論理的な破綻に気がついてしまったとしたら、『資本論第二巻』を出版できるはずがないのです。事実マルクスはその通りにしました。

『人新世の資本論』の著者の斎藤幸平さんもこの点は見落としています。考えたことがないのでしょうね。)

 独立行政法人経済産業研究所 藤原美喜子客員研究員 2003年4月22日の『エコノミスト』への掲載記事を紹介します。
*「読み誤った時価会計導入時期」

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