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#4074 Sapiens:p.6 Sep. 1, 2019 [44-2 Sapiens]

<最終更新日時>
9/4朝8:45

 9/2、お昼過ぎに庭の松の木のてっぺん付近でセミが鳴いていた。庭でセミの声を聞くのははじめてだ。小学生のころは根室にはセミがいなかった。60年が過ぎて、いつのまにか気候が温暖になっているのだろう。

  Sapiensは進研模試英語偏差値70オーバーの生徒向けの授業である。原書が読めるレベルまで英文読解力を鍛錬することを目的としている。対象は一人だけ、だから生徒が興味をもてそうな分野の本を選んでいる。この本は生物学や宗教や技術の進化に言及するから、それらの専門用語に慣れるまでしばらくかかる。使われている語彙の範囲は万のレベルだろう。2000語程度で書かれている高校英語教科書とはだいぶ差がある。差が大きいのは使用語彙だけではないことが、このシリーズの記事をお読みいただけばわかるだろう。

 さて、生徒から質問のあった個所は6頁の1行目だ。

 Moreover, as we shall see in the last chapter of the book, in the not-so-distant future we might again have to contend with non-sapiens humans.

 in the last chapter of the bookとmight、これらふたつをどう訳していいのかわからないということだった。前者は「本の最後の章」ってなんのことか、具体的な意味(=話の筋)が分からない、どういうことですかというのが質問の主旨。
 書き手が言葉を紡ぎながら脳内につくりあげたイメージを読み手が自分の脳に再現し、それを母語である日本語の語彙を駆使して、滑らかな作文をするのが和訳と常日頃言っているので、この生徒は「本の最終章」という日本語にはしたものの、著者の脳内の具体的なイメージを受け取りそこなっていることを自覚していたということ。かれにとっては、「本の最終章」は具体的な内容をもたぬ意味不明な日本語であった。だから、わたしの役割は、ひとつはなぜそういう質問が生じたのかの背景を探ることと、文法的な解説を交えながら「本の最終章」という言葉に具体的な内容を与えることだった。

  Moreoverという接続詞のあとに、asという接続詞が節を引き連れて登場してくる、そしてその直後に強調のために語順が変わり in the not-so-distant future という場所を示す副詞句が文頭に来て、主語という順になっているので、まごついたのだろう。might have to contend with という助動詞を伴う動詞句も長ったらしい。こういう風にイレギュラーな事項が三つもあるから、簡単な前置詞句、in the last chapter にまごついたのだろう。この程度の文はすぐに慣れる。
(前置詞句と言ったり副詞句と言ったりするが、文の機能に注目しているときは副詞句と書き、単語の並びに注目しているときは前置詞+名詞なので前置詞句と書くので、以後、そのように理解していただきたい。副詞句と書いた方が概念が広くなる。前置詞句ではなく、実際に副詞がくる場合があるからだ)

 in the last chapterは定冠詞がついているから、すぐにそれと特定できるものだ。書き手のハラリと読み手のわたしたちの間で、すぐにそれとわかる最終章と言えば、いま読んでいるハラリの本の最終章以外にない。それが定冠詞の役割なのである。そしてそのあとの前置詞句of the bookにも定冠詞がある。だから、「この本の最終章のことだから、目次を見てごらん」と指示した。
 目次の最終章のタイトルは、「20 The end of Homo Sapiens」(ホモサピエンスの終焉)である。ページをめくってみたら、最終章である第20章には以下の6つのサブ・タイトルがある。「そう遠くない将来in the not-so-distant future」とハラリが予告した内容が6項目並んでいる。いま地球上を支配しているサピエンスに非ざる生き物が出現して、わたしたちが競争に敗れ、支配的地位から転落する運命が訪れるかもしれないと具体例を挙げて最終章で論じているのである。

20 The end of Homo Sapiens
 ● Of Mice and Men
 ● The return of the Neanderthals
 ● Bionic Life
 ● Another Life
 ● The Singularity
 ● The Frankenstein Prophecy

  サピエンス自身にどのような「進化」が訪れるのか、あるいはまったく別の生き物が出現しサピエンスを亡ぼす可能性があるのか、写真も載っているから、ページをめくってざっとみたらいい。人間の耳を背中に生やしたマウス、ネアンデルタール人のDNAをサピエンスの卵に移植して、ネアンデルタール人を産み出すことも可能になる。コンピュータの指数関数的な進化は、近い将来人工知能が一つの生命体として君臨しかねない可能性を大きくしている。人工知能とネットワークと機械が一体化したまったく別種の生物(自ら考え、自己を設計改良し、自分自身を再生産する機械)が出現するかもしれないのである。
 好奇心の強いこの生徒は「シンギュラリティ」という用語を知っていた。「な~んだ、そういうことか」と納得、自分が視野狭窄に陥っていたことに気がついた様子。
 文構造が複雑になると、わけが分からなくなり、そこで脳のワーキングエリアを使い果たし、簡単な句の理解にまで脳の資源をまわす余裕がなくなるのである。数学でもこういうことはよく起きる。計算トレーニングを十分に積んでこなかった者は、複合問題で計算にワーキングエリアを使ってしまい、ミスが出やすくなる。十分に計算トレーニングを積んできた者は、計算ではほとんどワーキングエリアを使わなくて済む。
 普通の文でこの場所を示す前置詞句が出てきたら、理解できないわけがない。第3文型に場所を示す前置詞句がついただけの簡単な構造なのだから。生徒とともに歩く、こういう「道草」が愉しい。

 面白そうだから、ハラリはここでなぜwillを使わずにshallを使ったのかと訊いてみた。「willを使うとどのようにニュアンスが変わるのか、対比しながら答えを探してみろ」、ebisu先生から生徒への質問と指示。生徒は電子辞書でshallを引きはじめる。
 こういう細かいところが大事なのだ。ハラリはwillではなくて、shallをここで使った。同じ意志未来でもwillとshallはニュアンスが違う。willは「~するつもり」だが、shallはもう決まっていてそこに向かって否応なく進行していく感じがする。
(この生徒は翌週、推定の助動詞と推量の助動詞の違いを質問した。古典は英語に比べて助動詞が多くて活用があるから、攻略に苦労する。それだけ微妙なニュアンスが表現可能ということで、日本語が心の機微を実に事細かに表現できる機能をもっていることに驚かされるのである。「旺文社古語辞典別冊 助動詞・助詞の早わかり表と百人一首の手引き」によれば、32個の助動詞があり、それぞれ活用をもっているので、英語の比ではない。日本語の場合は動詞のあとに助動詞がつき、それも二個連続でつく場合もあるから、複雑この上なし。
 端(はな)からたいへんだとおもっているし、事実その通りだから、余計にこんがらがって見えてくる。質問した生徒は「推定」と「推量」の語彙のニュアンスがわからないらしい。推定は何か客観的な根拠があってのことだが、推量は主観的判断であるから多少不確かさをその語のニュアンスに含んでいる。willとshallの使い分けのように、推定と推量の助動詞の使い分け、機能や意味の違いが判らなければ、書かれた文章の意味を精確に理解することはかなわない。この生徒は1月ごろに初めて受験した漢検が2級、そして見事に合格しているが、本の濫読期がなかったので、運用の場面でのこういう意味の近い語彙のニュアンスに対する感度が鈍いのはしかたがない。説明が終わった後で分厚い辞書、大辞林で語義を確認し、当該項目を読んで聞かせた。疑問に思ったら、かれがもっている電子辞書で引けばわかること。広辞苑のひとつ前の版が入っているはず。目の前にいたから、ebisu先生を辞書代わりに使ったのだろう、いいように使われてます(笑):9/4日追記)
 彼の電子辞書にはジーニアス4版が載っているので、それを引いていた。わたしが使っているのも同じもの、もちろん頑固に紙の辞書だが。そろそろ電子辞書がほしい。(笑)

shall:意志未来〈軽い予告・予定から厳かな予言まで〉

 ハラリは著作全体のプロット(大まかな筋立て、構想、章割り)を決めてから書き始めたようだ。具体的な章割りまですんでいたのかもしれない。書き方には大きく分けて2種類ある。たとえば、小説家にはプロットを細かく決めてから書き始めるタイプと、とにかく書き始めて、主人公が自由に動き回るうちにテーマと展開すべき章が決まっていくというスタイルをとる書き手がいる。最近読んだ岩井圭也『夏の陰』は前者であり、35年前に読んだ夢枕獏は典型的な後者、発散型である。どこへ飛んでいくのか、主人公が何を始めるのか、書いている本人がわからない。のめりこむうちに物語の主人公に書かされているのである。
 ハラリは第1章を書いている時点で、すでに最終章の内容が決まっていたということ。プロットを周到に検討して書き綴るタイプ、緻密な書き手だ。

 こういう時は、文法書の当該箇所、shallの項を読んでおいた方がいい。たとえば、江川泰一郎『英文法』のshallの項(219頁)だ。もちろん、手持ちの文法書でいい。

 では、asは?
 asが従属節を導く接続詞であることは形を見たらすぐにわかる。品詞を決めてから辞書を引くのが原則だと前にも書いた。asの項目を引くと、接続詞だけでも意味がたくさんある。

as:同じほど、ように、すると同時、するにつれて、なので、けれども、

 辞書に並んだ和訳を暗記する必要はないのだよ。ようするに、主節と従属節をつなぐのだから、その両方を訳してみたらいい。それから、どういう接続詞がふさわしいのか、日本語で考えたらいいのである。whileも文脈から判断するしかない扱いが厄介な接続詞だ。~する間にのほかに、逆接の接続詞だったり、添加だったり、譲歩だったり、対照だったりするから、文脈で判断するしかないケースが多い。

 mightはよく出てくる助動詞である。助動詞はすべて話者(この場合は書き手であるハラリ)の心的態度を表すものだ。mayの過去だから、mayよりも現実から離れている(だから過去形を用いる)感じがする。調子が弱くなるのである。canとcould、willとwouldも同じことが言える。

(そのうえ、本書の最終章で見るように、そう遠くない将来、わたしたちは再び、サピエンスでない種の生き物(現生人類)と競い合う羽目になるかもしれない。)柴田裕之訳

 アンダーライン下部分を空欄にして、適当なつなぎ言葉はなにかと生徒に訊いたら、正解した。辞書引かなくても、接続詞の意味は文脈が読めたら、わかるものだ。
  スラッシュを入れて、頭から読む方法を書いておく。
 Moreover, as /we shall see /in the last chapter of the book/, in the not-so-distant future/ we might again have to contend /with non-sapiens humans.
(その上さらに/わたしたちは見ることになる/本の最後の章で/そう遠くない将来に/わたしたちは再び競い合うことになるかも/サピエンスではない者たちと)
 接続詞asは、ここまでやってから適切な日本語の接続詞がなんなのか、文脈から判断するとよい。
 スラッシュで切り刻んでしまうから、一つ一つの句と文の理解が簡単になる。慣れると頭の中でスラッシュを挿入しながら、チャンク(意味の塊)単位で読むようになり突然読解速度が大きくなる。この生徒の場合はどのあたりからそうなるのか、注目している。繰り返しているうちに、それはある日突然に臨界点に達して、変化が起きるのだろう。

  だいじなことは、母語でちゃんと文脈が読めることだ。日本語の本をたくさん読まずに、書かれた英語が読めるようにはなかなかならぬ。母語のテクストの文脈が読めないのに、英語で書かれた文脈が読めるはずがないではないか。この生徒は日本語テクストの音読授業で15冊ほど読んだから、論説文の読解力はできのよい大学生並みである。最後に読んだのは福沢諭吉著『福翁自伝』と山本義隆著『近代日本150年史ー科学技術技術力総力戦体制の破綻』、この2冊は大学生でも読むのに苦労するだろう。

 わたしは、大学でこういう原書講読授業を受けてみたかった。ほしかったものを手に入れる時期は過ぎ、欲しかったものを与える季節のなかで暮らしている。
 それはそういう授業の提供を願う生徒がいるから可能なのだ、ニムオロ塾で勉強しようと集まってくれている生徒たちと通わせてくれている保護者のみなさんに感謝。
 ニムオロ塾の提供する授業がどういう形になるのかは出遭った生徒一人一人で違ってくる。授業の中身を決めているのはどうやらわたしではなくて、それを受ける生徒の学力レベルということになっている。だから、英語が苦手な高校2年生5人に対しては、高3教科書を使った10回の短期特訓授業がうまれた。英語が苦手のはずの2年生たちが、すべての文を音読10-30回やってリズムを体にしみこませ、すべての文の文型分解に付き合い、和訳(自分たちの日常会話レベルの訳文)にチャレンジしている。
 2時間半の授業なのにちっとも嫌がっていないのが不思議だ。勉強の仕方がわからなかっただけで、音読作業や文型分解作業、和訳作業に参加しているうちに、それぞれの作業が案外楽しく、時間の過ぎるのが早い、食わず嫌いだったことに気がついたのだ。「独力で英語の勉強ができるようになる」というのが、この短期特訓授業の獲得目標である。
*https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2306052528-1



<濫読のススメ>
 小学校高学年で、濫読期を通過すべきだ。ジャンルを問わず、興味の赴くまま、片っ端から読む時期を経験した子どもは高校生になってからも学力が大幅にアップする。日本語読解力はすべての科目を制覇するための基礎技術である。読解力が急激に伸びる時期に濫読が起きれば、いわゆる「伸びしろの大きい子」に育ってしまうから、国語も英語も学力アップに制限がなくなる。数学も社会も理科も教科書は日本語で書かれているから、予習するためには、十分な読解力が必要だ。
 そして本を読むことで、様々な見方、考え方、性格(人間類型)のあることを知るから、親元を離れて大学生になっても、インチキ・グルに影響されてカルトに染まるというリスクも大幅に減ずることができる。

〈 音読リスト〉…
*#3726 
日本語音読トレーニングのススメ:低下する学力に抗して Apr. 18,2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-04-18-1

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< 国語力アップのための音読トレーニング >
 中2のトップクラスのある生徒の国語力を上げるために、いままで音読指導をしてきた。読んだ本のリストを書き出してみると、
○『声に出して読みたい日本語』
○『声に出して読みたい日本語②』
○『声に出して読みたい日本語③』
○『坊ちゃん』夏目漱石

○『羅生門』芥川龍之介
○『走れメロス』太宰治
○『銀河鉄道の夜』宮沢賢治
 『五重塔』幸田露伴
 『山月記』中島敦
●『読書力』斉藤隆
●『国家の品格』藤原正彦
●『すらすら読める風姿花伝・原文対訳』世阿弥著・林望現代語訳
●『日本人は何を考えてきたのか』斉藤隆

『語彙力こそが教養である』斉藤隆
●『日本人の誇り』藤原正彦

◎ 『福翁自伝』福沢諭吉

 14年間で14冊読んでいる、現在進行形が2冊で合計16冊。
 これから読むものをどうしようかいま考えている。だんだんレベルが上がってきた。哲学に踏み込むかどうかは生徒の意欲次第。

◎『善の研究』西田幾多郎
◎『古寺巡礼』和辻哲郎
『風土』和辻哲郎
 『司馬遼太郎対話選集2 日本語の本質』文春文庫
 『伊勢物語』

(○印は、ふつうの学力の小学生と中学生の一部の音読トレーニング教材として使用していた。●印の本はふつうの学力の中学生の音読トレーニング教材として授業で使用した実績がある。◎は大学生レベルのテクストである。音読トレーニング授業はボランティアで実施、ずっと強制だったが2年前から希望者のみに限定している。)
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 この英文法書は43年前に、黒田さん(当時早稲田大学大学院英文学研究科)へ「文法書は何使っているの?」と訊いたときに、「これ一冊だけ」とかれが推薦してくれたものだ。まさか受験英文法書を挙げるとは思いもよらなかった。以来、本棚の隅に飾ってある。(笑) 院生になって半年ぐらいしたら、空手部に入部していた。
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