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#4826 モクロー君のプレゼント:写真家ビビアン・マイヤー Sep. 20, 2022 [49.1 英語音読トレーニング]

 台風14号は宮崎県で大きな風水害を引き起こし、速度を上げて日本海を北上中です。根室も今朝から強い雨が降り続いています。小中学校は臨時休校のようです。根室高校は昨日夜の時点では、臨時休校連絡がまだなかったようですが、さて、今頃授業していますでしょうか?
(ほとんどの生徒が車で送ってもらったようです。小中学校も高校も授業していました。)

 9/14に根室まで来て、高1の生徒二人に英語の授業をしてくれました「タクロー君」ことハンドルネーム「後志のおじさん」から、9/23に44頁の長文の読み方の「極意ノート」が送られてきました。当日参加した二人と、参加したかったけど都合のつかなかったもう一人の高校1年生に、送られてきたコピーをあげました。


 2021年度の共通テスト第Ⅱ日程の英語問題の問5の問題文が丁寧に解説してあります。120 words/mの速度がないと問題文全文を読むことができないという指摘は、具体的な読解速度目標があってとてもいいものでした、彼女たちの役に立ちます。漫然と読解トレーニングを続けていては、入試の時まで95%の生徒はその速度には達しないでしょう。「戻り読みしない」「文法事項は身についているか?」「語彙力はあるか?共通テストレベルで4500語は必要」と畳みかけるように具体的です。

 音読トレーニングは、チャンクごとにスラッシュを引いて、語順通りに日本語にしていく読み方のトレーニングですから、だんだんよくなっています。戻り読みの癖をとるために1月から、音読トレーニングをしています。1.2年の教科書が終わって、3年生の教科書に入っています。
 最後は日本語にしないでチャンクごとに読んでいくと速度は150words/分を超えるのでしょう。モクロ―君は180words/分で読めるそうです。TOEICスコア930点、すごいですね。ドイツ語もかなり速い速度でペラペラでした。彼の方法論で語学学習したらそうなる。大事なことは、覚えなくてもいいからひたすら口に出して繰り返し発声すること。その内に自然に体が覚えてしまいます。

 ところで、この問題のトピックは、写真家のビビアン・マイヤーです。シカゴの街路上で人々の日常の姿を被写体に気づかれることなくたくさん撮っています。当時のシカゴで暮らす人々のありのままが6X6判のフィルムに切り取られています。

 In 1952, at the age of 26, she purchased her first 6X6 camera, and it was with this that most of her photograghs of on the streets of Chicago were taken.

  1952年に彼女は26歳になっていますが、6X6カメラを購入します。buyよりもpurchaseのほうが固い用語です。たとえば、企業の購買部門はpurchase departmentと言います。

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 SRLの購買部門で3年間仕事した経験があります。一人で検査機器や設備を毎年20億円以上買っていました。最先端の機器に仕事で接することができますから、愉しい。医療機器の展示会へも仕事で出かけられます。少し範囲を広げて、ATCC(American Tissue Culture Center)の有料講演会もね。講演会への出席はあとで報告書を人事課へ提出するだけでいいのです。仕事をシステム化したり、標準化して半分位の時間でやれるようになると、ラボの図書室で、海外の科学雑誌や医学専門誌、二十数種類を仕事時間中に読み漁れます。極楽でした。(笑)
 あるとき、自分の席でチョムスキーの「Knowledge of Language」という言語学の専門書を読んでいたら、学術開発本部担当役員の石神さんが机の横を通りかかって、「何読んでいるんだ?」と本を手に取ってタイトルと中を見ます、彼が席に戻るとすぐに電話がありました。「俺のところに来ないか?」「いいですよ」、強引な人ですからすぐに人事と交渉して翌日異動辞令が出ました。八王子ラボの1階から2階へ引っ越すだけ。半年後には学術開発本部スタッフとして取締役の片腕として本部内で手が付けられなかった仕事をいくつか担当して次々に片付け、本部内のマネジメントを仕事にしてました。
 開発部と学術情報部と精度保証部の三つの部門が学術開発本部に属してました。それぞれの部門の仕事も担当することになりました。本部内の全部の部門のマネジメントができるスタッフがいなかったのです。大きな仕事を次々に片づけたので、「数年後には俺が使われているかもしれないな」って取締役がつぶやいてました。
 大きな仕事とは一つは開発部でやっていた、製薬メーカーとの検査試薬の共同開発プロジェクトにかかわる仕事の標準化です。各人それぞれバラバラなやり方でマネジャーが管理不能だった仕事のスタイルを、PERTチャートを利用して標準化しています。もちろん、わたしも2案件担当しています。DPC社のⅣ型コラーゲンと塩野義製薬の膵癌マーカーでした。自分でやってみるのが一番理解が深くなります。もちろん全員から、それぞれのやり方をヒアリングしてます。その上でのPERTチャートを利用した標準化でした。システム屋でなければできないやり方です。開発部には一人もそういう経験のある社員がいませんでしたから、石神さん大喜びでした。これで、誰がどこまで進捗しているのか一目瞭然になりました。マネジメントはこういう具体的な専門ツールを知らないとできません。
 二つ目は沖縄米軍からの出生前診断検査の導入要望でした。学術営業部の佐藤君から、資料を取り寄せてほしいと、向かいの席の米国在住25年の臨床検査技師「お姉さん」の東さんが学術論文を取り寄せてました。「佐藤君がシステム本部に不可能だと断られてこまっている、あなたならできるでしょ」とポンと英文の学術論文を向かいのわたしの机に置いたのです。毎週金曜日には5時になると、「Nice weekend, bye!」とにこやかに手を挙げて挨拶してさよならする人でした。佐藤君がシステム本部に断られた理由もすぐにわかりました。妊婦の妊娠週令や体重、人種など必要な情報のいくつかが、SRLの基幹業務システムの入力項目になかったのです。業務受付システムの大改造になるので、システム本部が不可能と返事したのはあたりまえでした。なるほどな、さてどう解決してやろうかと一日考えて、やり方を決めました。沖縄営業所でのパソコンでの処理を考えました。足りない情報は沖縄営業所で入力し、三項目の検査データが出たら、八王子ラボから沖縄営業所へ検査結果ファイルを送信して、沖縄営業所で入力した情報とファイルの結合処理し、そこで計算処理をして報告書をプリントする。たったそれだけのことで、不可能だった仕事が可能になりました。沖縄米軍は重要顧客の一つですから沖縄営業所が出生前診断分の検査依頼の数項目の入力は嫌だというはずがないのです。C言語の扱えるプログラマーを1人、1か月間出してもらって、計算処理の仕様書を書いて渡しました。上野君という30少し前のプログラマーでした。すぐにやってくれました。賞味一月はかかりませんでした。わたしがHP41cで曲線回帰プログラムが扱えないと仕様書が書けませんでしたね。元データは学術論文に載っていましたが、回帰式は載ってませんでしたので、こちらで計算しないとプログラミング仕様書が書けないのです。HPの計算機は1978年から使い続けていたので、これの標準統計計算機能を使って処理できます。SRL社内で当時HPの科学技術計算機が使えるのは研究部に一人と、学術開発本部のわたしだけでした。学術営業の佐藤君はラッキーでした。これは1990年お仕事です。
 三つめは慶応大学病院から出生前診断検査のMoM値の基準値を探る研究への協力。ドクターからこの関連の文献を探すように佐藤君が依頼されていました。わたしの向かい側の席の東さんが頼まれていたものです。その仕事もわたしが同時に担当しました。沖縄米軍でやった仕事を説明して、どんな体制をとるのか説明に信濃町の慶応大学病院へ説明に行きました。必要な検査試薬はメーカー二社に連絡してタダで提供してもらいました。その前の年まで、全部の製薬メーカー相手にわたしが仕入れ価格の値引き交渉をしていましたから、DPCともう一社どこだったかな、ノーは言えません。だから、研究成果は製薬メーカの方で利用していいように、慶応大学のドクターと話をつけておきました。これで、製薬メーカーの社内稟議は通せます。仕事で協力してくれる相手に対する尊敬と配慮はいつでも不可欠です。検査と多変量解析のコストは学術協力を名目にしてSRL負担、5年くらいにわたって妊婦6000人ほどのデータをとりました。白人を100とすると黒人が120、日本人基準値は130でした。理由が何かあるはずですからそれ自体が次の研究テーマでしょう。まだ誰もやっていないようです。110くらいではないかと予想していたので、予想外でした。ドクターは国際的にも注目されるいい論文書けたでしょう。8年ほど前までそのときの基準値が、実質的な日本人基準値でした。異常値が出ると羊水染色体検査をします。脊椎二分裂症や無脳症の場合は母体にリスクが大きいし胎児は生きて生まれません。ダウン症も高い精度でスクリーニングできます。
 四つ目は海外製薬メーカーからのラボ見学要望への対応です。ラボでは3000項目の検査をしており、検査部だけでも8部あり、検査課に至っては30近くありました。これを全部説明して回るのは至難の業。営業から移動してきたYさんも3年たっても苦労してましたね。対応に満足いかないと営業マンを通じてクレームの入ることがあるのですから、石神本部長の指示でしたが、学術情報部のラボ見学担当者3名から、やれるはずがないので無理ですと川尻学術情報部長をすっ飛ばして石神さんに強い拒否がありました。無理ありません、わたしのバックグラウンドを知らないのですからね。石神さん「一度ebisuをラボ見学の付き添いで一緒に回らせ、つぎにebisuにやらせてみて判断しろ」と指示。分厚いマニュアル渡されましたが、ざーっと30分も読んだらOKでした。こんな説明しかしていないのかとびっくり。彼らについて回って、翌日、今度はわたしが大学のドクターを連れて回りました、もちろん3人が付き添ってます。仕事が終わってI取締役「どうだった?できないか?」、それで終わりです。検査機械については前職の産業用エレクトロニクス商社で、5年間欧米50社の最先端の計測器や質量分析器を見てたし、毎月いくつか行われる海外メーカーのエンジニアの新製品説明会も6年間欠かさず出席してました。そして毎月技術営業に対して行われていた、東北大助教授の測定原理についての勉強会にも出席していたのです。SRLで2年半ラボの隅から隅まで仕事で機器を見て回っていますから、SRLで検査機器に一番詳しいのはわたし、結石前処理のアームロボット開発は検査管理部の尾形さんとわたしが検査担当者と一緒に導入してます。精工舎の時計組み立て工場を見学して決めました。小さなメーカーの技術屋戦に仕事を依頼して、途中でブレードで問題が発生し50の異なる形状のブレードを試して、最終的に問題が解決されたり、いくらでも開発の話ができます。他にも液体シンチレーションカウンターのバイヤルを天井近くまで積み上げて、地震を怖がっていた検査員に世界初の紙フィルター方式のファルマシアLKB製品導入をもちかけたり、栄研化学の酵素ビーズ法の大型検査機器LX9000の市場へ出す前のテストと、半年間の独占使用契約締結などの仕事をしていたので検査機械については詳しいのです。確かにラボ見学担当はむずかしい仕事です。それはそういう機械の測定原理やその導入や共同開発にタッチしたことがない人に言えることで、わたしのケースには当てはまらないのです。検査機械につながれた検査サブシステムも見ただけで、なにをしているのかわかりますし、説明できます。SRLでは経営情報系のシステム開発を実際に短期間でやったシステム屋でもありますから、検査機械についてもそれがつながれている検査サブシステムについても、すぐに理解できます。石神さんはそうしたわたしのバックグラウンドはご存じありませんでしたよ、でも仕事人としては信頼してくれてましたし、理解してくれていましたから、結果を見て笑っていました。誤解があってもあえて反論はしないほうがいいし、する必要もないのでしょう。時がたてば誤解は自然に消えてなくなりますから。
 四つ目は大手六社と臨床病理学会の産学共同プロジェクトに学術情報部長の川尻さんが毎月参加していました。キックオフはわたしが仕掛けたプロジェクトですので、1年ぶりくらいに一緒に出席しました。わたしが本部から関係会社管理部へ異動になった後で、日本標準コードとして臨床病理学会の櫻林郁之助教授(自治医大)から発表されています。それがいまも、全国のすべての病院システムで動いています。学術開発本部にいた17か月でそういう仕事をしてます。
 3年間も学術開発本部に居たら、取締役はわたしを副本部長にできたでしょう、これと決めたら強引な人でしたから。2段階昇格しないと副本部長はやれないのです。
 ああ、また一つ思い出しました。研究部で多変量解析を担当した、応用生物統計のSRLナンバーワンの専門家、古川さん。あるとき私を日野駅前の居酒屋に誘って、「ebisuさんからの依頼だからやるんです、他の人からの仕事なら断ってます」とそういいました。事情がありました。彼は慶応大学産婦人科医と学会でもめごとを起こしていました。彼の言い分は「BMLのデータだから学会で議論できるような精度はない」ということで、元データを学会の席上で問題にしたのです。慶応大学病院のドクターはカンカン。創業社長の藤田さんが頭を下げてことは収まりました。だから、古川さんは、通常の経路での仕事の依頼なら100%断っていたでしょう。数年かけて、このプロジェクトが終わってから、彼は会社を辞めて独立してます。一流の職人は頑固です、その人の仕事をちゃんと評価する者のいうことは聞いてくれます。好い奴でした。
 わたしの上司は異動する都度目まぐるしく変わりましたが、学術開発本部担当取締役の石神さんが一番素直に仕事の評価をしてくれました。半年も仕事すると、たいていの上司は恐れをなしてしまいます。自分がとってかわられると不安が起きるのでしょう。周りが仕事ぶりを評価しだしますから。石神さんはそんなことはなかった。存分に使ってくれました。このように学術開発本部での仕事は愉しいものだったのです。
(社長になる近藤さんは、後に私に帝人との治験合弁会社の経営を任せますが、わたしがSRLでどのような仕事をしてきたのかには、最後までまったく知識がありませんでした。その点だけは話が通じなくてたいへんでした。もちろん他の点では馬が合っていましたよ。慶応大学医学部卒のインテリですが、案外度胸がいいのです。(笑)
 彼との接点は、合弁会社の経営を任される前は、社長室兼務の3か月のみ、その間近藤さんから仕事の指示は一度もありませんでした。どういうつもりだったのか聞きそびれました。経営管理課長と社長室と購買部兼務を3か月で拒否したわがままな奴だと思っていたのでしょう。とんでもない誤解でした、ちゃんとそれだけの理由がありました。トンもないのはわたしの方ではなくて経営管理部の方でした。だから、わたしが異動した後、優秀な若手が二人も転職しました。数人がずっと我慢してました、わたしが戻ってきて、片っ端から問題を処理したので喜んでました。そこへ経営管理部の次長職の人事を間違えたのです。二人が仕事ができないと見切っていた課長職を次長職にしました。それが引き金でした。誰がこんな腐った部署で仕事するかと異を唱えたのです。取締役のMさんは1984年に私が転職したときの経理課長です。経営統合システムで財務経理・買掛金支払いシステムが誰も担当できる者がいなくて一番遅れていました。わたしが担当して8か月で本稼働に持ち込みました。購買在庫管理システムも買掛金支払いに関係があるので、仕様書を半分ほど書きました。問題のあった減価償却費予算の精度不良も、投資・固定資産管理システムをつくって解決、ほかに隘路になっていた仕事を次々に処理しましたから、あとで元経理課員だった社員が、「Mさんを取締役にしたのはebisuさんだ、ebisuさん損してる」って、よく見てます。
 英英管理課員で辞めた一人はエイベックスで国際経理課長、もう一人はベンチャー企業へ転職して、その企業が上場し、40歳前後で経理担当役員になっています。もったいなかった。だからその後、経営管理部は著しく機能が弱体化します。そして子会社管理機能は新設された事業管理部に移行しました。機能は元の経理部に戻ってしまいました。看板だけ「経営管理部」でしたね。人事を間違えると、組織はガタガタになるし、有能な社員から辞めていきます。他でも処遇を改善してやれますから。新社長になった近藤さんにはそういうことが理解できませんでした。彼の経営スタイルの大きな弱点でした。でも、理詰めで判断するところはすばらしかった。他の役員にはまねができません。)

 でも、1年半後に新設された別の部署・関係会社管理部で仕事することになるのです。経営管理分野は米国の最先端の経営管理知識と6年間の経験のある分野ですから。ほとんど一人で仕事してました。部長を入れて5人のメンバーでしたが、だれも経営管理の専門知識や経験がなかったのです。部長職のOさんだけ、もとコンサル会社の経験ありでしたが、ニーズに合うスキルはなかった。そこも1年半ほどで、東北の臨床検査会社の取締役経営企画室長として創業社長の特命で出向します。まことに運命はわからないものです。次々に仕事が変わるので、どんなに成果を上げても昇格できませんでした。社長の特命事項は上司が決まりますが、仮の人ですから、仕事の指示はできませんし、機密事項が多いので上司にも連絡はしませんから評価は低くなるのです。いや東北の臨床検査会社の時も帝人との合弁会社の時も、上司が誰であるかすら知らされていません。会社が配布した組織表で知りました。だから、一度も話したことすらないのです。もちろんかれらにわたしのやっている仕事の内容が専門的過ぎて理解できません。そして報告はすべて社長にしていますから。大きな成果はその都度上げてますが、結果から見ると、会社の人事制度の埒外で仕事してることになります、損な役回りでした。でも、仕事はスリリングで、複合分野の高度なスキルの必要な仕事ばかり、とっても楽しかった。
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 6X6 cameraは「ロクロクカメラ」と日本語ではそういいます。フィルムサイズが6㎝X6㎝の正方形ですから、「ロクロク判」と言ってました。ローライフレックスが有名ですが、ビビアンが買ったカメラはそれだったでしょう。フィルムサイズが大きいので引き伸ばした(develop)ときに、プリントがきれいです。何に比べて過というと、35mmサイズのフィルムで写した写真に比べてです。24X36mmですから面積は8.64cm^2ですから、6X6判の方が面積は7.3倍ですから、大きく引き伸ばした時に明らかな違いが出ます。
 35mmフィルムカメラ用のフィルムには24コマのものと36コマの2種類が販売されていました。わたしは高校生の時に36枚撮りのフィルムを使っていました。引き伸ばし機をもっていたので自分で引き伸ばして愉しんでました。オヤジが昔プロの写真家に写真を習ったことがあったので、息子のわたしにやらせてみようと、サプライズで引き伸ばし機一式を高校2年生の時に買ってくれたのです。贅沢な趣味でした。小学生の時からビリヤード店を手伝っていたので、ご褒美の意味もあったのでしょう。(笑)
 最初に就職したのは紳士服の製造卸の小企業でした。安田さんという先輩社員がいました。あるとき写真の現像を教えてくれるかというので、承知しました。それでカメラは何がいいのかと聞くので、ゼンザブロニカマミヤ(6X7判)がいいと言いました。何だそんなカメラを推奨したのかというと、安田さんの相談が、「ebisuさんがいま買うとしたら」と条件を付けたからです。普通は35mmカメラを買うように言いますが、引き伸ばしをするというので、それなら大判のフィルムサイズが圧倒的にいいですからね。わたしのFB友にプロの写真家がいます。フィルムサイズ30cmほどの大型カメラを操ります。プリントの実物を一度見てみたいのです。ピント合わせもたいへんですし、レンズによっては自分でシャッターを取り付けなくてはいけません。

 そういうわけで、引き伸ばした時に断然プリントの質感が違うからです。安田さんゼンザブロニカを買いました。マニアの間では有名な日本の高額メーカーです。6X6判のカメラで撮った写真はピントが合っていたらいくら引き伸ばしてもきれいなんです、そしてやわらかい。実際に引き伸ばしを教えながら、こちらの方が楽しませてもらいました。

 ビビアンの母親はフランス人、父親はオーストリア人(アメリカに住んだ)でしたが、結婚してほどなく別居し、ビビアンはフランスと米国の間を行ったり来たりして生活します。母親はその後遺産で受け取った農場を売り払い、写真家のジャンル・バルトランと一緒に暮らしています。自然に写真が好きになり、趣味となったのでしょう。
 彼女は倉庫にたくさんのフィルムネガとプリントを残していました。倉庫料が未払いになったために競売にかけられて、三人の人がそのネガやプリントを手に入れます。彼女の死後にその写真が高く評価されます。興味のある方は「ビビアン・マイヤー」でググってください。
 共通テスト問題はなかなかいいトピックを取り上げてますね。
 

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元 後志のおじさん

二人からお礼のメールがはいっていました。よろこんでもらえてうれしいです。

実は、またフラフラ出かけていてHBCで20日朝のニュースになった事件の目撃者になって警察署で証人調書をとられることになり、それが片付いてから自分の目的地に向かい昨日21日に帰ってきたのでした。経験者の少ない興味深い体験でした。

二人はJKですから、直接連絡を返すのもはばかられるので、ebisuさんからお礼のメールをもらって嬉しかった旨伝えてください。

返しが貰えたからには覚悟してるんだな(笑)ということでニ点板書して書取らせて下さい

1.本文を繰り返し音読し、解説も何度も読み返すこと

2.リスニング対策をはじめること

1.についてですが、送った解説書が一回分90分の授業内容です。暗誦できるくらいまで繰り返し読みをして、同級生に説明してやれるくらいまで解説も読みかえすよう指示していましたが、私の説明でスッキリしてしまうのか余り読み返しもせず結局センター70%届かず、が大半でした。(北海道教育大学程度には入ってましたけど。)
おもしろかったのが、、自分から「室工大にいくつもりだし、生徒会もやりたい。時間が取れないから言われたこと全部はできない!」と日頃無口な奴が言ってきたことでした。彼は高1からセンター過去問解説を受けていました。
じゃあな、予習しなくていい。授業ノートはしっかりとれ。行き返りの「キシャ」ん中での読み返しはしっかりやれ!
それを守った彼は、センターで予想以上に得点できて弘前大学に進み、札幌市上級職に合格しました。
就職決まりました、の挨拶で年末大学の冬休みにふらっと来て彼の言うには、
大学では、英語の専門書で勉強するゼミに入っていたけど、専門用語のほかは苦労しなかった。

嬉しい挨拶でした。

彼女たち、会えなかったこにも2年生以上の人にも伝えて頂きたいのですが

わかった!スッキリ!でとめてはだめ。(高いレベルを目指したいなら)自分のものにするには、失敗を重ねながらの繰り返しの練習が必要です。

これ、音楽でも料理でも大工仕事でも、たぶん武道でも球技でもみんな同じ。

自分のものになるまで繰り返してください。

2.リスニングトレーニングの具体的方法は項を改めてお伝えします。

by 元 後志のおじさん (2022-09-22 15:52) 

ebisu

元 後志のおじさんへ

二人のJKは投稿をもう読んだかもしれませんね。
念を押しておきます。
わかっただけではダメ、そこから何度も何度も同じことを繰り返して体に染み込ませる努力が大切。
数学はセンスが関係するので、少し違います。

リスニングトレーニングもJK三人に何か書いてもらえるのですか。
期待しています。
by ebisu (2022-09-22 16:23) 

元 後志のおじさん

今日発送しました。今度のは、6ページですので普通郵便です。すると、3日後、木曜日の着になるそうです。ゆうパックは翌日着だったのに差がありすぎです。郵便事業、やる気あるのか?

 彼女たちが無理なくやれるよう考えました。得点力upの一助になれば幸いです。

by 元 後志のおじさん (2022-09-26 15:01) 

ebisu

元 後志のおじさん

ありがとうございます。
わたしもじっくり学ばせてもらいます。

by ebisu (2022-09-26 19:16) 

ebisu

元 後志のおじさん

音読授業の生徒2人のうちの一人が、今日あった「スタディサポート」(ベネッセのテストで、進研模試より難易度が低い)のリスニング問題で、自己採点結果満点だったと大喜びしてました。6月の模試では英語の点数が一番低かったのですが、自己採点では今回は英語が一番よかったと報告がありました。
簡単な英文だと、よく聞き取れるそうです。共通テストレベルが完璧に聞き取れるようになったらいいですね。
あとは、自分でトレーニングするだけ。

「ラジオ英会話」の昨年7-10月までのmp3ファイルを、パソコンにコピーしてあげました。
テキストも全文、プレゼント。

これで道具は揃いました。いまのところ、希望の4人だけ。
by ebisu (2022-10-04 20:40) 

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