#4409 タイヤ交換&『信長の原理』『光秀の定理』を読む Nov. 25, 2020 [44. 本を読む]
最低気温が0度になる季節が始まった。そろそろと思って、ガソリンスタンドでタイヤ交換作業をお願いした。皆さんとっくに交換済みのようで、待ち時間なし、20分でタイヤ交換と給油が終わった。なんだか時間を得した心地がした。ついでにヘアーカット。今日は風がなく陽射しが強かったので、西側に大きな窓があるヘアサロンはぽかぽか。
水曜日は定休日だ、のんびり一日とくにすることなし。『信長の原理』は上下巻読み終わったので、『光秀の定理』を読んでいる。それと整数基礎論の本。
『信長の原理』は信長がどのように思考したのか、作者の垣根氏は、蟻の集団に見られる1:3:1の原理を真ん中に据えて自説で書き切っている。稀に見る頭のよい書き手だ。会社という組織を考える時にも、数多(あまた)ある大学の学生の学力を考える時にも当てはまりそうな「原理」である。
『光秀』の定理では「愚息」という坊主が出てくるが、密貿易の船に乗り、インドネシアかどこかで南伝の仏教を学んだことになっている。『阿含経典』は出てこないが『スッタニパータ』は出てくる。だが、中身がだいぶ違っている。何やら禅僧めいた生き方のキャラに見えてずれを感じてしまう。30歳代のころに阿含経典群6巻を何度も読み返したので、伝来の事情も多少は承知していて、なんだかな、という感じがわいてしまう。変わり種の僧侶という設定はいいが、ちょっと無理を感じ、鼻白んだ次第。確率や自然数の和の初等数学も話題に織り込まれている。ガウスが7歳の時に1-100までの和を問われて、1+100、2+99、3+98、…とやって、それぞれ101だから101×100/2であっという間に1-100までの自然数の和を出したというエピソードを、1-10までの和に変えて3種類の計算法を紹介しているのだが、この時代には算盤があったから、暗算で5秒かからずに計算できる商人がそんなに珍しくなかったかもしれぬ。この時代、すでに日本人の計算技能はずぬけて世界最高水準にある。わたしでも1-10までの加算を暗算でやるのに5秒なんてかからない。どうもこれらの設定に無理を感じて『信長の原理』を読んだ時のように登場人物の思考や気持ちに同調できない。フィクションだからあり得ぬ設定のあったほうが展開が面白くなるのは事実だから、そういう小説として楽しんだらいいのかもしれない。仕掛けがちゃちに見えてしまっている、まだ、半分読んだところだ。
『信長の原理』の主人公は信長ではない、存在の理法とでも名付けたい信長の行動原理が主人公である。人ではない存在の理法である「信長の原理」がメインテーマとなることで、その信長の原理を間に置いて、信長と光秀が対峙する。
信長は本当にこういう風に考え、行動したのかもしれないと思えてくるほどリアリティがあった。もちろん、50歳の坂を超えて、次々と戦に追使われながら、思索を深める光秀。なぜ松永久秀は信長の下で働きながら、何度も離反し、再三再四にわたる信長の許しに応じず、信長と戦うことを選び滅んでいったのか、利口な荒木村重が負け戦を承知でなぜ信長に反旗を翻したのか、そしてその一族はどうなったのか、ギリギリと思索を深め、一つの結論に達する。信長の思考の先を読み、的確に読み切ることで身動きできぬ状況に自らを追い込み、ついに本能寺で信長殺害に至る光秀が強烈なリアリティを帯びて立ち現れてくる。信長の物語ではなく信長の原理がテーマという、まったく新しいチャレンジ、凄い書き手が現れたと思った。
水曜日は定休日だ、のんびり一日とくにすることなし。『信長の原理』は上下巻読み終わったので、『光秀の定理』を読んでいる。それと整数基礎論の本。
『信長の原理』は信長がどのように思考したのか、作者の垣根氏は、蟻の集団に見られる1:3:1の原理を真ん中に据えて自説で書き切っている。稀に見る頭のよい書き手だ。会社という組織を考える時にも、数多(あまた)ある大学の学生の学力を考える時にも当てはまりそうな「原理」である。
『光秀』の定理では「愚息」という坊主が出てくるが、密貿易の船に乗り、インドネシアかどこかで南伝の仏教を学んだことになっている。『阿含経典』は出てこないが『スッタニパータ』は出てくる。だが、中身がだいぶ違っている。何やら禅僧めいた生き方のキャラに見えてずれを感じてしまう。30歳代のころに阿含経典群6巻を何度も読み返したので、伝来の事情も多少は承知していて、なんだかな、という感じがわいてしまう。変わり種の僧侶という設定はいいが、ちょっと無理を感じ、鼻白んだ次第。確率や自然数の和の初等数学も話題に織り込まれている。ガウスが7歳の時に1-100までの和を問われて、1+100、2+99、3+98、…とやって、それぞれ101だから101×100/2であっという間に1-100までの自然数の和を出したというエピソードを、1-10までの和に変えて3種類の計算法を紹介しているのだが、この時代には算盤があったから、暗算で5秒かからずに計算できる商人がそんなに珍しくなかったかもしれぬ。この時代、すでに日本人の計算技能はずぬけて世界最高水準にある。わたしでも1-10までの加算を暗算でやるのに5秒なんてかからない。どうもこれらの設定に無理を感じて『信長の原理』を読んだ時のように登場人物の思考や気持ちに同調できない。フィクションだからあり得ぬ設定のあったほうが展開が面白くなるのは事実だから、そういう小説として楽しんだらいいのかもしれない。仕掛けがちゃちに見えてしまっている、まだ、半分読んだところだ。
『信長の原理』の主人公は信長ではない、存在の理法とでも名付けたい信長の行動原理が主人公である。人ではない存在の理法である「信長の原理」がメインテーマとなることで、その信長の原理を間に置いて、信長と光秀が対峙する。
信長は本当にこういう風に考え、行動したのかもしれないと思えてくるほどリアリティがあった。もちろん、50歳の坂を超えて、次々と戦に追使われながら、思索を深める光秀。なぜ松永久秀は信長の下で働きながら、何度も離反し、再三再四にわたる信長の許しに応じず、信長と戦うことを選び滅んでいったのか、利口な荒木村重が負け戦を承知でなぜ信長に反旗を翻したのか、そしてその一族はどうなったのか、ギリギリと思索を深め、一つの結論に達する。信長の思考の先を読み、的確に読み切ることで身動きできぬ状況に自らを追い込み、ついに本能寺で信長殺害に至る光秀が強烈なリアリティを帯びて立ち現れてくる。信長の物語ではなく信長の原理がテーマという、まったく新しいチャレンジ、凄い書き手が現れたと思った。
阿含経典は増谷文雄訳で繰り返し読んだ。宗教ではなく哲学書である。存在の哲学、執着を滅する哲学。
阿含経典〈1〉存在の法則(縁起)に関する経典群 人間の分析(五蘊)に関する経典群 (ちくま学芸文庫)
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/08/01
- メディア: 文庫
阿含経典〈2〉人間の感官(六処)に関する経典群・実践の方法(道)に関する経典群・詩(偈)のある経典群 (ちくま学芸文庫)
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/09/01
- メディア: 文庫
阿含経典〈3〉中量の経典群/長量の経典群/大いなる死/五百人の結集 (ちくま学芸文庫)
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/10/01
- メディア: 文庫
「反社会」主義としての初期仏教がどういうものであったかよくわかる。
2020-11-25 18:16
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