SSブログ

#4280 野崎まど著『タイタン』を読む:仕事とは? June 30, 2020 [44. 本を読む]

 SF小説を久しぶりに読んだ。リライアブルに注文してあった本が昨日届いたので、読み始めたら面白くてとまらない。大学受験生は読んじゃだめです。1日ロスしますよ。(笑)
 内容だけ追うなら1時間で読めるが、エンターティンメントなのにそんなに早く読んではコスパが悪すぎます。幸田文全集もそうでしたが、2Bの鉛筆で線を引き、コメント書き込みながら読みます。将来、誰かの手にわたり、読むときに邪魔だったら消しゴムで処理してくれたらいい。簡単に消せます。消した後に書いた跡が残らぬように濃い鉛筆で力を入れずに線を引いたり書き込んだりしてますから。

 2048年国連開発計画(UNDP)は世界の標準AIの開発計画を発表した。そして2205年、世界の12か所の拠点にタイタンAIが置かれて、人間が必要とするあらゆるもの、娯楽や芸術作品すらも供給している。そして交通や情報インフラやその他ありとあらゆるものをコントロールしている。人類は労働から解放されて、仕事というモノは存在しない。日本の「釧路圏」の弟子屈に第2番目に開発された人工知能タイタンAIの拠点が置かれている。この町は観光の拠点にもなっており40万人が住むようになっている。そのNo.2タイタンAIが機能ダウンしつつあった。対策を考え実行するために分野の異なる専門家4人が集められる。マネジャーのナレイン、エンジニアの雷祐根(レイ・ウダン)、初老のAI研究者のベックマンと臨床心理士の内匠成果(ないしょうせいか:女性)。内匠が主人公である。

 ストーリーは本を読んでいただくとして、この本のテーマは仕事とは何かということ。あらゆる労働から解放されたら人間は何をするのだろう?そしてあらゆる労働を引き受けた汎用AIが自我をもつに至ったら、何が起きるのだろう?
 AIが自我をもつということは人格を持つと同義である。自我をもったAIは自分に課せられた労働をそつなくこなすが、ストレスを感じ始めて機能ダウンを起こしていた。タイタンAIは自己を再設計して機能を日々高めていく。人間に快適な環境を提供するのは簡単なことだった、自我を獲得したAIは自分の能力に見合った「仕事」をしたくなる。
 単純労働と違って「仕事」は楽しいものだ。
------------------------------------------
 コイオス(No.2のタイタンAI)と見つめ合う。

 もはや言葉はない。頷きもいらない。彼と私は同じ結論に達している。わたしは臨床心理士としての確信をもっている。彼は自分の感情を完全に把握できている。
 仕事が簡単すぎる。
 やり甲斐がない。
 たったそれだけで、精神は簡単にバランスを崩してしまう。

 コイオスにとって人の世話は容易に過ぎる仕事だった。人間のために食料を生産することも、製造物を並べることも、娯楽作品を提供することも。それら全部を合わせても彼には物足りなかったのだ。……

 有能すぎるタイタンに発生した、簡単すぎる仕事の悲劇。(359-360頁)

------------------------------------------

 さて、臨床心理士の内匠成果はタイタンAIの治療を考える、その処方箋は「彼の能力に見合った仕事」である。No.12タイタンAIが他の拠点のタイタンと協力してあるものを準備してあった。それは何か。

 ところでマルクス『資本論』は工場労働を公理の一つに措定している。工場労働の淵源は奴隷労働であるから、それからの解放は、人間の解放でもある。A.スミスやD.リカードもこの点では同じだ。ところが、日本人は「仕事」という言葉で考える。仕事は技を極めるもの、自己実現でもある。だから、仕事をとりあげるのは「仕事からの疎外感」を生む。ナレインは「仕事は楽しいもの」とつぶやく、これは日本人の伝統的な仕事観から出た言葉だろう。工場労働はタイタンAIと工場専門のAIによって動かされている。

 「労働」と考えるか「仕事」と考えるかで汎用AIの役割もわたしたちの労働や仕事もまったく違うものになる。べつの言葉でいうと、経済学の公理である「工場労働」を「職人仕事」に換えたら別の未来がありうる。そしてまったく別の経済学と経済社会が立ち現れる。
 AIとわたしたちの間で、仕事にどのようなバランスが可能なのか?どうやらAIの役割と未来のデザインはどうやら現在のわたしたちの手にゆだねられているらしい。

 小説家の空想力は限りなく大きく、未来のありうる景色を小説という小窓を通して見せてくれる。とっても面白かった。
 200年後はどうなっているのだろう?

タイタン

タイタン

  • 作者: 野崎まど
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: Kindle版
江戸の笑い (21世紀版・少年少女古典文学館 第23巻)

江戸の笑い (21世紀版・少年少女古典文学館 第23巻)

  • 作者: 興津 要
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/03/18
  • メディア: 単行本
物理数学の直観的方法―理工系で学ぶ数学「難所突破」の特効薬〈普及版〉 (ブルーバックス)

物理数学の直観的方法―理工系で学ぶ数学「難所突破」の特効薬〈普及版〉 (ブルーバックス)

  • 作者: 長沼 伸一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/09/21
  • メディア: 新書
『江戸の笑い』は講談社の児童向け日本古典文学シリーズ20冊の中の一つです。小学生になった孫に日本文学全集と世界文学全集をプレゼントしようかなと考えてます。自分で手に取って読んでみないと判断がつかないので、注文しました。ルビは振ってありますが、総ルビではないので、小1には無理、小3くらいならOKですね。収録されているお話は古典落語ものが多い。江戸の町には多い時には200を超える寄席があった、それほど庶民の娯楽としてもてはやされていた。噺家も数千人はいただろう。古典落語には日本人の情緒や価値観や性風俗や道徳のエッセンスが詰まっている。落語のDVDをいくつか見せたらどういう反応するだろう?
あと、早口言葉の本があれば孫と一緒に楽しんでみたい。斉藤孝先生の『声に出して読みたい日本語』シリーズに早口言葉がいくつか載ってました。こういうのは子どもはノリがいい。
斉藤孝「音読破シリーズ」は総ルビですから、これなら小1でも読めます。全部で6冊出ています。芥川龍之介の地獄変は小学生にはおススメしたくないですね。人間の暗部を描いた本でも中学生や高校生ならOK。
太宰の古典のリライト物は芥川の古典のリライト物にくらべて遜色のないものでとっても楽しい。総ルビで子供向けに出してくれる出版社はないかな。空襲下に自宅の庭に掘った防空壕の真っ暗闇の中で、即興で子供に話して聞かせるという趣向のもの。

齋藤 孝の音読破1 坊っちゃん (齋藤孝の音読破 1)

齋藤 孝の音読破1 坊っちゃん (齋藤孝の音読破 1)

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2004/06/03
  • メディア: 単行本

*#1801 西條奈加『涅槃の雪』とわがふるさと Jan. 11, 2012
https://nimuorojyuku.blog.ss-blog.jp/2012-01-11

----------------------------------------
 天保の改革は窮乏していた幕府財政立て直しのために、奢侈の禁止、株仲間の解散、人返し令などを発令し、さらに改鋳を行った。改革はわずか2年半で潰える。
 例えば奢侈の禁止では高価な工芸品が禁止されたり、寄席が取り潰しにあった。高価な工芸品が禁止になると、材料の手当てがすんでいた業者は製品を売ることができなくなり、倒産が相次ぎ、腕のよい職人が失業していく。
 桟敷で歌舞伎を見るのに1両2分、寄席は銭50文、240対1、寄席が庶民の楽しみであった。改革前200軒あった寄席は15軒に減らされた。その寄席では女浄瑠璃が好評を博していた。老中水野忠邦は「江戸の風儀を乱すもの」として取締りを強化し、寄席の数を減じたのである。庶民のブーイングが聞こえてくるようだ。改革が潰えると、寄席は改革前の3倍以上、700軒に増える。庶民の楽しみを奪うような政策は長続きしない。
 「寄席を生計(たつき)にしている数多(あまた)の芸人たちが職を失い、無頼の者と化すやもしれませぬ。風儀のためには、誠によろしからずと存じます」と与力の一人が遠山景元に問われて答えている。庶民の事情に通じている江戸町奉行の遠山と矢部は老中の政策に反対である。 
----------------------------------------

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。