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#4039 粋な女と無粋な男:第6段 平生昌 July 20, 2019 [44-2.『枕草子』]

 ときはいまから1020年前、西暦999年8月のことである。中宮定子がお産のために大進(だいじん)平生昌(たいらのなりまさ)の邸宅へお出ましになる。もちろん清少納言は定子について一緒に行く。みんなが寝静まったその夜のこと…

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同じ局に住む若き人々などして、万づのことも知らず、ねぶたければ、皆寝ぬ。東の対、西の廂かけて有る、北の障子に懸け金もなかりけるを、それも尋ねず、家主なれば、案内を知りて、開けてけり。あやしう、嗄(か)ればみたる物の声にて、「さぶらはむはいかに。さぶらはむはいかに」と、あまたたびいふ声にぞ、驚きて見れば、几帳の後に立てたる燈台の光はあらはなり。障子を五寸ばかり開けて、いふなりけり。いみじうをかし。さらに、かやうのすきずきしきわざゆめにせぬものを、わが家におはしましたりとて、むげに心にまかするなめり、と思ふも、いとをかし。かたはらなる人をおし起して、「かれ見たまへ。かかる見えぬ者のあめるは」といへば、頭もたげて見やりて、いみじう笑ふ。「あれは誰ぞ。けそうに」といへば、「あらず。家の主と、定め申すべきことのはべるなり」といへば、「門のことをこそ聞こえつれ、障子開け給へとやは聞こえつる」といへば、「なほ、そのことも申さむ。そこにさぶらはむはいかに。そこにさぶらはむはいかに」といへば、「いと見苦しきこと」「さらにえおはせじ」とて、笑ふめれば、「若き人おはしけり」とて、引き立てて、往ぬる後に、笑ふこといみじう、「開けむとならば、ただ入りねかし。消息をいはむに、よかなりとは、たれかいはむ」と、げにぞをかしき。
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 他の女官とともに同じ部屋で寝入っているその北の障子には掛け金がない、勝手知ったる自分の屋敷だから生昌は寝所に忍んできて、その障子を15㎝ほど開けて声を何度もかける。「入っていいですか、あの、もし、入っていいですか?聞こえてますか、入ってもよろしゅうございますか?」とでもやったのだろう。清少納言が目を覚ました。生昌の言い訳が面白い。最少納言の気持ちは「開けむとならば、ただ入りねかし」、この文に如実に現れている。
 恋の駆け引きに慣れた女としては、女の部屋を夜訪ねてきて障子を開けたのなら、さっさと入ってきてするべきことをするのが、粋な男というもの。入っていいかと何度も訊くなんて、生昌バカねとおおらかに笑っている。

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「夜中に女性の部屋を訪ねるなどといった、好色そうな行動をとるなどとは、夢にもできない男なのに、わが家に中宮様をお迎えしていることでもあり、自分が偉くなったように舞い上がって、つい心安い行動に出たのだろうと思うとおかしくなる。」(島内裕子訳『枕草子』41頁)

「門のこと、つまりもっと大きく造ってくださいねとは、もうすでに申し上げましたよね。でも、障子を開けて、寝室に入ってきてくださいなどと、わたしが申しましたかしら」
「いえね、そのことを申し上げようとしたのです。その部屋には誰々がおられるのですか」と生昌が言う。「まあ、見苦しいこと。何もお答えできませんとわたしが言うと、ここにいる女房も笑うので、生昌は「お一人かと思っていたのですが、若い女性たちもおられるのですね、などと言って、障子を閉めたので、生昌が行ってしまってから、みんなで大笑いした。障子を開けたのだったら、つべこべ言わずに部屋の中に入ったらいいのだ。こういう状況で、男が女に「お部屋に入ってもよろしいでしょうか」と申し入れたとして、どこに「はい、入っても結構です」などと答える女がいるだろうか。そんなこともわからず、おどおどと退散した生昌の行動は、本当におかしくてたまらない。(同書42頁)
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 男女の仲のそういう機微をわきまえない無粋な男として生昌を描写している。周りに定子付きの若い女性たちが数人寝ており、そんなところへ忍び入って、エッチすると、寝ていたとしても周りの女たちもじきに気がつき、息を殺してネタふりする。せいぜい衝立が立ててあるだけだから、吐息も丸聞こえ、平安時代は実にオープン。翌朝は若い子たちが昨夜の衝立の向こう側でなされた房事の話でキャアキャア盛り上がることはいうまでもない。
 もちろん、翌朝中宮定子にコトの顛末を報告している。それを聞いた定子がどのように反応したか興味のあるところだろう。

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早朝、御前に参りて啓すれば、「さることも聞こえざりつるものを。昨夜のことにめでて行きたりけるなり。あはれ。かれをはしたなういひけむこそ、いとほしけれ」とて、笑はせ給ふ。
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昨夜の出来事を申し上げると、中宮様は「生昌がそんな好色なる振る舞いをするとか、あなたに以前から気が合ったとかの噂は、何も聞いていませんでしたのに。でも、きっと、昨夜のことで、いろいろ思うところがあって、あなたと話がしたくて、やってきたのでしょうね。まあまあ、あまり彼のことをはしたなく言うものだから、わたしは、なんだか生昌のことがかわいそうですよ」とおっしゃって、お笑いになる。(同書42頁)
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 「さることも聞こえざりつるものを」と言っただけで、生昌が清少納言に懸想していたとか、生昌が好色な男といううわさは聞いていない」ということが速やかに伝わってしまう。平安時代は言の葉もずいぶんと奥行きがあったようで、直截的な表現の必要がないのは、行間を読む力が現在よりもずっと大きかったからである。


 なんとものどかな朝の情景ではないか。朝からにこやかにこんな話題をもってきてくれる女官がそばにいる。定子は清少納言がおそばに仕えていたのでどれほど気晴らしになったろう、朝からころころと笑う定子の表情が千年後のいまもありありと想像できる。清少納言に筆致はそれほど生き生きしているのである。

 セクハラなんて言葉のなかったおおらかな時代、恋のやり取りに長(た)けたいい女と、不器用で無粋な男の駆け引きは、はじまる前から勝負がついていた。生昌は軽く手玉に取られて、コロリンコと転がされてしまう。
 上手に口説いて、強引に迫ってくれたらOKよとは清少納言の物言い、千年たっても女の気持ちと恋の駆け引きはちっとも変らない。生昌のような無粋な男がいまも絶滅せずに最近は増殖しているのではないだろうか?
 高校古典授業でこういうところも教えてくれたら、男子も女子も恋のしかたが洗練され、粋な交際ができるだろうに、そして古典文学を読むのがずっと愉しくなる、もったいない。

 明治維新で西欧に追いつけ追い越せと旗を振ってきた文科省は、こういう日本の古来からの性風俗を教科書からそして学校教育の場からひたすら追放してきた。そうして、自分の国が育んできた性風俗に関する知識すらないヘンな日本人が量産されている。
 こういうものを抑圧しすぎると精神を病む。心身ともに健康というのはこころは身体とともにあり、身体の健康なくして心の健康もないということ。30代の独身女性の三人に一人が男性経験なしだという、心身ともに健康を維持することはかなり難しい。そのようなさっこんの事情を平安時代の貴族や庶民が知ったら、びっくり仰天するだろう。
 『枕草子』がたくさんの若い人たちに愛読されることを願ってやまない。



 『枕草子』原文は次のサイトからコピペした。島内裕子校訂の原文と相違しているので、一部分だけ手を加えた。全部直すのはご勘弁を。
https://ja.wikisource.org/wiki/枕草子_(Wikisource)/第五段

*#4035 なにもなにも小さきものはみな美し:清少納言 July 14, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-07-14



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