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#3938 新しい経済社会のデザインについて Feb. 26, 2019 [職人仕事観に基く経済学の展望]

  マルクスは『資本論』の冒頭「商品」章で「資本主義的生産様式」ではなく、「資本家的生産様式」という用語を使っているのだが、なぜか「資本主義的生産様式」という用語で翻訳されたものが多い。「資本主義的生産様式」というと特定のイデオロギーをまとった生産様式に聞こえるがそうではない。生産手段の私的所有と労働力が商品化されている生産様式を言っているに過ぎない。このあたりもマルクスの経済学体系全体にかかわる問題を孕んでいる。
 わたしは質的差異を認めない工場労働を前提にする資本家的生産様式に対して職人中心の生産様式とそういう生産様式が支配的な経済社会を「職人仕事観に基づく経済社会」と定義しておきたい。

 koderaさんがブログでわたしの経済論をとりあげてくれるというので、思いつくところを投稿した。それに加筆・修正して紹介したい。

*「創造性の開発 新規商品を企画しよう」
https://blog.goo.ne.jp/tsuguo-kodera/e/e57dd7b18e66eff2670c63c3f4a64d22

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2019-02-12

思いつくまま…


 

弊ブログと職人経済論をとりあげていただき、ありがとうございます。思いつくまま書き綴ります。

 

第一番目は経済学の公理選択ということです。公理が異なれば別の論理体系が構築されるということは数理論理学者には自明のことですが、経済学者で数理論理学に興味をもつ人は皆無のようです。

 経済学の第一公理は労働観です。マルクスは工場労働を公理に措定しました。わたしは職人仕事を第一公理に措定します。
 マルクス自身は経済学体系の叙述に当たって公理ということを意識していません。ヘーゲル弁証法で経済学体系が叙述できると考えていました。『資本論』を書いている途中でヘーゲル弁証法の破綻に気がついたと思います。破綻を自覚して晩年は沈黙を守って死んでいきました。ユークリッド『原論』を丹念に読んでいたら、ヘーゲル弁証法を使わなかったとわたしは考えています。
 彼は数学が苦手でした。微分の意味さえ理解できませんでした、それが彼の経済学に大きな制限になったことを理解している経済学者を見たことがありません。わたしがマルクスの数学能力に違和感をもったのは『資本論第1巻』を読んだ高校生のときではなくて、全巻を通読した大学2年のころだったと思います。「なぜ四則演算しか出てこないのだろう」と思ったのは高校生の時に公認会計士二次試験の受験勉強をしていて近代経済学をかじって比較していたからでしょう。
 マルクスは『数学手稿』というノートを残していますが、これは出版するつもりだったのではなく、自分の勉強ノートでした。微分の意味が分からなかったというのはこの本を読んでもらえば分かります。マルクスは数学に強い好奇心があったようですが、センスはなかった。微分積分を利用しようにも微分の概念が理解できなかった、あの『数学手稿』は苦闘の跡を記したものです。微分積分学の確率は17世紀ですが、厳密になるのは19世紀で、数学者ではないマルクスは好奇心を抱いて勉強はしたようですが、微分の概念を理解できませんでした。
 あとの人たちがマルクスの遺稿をなんでもかでも出版してしまった。単なる学習ノートは選別して外すべきでした。遺稿を整理した人たちもまた数学の素養がなかった。泉下のマルクスは余計なことをしてくれたときっと思っています。
 まとめると、演繹的体系=経済モデルの構築に数学(ユークリッド『原論』)が利用できなかっただけでなく、微分積分学を利用できなかった。だから、方法論としてヘーゲル弁証法を使わざるをえなかった。
 『資本論』の後半部分に差し掛かって、いつまでたっても四則演算の羅列に辟易すると同時に、何かがおかしいと感じたのです。

 

 二番目はマルクスやレーニンは大学に職を得られなかったインテリでした。工場労働の経験も職人仕事の経験もありません。だから、共産主義社会の設計には大失敗しています。
 新しい経済社会のデザインにはインテリであることと同時に工場労働者や職人仕事の経験そして企業経営の経験があった方が断然有利なのです。マルクスもレーニンも毛沢東(地主の息子で師範学校卒)もインテリ、そして工場労働の経験も職人仕事の経験も企業経営の経験もなかった、だから、デザインできるわけもありません。理念のないでたらめなデザインの経済や企業運営とバランスをとるかのように労働者は労働強度を下げました、人間の性(さが)です。肉体労働したことのない人には思いもつかぬことでした。

 

 三番目。日本には創業200年を超える記号が1200社あるそうですが、これは世界中にある200年を超える企業の45-50%に相当します。お隣の人口13億人を有する中国はわずか7社だそうです。中国の授業の強い影響下にあった韓国はゼロではないかと思います。宗教と関係が深い。

 なぜ日本に創業200年超の企業が圧倒的に多いのかは直接的には経営哲学や商売道徳の高さにその理由を求めることができます。決して手を抜かぬ、正直が身上の職人仕事がベースにあったからこそ次のような倫理が育まれ、広く普及しました。

「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」

何より信用を大事にして暴利をむさぼりません。

 どういうことか例を挙げて説明しておきます。

 関東大震災の直前に東京木場でたまたまかなりの量の材木を買い付けた材木商が何人もいたでしょうね。地震後の復興需要で材木価格は暴騰し、大儲けしました。財産を増やす千載一遇のチャンスととらえたのでしょう。地震で家を失い、再建のために高い材木を買わざるを得なかった人たちがたくさん出ました。企業家としては経済合理性に則った判断でして何ら非難されるいわれのない行動です。しかし、これは浮利を追った典型例といえるでしょう。

 根室は空襲で一昼夜の間に500人が亡くなったと言われています。米軍機は市街地を包み込むように周囲の焼夷弾を落とし、それから中心部に落としていきました。機銃で市民を狙い撃ちにしました。火の輪の中の住民は袋のネズミです、だから被害が大きかった。生き残った人たちは火が回る前に何ももたずに郊外へ逃げた人たちです。「パンツの替もなかった、死んで焼け焦げた遺体を弥生町の海岸までリヤカーで何回も運んで海へ流すのを手伝った」そうおふくろが言っていました。弥生町の浜で小学生のころに遊んでいると、白い骨がいくつもみつかりました。そのときは不思議に思っていましたが人骨の破片だったのです。小さな浜に数百人の遺体を流せば、骨の破片は十数年間は浜辺の砂に交じってでてきます。

 空襲の混乱がおさまり、郊外へ逃げた人たちが戻って来ます。造り酒屋である「北の勝」碓氷勝三郎商店の米蔵は焼け残りました。酒造り用に配給されていた貴重な酒造米を炊き出しに使いました。そのおにぎりで飢えをしのいだ人がたくさんいたのではないでしょうか。空襲の年の1945年は「北の勝」の生産量が減少したでしょうね。「北の勝」の経営者は空襲という大災害にあたって私的な利益よりも公益を優先しました。「北の勝」はいまも根室市民に愛され続けているのはそういう精神が受け継がれているからというのはロマンチックにすぎますか?

 「浮利を追わない」これも商売の普遍的な倫理です。金のためなら何でもするというのでは長続きしません。碓氷商店は商売を広げるつもりがありません。地元の人々に愛されるメーカで十分なのです。「足るを知る」といってよいでしょう。もうずいぶん前のことですが、あるとき東京の三越デパートから、北海道物産展を開催するので出品依頼がありました。断ったそうです、社長じゃありませんよ、当時は番頭さんでもない、社員です。「すみませんがうちは直売していませんので卸問屋を通じて買ってください」とお願いしたそうです。小さな会社、個人商店(株式会社ではありません)ですが、社員は「うちの社長ならこう考えて、こういう返事の仕方をする」と確信をもって仕事しています。もちろん、三越の依頼を断った後で、社長の碓氷さんに報告はしたでしょう。社長が電話口に出てもたぶん同じことを言います。造り酒屋が直売を増やせば卸問屋の売上が減ります。直売のほうが利益は大きい、でもやらないのです。1月に発売する幻の酒「搾りたて」はネットでは1万円もしていますが、根室の小売店では2400円くらいです。売れることが分かっていても量は増やさない、値段も上げないのです。老舗とはそういうところが少なくないのではないでしょうか。
 「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」を是とすれば、お酒の消費者である根室住民が米軍機による空襲、住民のジェノサイドという史上最大の困難にあるのだから、私財をなげうつのは当然のことだという、レベルが一段高い倫理観で判断したということでしょう。

 経済成長がなければ経済の活性化はないと頑なに思い込んでいる政治家のみなさんはいま一度考え直してもいいのではありませんか?

 

 四番目です。日本には400万の企業があるそうです。その中で創業200年を超える企業はたったの1200社、でも世界のおおよそ半分弱の創業200年を超える企業が日本にあります。おどろきです。

 わたしが職人経済社会を提唱しているのは絵空事ではありません。現実に職人仕事をベースにして、「浮利を追わない」「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」の経営をしている日本企業はたくさんあります。
 根室の老舗である碓氷商店は創業140年です。あと60年後には創業200年超の企業の仲間入りをするでしょうね。そのころには3000社を超える企業が創業200年超企業の仲間入りを果たしているかもしれません。

 わたしが提唱する職人経済社会は現実にモデルがたくさんあるのですよ。だからわたしはのんびり構えていられます。みなさんが、気がついてくれるだけでいいのですから。
 マルクスやレーニンや毛沢東のようなインテリには無理でしたが、日本には創業200年を超えて現実に運営されているお手本がたくさんあります。あらためてゼロからデザインする必要がないのです。200年超の企業をベースにデザインすればいい。ハードルはマルクスの時代よりもずっと低くなっています。

 

 五番目です。職人仕事は世界中にあります。ドイツのマイスター制度が有名ですね。マイスターの社会的地位は大学教授と同等です。パン職人だって肉職人だって皮革職人だってそれぞれの国にいます。だから、職人仕事中心の経済社会は世界のすべての国々に普遍性をもつのです。

日本では職人仕事はあらゆる分野に細分化されて広がっています。それはこの国の文化そのもの、精神史の一部にもなっています。わたしは経営管理分野を中心に様々な部門で仕事してきましたが、どれも職人仕事だなという実感があります。システム開発も製薬メーカと検査試薬の共同開発をしている開発部の仕事とも、検査機器の購買の仕事も、検査機器の共同開発の仕事も、財務経理の仕事も、会社買収の仕事も、赤字子会社立て直しの仕事も、すべからく職人仕事でした。

 

六番目。経営哲学とか商売倫理と生産技術をセットで発展途上国へ移転すればいい。そうすれば、発展途上国は自立でき、グローバリズムはその根底から崩れ去り消滅します。自立型の経済が拡大していくので、貿易が縮小します。生産においては国際資本なんて必要がなくなります。地産地消があたりまえの社会です。

 七番目。資本規模が大きい企業や国際資本へは法人税を累進課税とすればいい。
 超巨大企業であるGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)のなかには、租税回避をして法人税を支払っていない企業があると聞きます。合法的に実質脱税行為をするなら、利益ではなくて資本規模で売上に累進税率で課税すべきです。

 

番目。たとえば、職人仕事のチャンピオンの一つである宮大工の仕事は機械では置き換えられないのです。機械は使いますよ、でも木の使い方が違うのです。木の癖、生育した場所、方角や日射などを考慮して適材適所に使います。そんなことは機械にはできません。法隆寺のように千年たっても形が崩れない建物は木の癖を見抜いて生かして使っているからです。法隆寺宮大工棟梁西岡常一とその弟子小川三夫『木のいのち木のこころ』に詳しい。

 

こういう仕事を残すこと、そしてそういう質の高い仕事に大枚をはたくスポンサーのいること、いい社会じゃありませんか?

 

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