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#3641 先生、ストレッチのし方教えてください!にびっくり Nov. 18, 2017 [62. 授業風景]

<最終更新情報>
11/19 朝8:35 「石火の機」を追記
         朝9:50  身体の声を聴くことの大切さとスキルス胃癌の診断


  昨日(11/17)の最低気温が今冬初めてマイナス、庭にあるスズメ用の水盆に氷が張っていた。
  体験入塾の中2の生徒が二人来た。ニムオロ塾は一クラス7人までの個別指導だから、数学と英語のワークを持ってきて質問をどうぞと伝えてあった。授業は他の生徒と一緒、ときおりやっている問題とノートを覗いてこちらから質問したり、質問を受けたりしながら、観察して学力レベルとどのあたりから躓いているのかを判断する。学習指導要領に縛られないから、生徒の学力に応じてヒントの出し方や説明内容が変わる、だから学校とはずいぶん趣の異なる授業になる。塾生の友人に体験入塾の一人が九時過ぎたよと促された。
  「あ、もう九時」
 そこでまた手を挙げた。

「ストレッチの仕方を教えてください」

  体験入塾でこういう質問、いやお願いは初めて。(笑)
  唐突で面白いので、なぜ、そして体のどこの部分のストレッチの仕方を教えてほしいのか訊いた。肩が固いので肩のストレッチを教えてほしいという。ピッチャーをやっているから、肩の柔軟性は選手寿命にも影響する、柔軟な肩ほど特定の腱への負荷を減らせるし球威を上げられる。彼にとっては大事なことなのだろうから期待に応えてみようと思った。
  ストレッチの話が出てきたのは前段があるのでそこから説明しておきたい。進路に合わせた指導をしたいので、授業の合間に将来の夢を尋ねることがある、問うとその生徒はプロ野球の選手になりたいときっぱり。成長期は骨が先に伸びて腱や筋肉は後追いでそれに見合ったものに成長するから、負荷を特定の部位にかけ続けたら、腱が壊れてしまう。中学時代は基礎基本トレーニングに徹して、地区大会ぐらいで勝ちたいからと無理しないように話した。この中学校はわたしが知っている限りで、4番打者のピッチャーを二人つぶしている。投げさせすぎてピッチャーを断念せざるをえなくなった。一人は武修館へ進学して甲子園に出場した。わたしはユウトに甲子園で投げさせてやりたかった。中1のときに助言しなかったことに忸怩たる思いがある。1学年上のもう一人は野球部をやめてバド部に、そして高校ではお姉さんと同じ陸上部へ。三つの部でそれなりの実績を残した。運動神経抜群の生徒だった。水泳で全道2位の成績を残したS君と学力で競い合っていた、常にS君の後塵を拝していたが文武両道、釧路公立大学を卒業している。S君は室蘭工大を卒業している、北大には少し届かなかった。
  野球に関しては、小学校と中学校の部活指導にスポーツ医学への配慮が欠けている。野球部やバド部の顧問を引き受けたら、スポーツ医学のイロハぐらいは勉強しよう。子どもたちの未来を左右しかねない仕事だ、仕事には報酬と権限と責任が伴っている。引き受けたからにはそれなりの努力しよう。ちゃんとやるのはたいへんだね。
  体験入塾の生徒へ、プロになりたいのなら、本格的なトレーニングは身長の伸びが落ち着いた高校に入ってからでいいと助言したのである。そうした会話の延長線上に「ストレッチのやり方を教えてください」発言が出てきた、どうやら勘の鋭い子のようだ。自分にいま必要なものを塾長がもっていると確信した発言に聞こえてしまったから、「石火の機」で反応した。石を打ちつけたとたんに火花が出る、その瞬間の判断だから、思惟が介在しない。大事なことはあれこれ考えるよりも石火の機に生じた判断を受け入れたらいい。自分の損得が介在したら判断を誤り、碌な結果にならない。

 さて、ストレッチの基本は呼吸が大切なのでそれをやって見せるために、机を少しずらして場所を確保した。開脚して胸を床にぴったりつける動作をやって見せる。息をゆっくり吐きながら自分の体重を頭の先に乗せて倒していく。3回息を吸って吐くと胸が床にぴたりとついた。実技で見せるのが一番だ。
「おお!胸が床についている」
 と声が上がった。子どもは正直だ、ebisuは団塊世代の爺さんだから、胸は床につかないと思っていたのだろう。57歳で胃癌の手術をするまではブリッジしてそのまま立てた。背中も柔軟だったが、術後は切った跡が引き攣(つ)れる気がしてブリッジをしなくなったら、いつの間にかできなくなっていた。肩も硬くなっていた。使わない部分は退化するのである。使い始めたらある程度は戻るし、機能低下をなだらかなものに制御できる。使いすぎて筋肉にストレスをため続けたら炎症を起こして固くなるが、そのあたりをコントロールできたら体の柔軟性はいくつになっても維持できる。毎朝、ベッドの上で10-15分くらい4種類のストレッチ運動をしてから起きている。ストレッチをすると、身体のあちこちが気持ちいいと声を上げる。身体を動かすたびに、身体が発する声を聴けばいい。自分の身体がどういう状態かよくわかる。
(わたしは2006年に巨大胃癌とスキルス胃癌を併発したが、初診の時に岡田先生に「胃癌だと思うので内視鏡検査をお願いします」と告げた。すぐに内視鏡検査をしてくれ、胃癌の診断をつけてくれた。幽門部の手前に大きな胃癌があり通路を完全にふさいでいた。診断結果を聞きながら、スキルスもあるはずだから、検査を続行してほしいとお願いした。外科のあるところでないと粘膜標本は採れないので、釧路の病院への入院を勧められた。3週間ほど内科的な検査を続けてスキルス胃癌の診断が下りた。なぜスキルスのあることがわかったのか種明かしをしておこう。身体の声を聴くことに慣れていたからだ。胃の裏側のほうに冷たく広がりつつある「何か」があると身体の感覚が告げていたのである。わたしの知識の範囲では、それはスキル膵癌だった。その通りだったのである。身体の声を聴くことに慣れたほうがいい。なによりうろたえずにすむ。)

  体重の重みを感じながら、ゆっくり息を吐いて倒していくだけ。息を吸うときには動きは止める。息を吐き始めたらまた体重を感じながら倒していくだけ。決して勢いをつけたり反動をつけたりしないこと。それをやると筋肉が切れてしまうことがある。切れたらやけどの引き攣(つ)れと似たようなことが筋肉に起きる。その部分が結合織となって固くなる。肩のストレッチもやっり方は同じで、左手で右手の肘を抑えて息を吐きながらゆっくり息を吐きながら左側へ倒して筋肉を伸ばしてやる。前かがみにならないようにやるのがコツ、小指の先と親指の先をくっつけると力を抜きやすくなる。かならず逆側もセットでやること。
 もう一つ大事なことを教えた。体をひねる動作である。やり方は一緒、やっているうちにだれでも体をひねる角度が180度は開くようになる。ひねりの可動域が大きくなるとボールを投げる時に腕に無理をかけずに投げられるようになる。体のひねりを指先に伝えることができるようになれば、球威は格段に増す。腕で投げるのではなく腰の回転で投げる。それができるようになったら、足の裏から腰の回転そして指先までエネルギーを伝えながらボールを投げられるようになったら素晴らしい。

 「真人の息は踵(かかと)をもってなし、衆人の息は喉をもってなす」(『荘子』)

  ebisuは小学生時代から長柄の鉞(まさかり)で廃材を叩き割って石炭ストーブの焚き付けをつくっていたから、背筋と腰が強い。18歳の時に東京新宿で、高校で同じクラスだった友人のKとMと三人でパンチボールを叩いたことがある。100円入れて叩くやつだ。KとMが叩いたあとにわたしがやった。二人は150-160kgあったから、なかなかのもの。
(根室高校にあった総番制度の幕引きをした最後の総番長がK、三人の副番長の一人がMだった。ひと月ほど前にMが根室に来た。Kから二人で飲んでるから来ないかと電話をもらったが、授業中で外せなかった。50年ぶりで三人で飲みたかったな、三人そろって飲んだのは18歳のとき、高円寺だった。二人ともちょっだけやんちゃだったが性格は温厚、人はとってもいいのである。何十年たっても気分は高校時代のまま、あいつらも生涯の友。)
 ああ、パンチボールの話だった、ebisuは踏み込まずに腰の回転だけで叩いたのだが180㎏を超えていた。当時はプロボクサーのパンチ力がどの程度か知らなかったが、それを知っている今は並のプロボクサーよりも破壊力のあるパンチだったことがわかる。身体が柔軟で、可動域が広かったからである、背筋が強かったこともある。体は細かったが背筋力も200kgほどあった。長柄の鉞で四寸角や五寸角の廃材を叩き割っていた効果は大きい。腰の回転が腕を伝って拳まで届かせることができれば破壊力が大きくなるのは当たり前。動き始めは力を抜いてゆっくり、当たる瞬間に速度と気力がマックスに達するようにやればい。1万回もやっていればそういうタイミングを体が覚えてしまっている。小学生低学年の時から、面白半分に拳や手刀で焚き付けを1万本以上も割っていたから、中学生になったころには拳は空手を数年やった者たちよりも硬く重かっただろう。踏み込んで叩いたら頭蓋骨を粉砕骨折することになるから一度も人を叩いたことはない。大概のことでは腹を立てぬ人間になっていたのは、怒りに任せて力を解放すれば人殺しなる、それが怖いからだろう。

<試用期間>
  昨日来た生徒は、午前中に母親から問い合わせがあった。「子どもが塾に行きたいと言っているので電話しました、どういう風にやっているのですか?」、親が塾に行けと無理やりのケースは効果が薄いが、本人が学力を上げたくて塾へ行きたいと言っているなら、部活がきつくても文武両道を貫けるだろう。最初が肝心である。だから、初回はきついことを言う。でも、学力が低いことを理由に断ったことはない。中学時代はとんでもなく伸びるやつがいる、だれがそうなるのかはわからない。成績が急激に伸びる生徒たちには、ちゃんと塾に来て、問題が解けるようになると楽しそうに夢中で勉強するという共通項がある。百点満点で30点取れていたら見込みがある、数英のいずれかの科目がクラス一番になるかもしれない。そういう生徒が十人に1~2名くらいの割合で現れる。だから面白くて、体力が続く限り塾長はやめられぬ。
  入塾後3か月間は試用期間、文字通り「お試しの期間」である。部活を理由に疲れたからと休む生徒は3か月間だけ。お金と時間が無駄になるからやる気が起きた時にまた来たらいい。3か月間来るべき日に定められた時間を守って通塾できたら合格、正式に入塾を認める。昨年から方針を変えた。受け入れるのは学力を上げたい生徒だけ。体験入塾の日に伝えることにしている。今年は二人ばかり伝え忘れた生徒もいた。ちょっと手を焼いている。(笑)

  一緒に来たもう一人に確認したら、「友達に誘われたので来ました」とはっきり。月に2回やっている日本語音読トレーニングは次回が12/5だから、参加するなら斎藤隆著『日本人は何を考えた来たのか』(祥伝社)をリライアブルブックスで注文したらいいと伝えた。帰りに本屋によって注文していこうと誘っていた。
 「俺たち、三人塾メンだ」
 おいおい、そんなに簡単に決めなくていいぞ、他も試してみたらいい。

  親の仕事の都合で送り迎えの時間が定まらない場合は、生徒のせいではないから、相談に応じることにしている。迎えが遅くなるから3時間というケースもある。小さい塾だから臨機応変にそういうこともできる。小さいことはいいことだ。

*#2635 蟹江敬三さん胃癌で死去:ステージ3、病診連携が奇跡を起こすこともある  Apr. 7, 2014
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-07


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