#3568 『プロ倫』対話(1) July 12, 2017 [96. プロティスタンティズムの倫理と資本主義の]
<更新情報>
7月18日午前11時 <3-S>追記
7月22日午後11時 <5-E>追記
このところ根室も異常に暑い、今日の最高気温は13時25分28.2度、今夏最高気温を更新しました。一番遅い桜であるアッツ島の小ぶりの桜の花びらが2週間ほど前に散り、ハマナスが10cmほどの大輪をいくつもつけて強い香りを放っています。
マイスター制度と1800年代後半の時代状況を踏まえて、後志のおじさんから興味ある仮説が提示されました。コメント欄からピックアップして後ほど紹介します。
『プロテスタンティズムと資本主義の倫理』を取り上げて、それぞれの問題関心から対話をしていきます。後志のおじさんがドイツ語版も並行して読んでいるようですから、英語版を追加します。したがって、取り上げるテクストは以下の三つ。
①マックスウェーバー著/大塚久雄訳『プロテスタンティズムと資本主義の精神』岩波文庫
②Max Weber Die Protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus 2009 Anaconda Verlag GmbH
③Max Weber The Protestant ethic and the spirit of capitalism Translatedby Talcltt Parsons with a forewordby R.H. Tawney DoverPublications, INC.
読者の便宜のために引用文にはそれぞれのテクストのページ数をつけます。①は日本語訳、②はドイツ語原典、③は英訳です。重要な key words 以外は大塚久雄訳の文庫本で議論します。
仮説-1S
中世末期、プロテスタント成立前に、マイスター制度の元では一人前の業を身に付けるに至った「人材」の受け皿が社会的に存在せず、19世紀型の工業資本主義下での生産過程がそうした人材の受け皿になったに過ぎないのではないか?という、余りに大胆な仮説が思い浮かんでしまい…
*コメント欄からコピーした後、文章の修正や追記をしている場合は、次のようにプライム記号を付けます。
<2-E>' 。
オリジナルはコメント欄にあるので必要に応じて参照してください。
#3535コメント欄からアップ
===============================
<1-S>
Weber を読む前に、前提であるマイスターを再確認しようと、阿部謹也先生の著作を読み返すなかで「中世を旅する人々」を改めて読んでみると昔は気づかなかったWeber の視点に関する仮説が思い浮かんでしまい苦慮しています。
阿部先生は、ご自分の著作の中でも折に触れて「更なる研究が必要」と書かれていますので著作の中の事例が全てではないとします。
が、中世末期、プロテスタント成立前に、マイスター制度の元では一人前の業を身に付けるに至った「人材」の受け皿が社会的に存在せず、19世紀型の工業資本主義下での生産過程がそうした人材の受け皿になったに過ぎないのではないか?という、余りに大胆な仮説が思い浮かんでしまい、身動きが取れなくなりました。
プロ倫ドイツ語版も入手しました。が、しばらくドイツ語から遠ざかっていたのでボロボロですね。「彼の人」が英語を読むレベルよりは遥かにましですが、スピードが全然無くなっています。
自分でもまとめきれないのでとらえどころのない文となりました。ebisu さんの研究の中に何か活かせるもの、或いはテーマの匂いがありましたら指摘して下さい。
泥沼に足を捕られている、そんな感触です。
===============================
<2-E>'
史実としてどうであったかは、阿部謹也先生のような西洋経済史家に任せるほかありません。
工場長や幹部職員として、読み書きができて、なんらかの専門スキルがあり、そしてマネジメントのできる人材が工場経営に不可欠であることは『プロ倫』に書いてあります。
そういう人材は当時の経済社会ではマイスター制度でトレーニングを受けた者たちしか存在しなかったか、あるいは圧倒的にマイスター制度で育った者たちだったとうことではないでしょうか。わたしたちの議論はそこから出発していいのではないでしょうか。
親がマイスターなら、それを継承することができますが、多くはそうではなかった。独立起業するのはいまよりずっと困難だったでしょう。他のマイスターのもとで働かざるを得なかった。当然収入面では大きな期待ができません。
工場の幹部職員への採用は収入の面でマイスターとして独立するよりもずっと魅力的だったのでしょう。共同経営者への道も開けるのですから。この辺りも『プロ倫』に書いてありました。
19世紀の米国や日本の状況と比較すると面白いことになります。ドイツの特殊事情が浮かび上がります。それと対比することでたぶん米国の奴隷解放の役割と米国資本主義の特徴も。もちろん、国民の7割以上が「読み書きそろばん」能力のあった日本の特殊性も鮮明になります。
マルクスは熟練労働を捨象していますから、マイスターの理解はマルクス経済学を崩す一つのファクターです。
何らかの専門スキルをもち、マネジメントのできる人材なしには工場経営は不可能です。現実の経営という側面もマルクスの視点からは抜け落ちています。
ウェーバーの魅力の一つはマイスター制度に光を当てていることです。
議論していくうちに、いろいろなものが見えてくることになるでしょう。
===============================
<3-S>
歴史的背景を三回にわけて整理してから「プロ倫」そのものにかかりたい、と考えます。
「プロ倫」は、1920年。ドイツ統一1871年から50年足らず。職業倫理や生活規範を視るには余りに短い。
今回はドイツ、次に中世マイスター、三回目にプロイセンに関して、ざっと(高校世界史程度)確認しておきます。
15世紀までに、中世型の経済の成長頭打ちとなる。
15世紀末以降、大航海時代。財の流入。
1555年Augsburg 宗教和議
「諸侯」に新旧の選択権。領民は領主の宗派。
1648年ウェストファリア条約
ドイツ諸侯に完全な主権。→分立
30年戦争により、人口激減。経済停滞。
18世紀プロイセン勢力を伸ばす。
1834年プロイセン中心のドイツ関税同盟
プロイセンは既にライン川流域の工業地帯や資源の豊富なシュレジレンを領有。
※南部バイエルンやザクセンはオーストリアの勢力圏。
1866年普墺戦争
→プロイセン中心の北ドイツ連邦。ザクセンは加入。バイエルンはオーストリア勢力圏に留まる。
1870年普仏戦争
1871年 ドイツ帝国成立。
時間ができしだいpostingします。薪ストーブから一歩進み、かまどで炊事をするようにしたので、生活がスローながらやることたくさんとなっていますもので。
===============================
<4-E>
竈(かまど)をつくったのですか、火の神様が降りて家内安全を守ってくれます。
せっかくですから、少し脱線します。
阿部謹也先生の『中世の窓』に竈についての解説があります。
------------------------
家の中心はいうまでもなく竈でした。ニュルンベルクでは15世紀には表面にタイルを張ったしゃれた竈が一般的になってゆきます。冬の寒さが厳しいヨーロッパでは竈が生活の中心になりましたから、近代にいたるまで竈を単位に家に課税していたのです。・・・
竈は古来ゲルマン人の火の祭祀の場として重要な場でした。かつては家の外にしつらえてあったのが、都市では家の中におかれ、家長は竈の枠に手を触れながら家内の平和を宣言し、客を迎えたといわれています。一度おこした火は夜も灰のなかに埋めて翌朝まで消えないようにしましたから、竈は家のなかで最も神聖な場所でした。太古の昔には、竈とは地中にあけた穴のことであって、地の女神の秘所とみなされていました。このなかに火をおろし、地の男神の火の精子を燃えあがらせるのだといわれていたのです。・・・
------------------------
同書28ページ
いいタイミングで竈をしつらえましたね、長年の構想を実現したのでしょう。
夢がかなうのはうれしいもの、そしてそういう話を聞くのも楽しい、よかったですね。
by ebisu (2017-07-18 12:19)
===============================
<5-E>
朝4時ころに目覚めてNHKラジオを聞いていたら、NPO法人「三方よし研究所」の女性が近江商人の商道徳を解説していた。三方よしとは「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」である。売り手には生産者が含まれるが、株主や取締役はもとより、現場で働くものすべてが働くことが楽しく生き甲斐がなくてはならない。もちろん、下請け企業やそこで働く人々もそうである。
そうしてみると、トヨタ看板方式とはずいぶんと日本の伝統的商道徳から外れたやりかたである。トヨタ本体が巨額の利益を上げて、下請けが青息吐息ではとても「売り手よし、買い手よし」とは言えぬ。村山工場を閉鎖売却して人員整理を断行した日産カルロスゴーンは毎年巨額の報酬を手にしているが、従業員は幸せだろうか?
企業経営者はもっと小欲知足であるべきではないのか?
日本では近江商人の商道徳に代表されるようなこうした商道徳が歴史の古い企業に家訓として連綿と受け継がれている。
どこかでドイツと対比して論じてみたい。
*NPO法人「三方よし」研究所
http://www.sanpo-yoshi.net/study/idea.html
by ebisu (2017-07-22 23:26)
===============================
===============================
<ebisuメモ>
章単位でやると百ページ以上になるので、よろしければ節単位か、節単位でも長すぎるときはそれを30ページぐらいに分割して議論したいと思います。
仮説や重要な論点はebisuの判断でとりあえず附番していきます。全部を読み終えた後で、それらを整理して議論すると面白いものになりそうです。
どのような興味を抱いて学生時代に『プロ倫』をお読みになったのか、そして現在の時点でどのような興味と関心を抱いて読むのか、わかりやすい対話になることを願っています。
プロ倫はカテゴリーを設定してあるので、左側のカテゴリー欄にある『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』をクリックすれば、アップ済みの弊ブログ#3488、#3489、#3491がつながって表示されます。
70% 20%
7月18日午前11時 <3-S>追記
7月22日午後11時 <5-E>追記
このところ根室も異常に暑い、今日の最高気温は13時25分28.2度、今夏最高気温を更新しました。一番遅い桜であるアッツ島の小ぶりの桜の花びらが2週間ほど前に散り、ハマナスが10cmほどの大輪をいくつもつけて強い香りを放っています。
マイスター制度と1800年代後半の時代状況を踏まえて、後志のおじさんから興味ある仮説が提示されました。コメント欄からピックアップして後ほど紹介します。
『プロテスタンティズムと資本主義の倫理』を取り上げて、それぞれの問題関心から対話をしていきます。後志のおじさんがドイツ語版も並行して読んでいるようですから、英語版を追加します。したがって、取り上げるテクストは以下の三つ。
①マックスウェーバー著/大塚久雄訳『プロテスタンティズムと資本主義の精神』岩波文庫
②Max Weber Die Protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus 2009 Anaconda Verlag GmbH
③Max Weber The Protestant ethic and the spirit of capitalism Translatedby Talcltt Parsons with a forewordby R.H. Tawney DoverPublications, INC.
読者の便宜のために引用文にはそれぞれのテクストのページ数をつけます。①は日本語訳、②はドイツ語原典、③は英訳です。重要な key words 以外は大塚久雄訳の文庫本で議論します。
仮説-1S
中世末期、プロテスタント成立前に、マイスター制度の元では一人前の業を身に付けるに至った「人材」の受け皿が社会的に存在せず、19世紀型の工業資本主義下での生産過程がそうした人材の受け皿になったに過ぎないのではないか?という、余りに大胆な仮説が思い浮かんでしまい…
*コメント欄からコピーした後、文章の修正や追記をしている場合は、次のようにプライム記号を付けます。
<2-E>' 。
オリジナルはコメント欄にあるので必要に応じて参照してください。
#3535コメント欄からアップ
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<1-S>
Weber を読む前に、前提であるマイスターを再確認しようと、阿部謹也先生の著作を読み返すなかで「中世を旅する人々」を改めて読んでみると昔は気づかなかったWeber の視点に関する仮説が思い浮かんでしまい苦慮しています。
阿部先生は、ご自分の著作の中でも折に触れて「更なる研究が必要」と書かれていますので著作の中の事例が全てではないとします。
が、中世末期、プロテスタント成立前に、マイスター制度の元では一人前の業を身に付けるに至った「人材」の受け皿が社会的に存在せず、19世紀型の工業資本主義下での生産過程がそうした人材の受け皿になったに過ぎないのではないか?という、余りに大胆な仮説が思い浮かんでしまい、身動きが取れなくなりました。
プロ倫ドイツ語版も入手しました。が、しばらくドイツ語から遠ざかっていたのでボロボロですね。「彼の人」が英語を読むレベルよりは遥かにましですが、スピードが全然無くなっています。
自分でもまとめきれないのでとらえどころのない文となりました。ebisu さんの研究の中に何か活かせるもの、或いはテーマの匂いがありましたら指摘して下さい。
泥沼に足を捕られている、そんな感触です。
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<2-E>'
史実としてどうであったかは、阿部謹也先生のような西洋経済史家に任せるほかありません。
工場長や幹部職員として、読み書きができて、なんらかの専門スキルがあり、そしてマネジメントのできる人材が工場経営に不可欠であることは『プロ倫』に書いてあります。
そういう人材は当時の経済社会ではマイスター制度でトレーニングを受けた者たちしか存在しなかったか、あるいは圧倒的にマイスター制度で育った者たちだったとうことではないでしょうか。わたしたちの議論はそこから出発していいのではないでしょうか。
親がマイスターなら、それを継承することができますが、多くはそうではなかった。独立起業するのはいまよりずっと困難だったでしょう。他のマイスターのもとで働かざるを得なかった。当然収入面では大きな期待ができません。
工場の幹部職員への採用は収入の面でマイスターとして独立するよりもずっと魅力的だったのでしょう。共同経営者への道も開けるのですから。この辺りも『プロ倫』に書いてありました。
19世紀の米国や日本の状況と比較すると面白いことになります。ドイツの特殊事情が浮かび上がります。それと対比することでたぶん米国の奴隷解放の役割と米国資本主義の特徴も。もちろん、国民の7割以上が「読み書きそろばん」能力のあった日本の特殊性も鮮明になります。
マルクスは熟練労働を捨象していますから、マイスターの理解はマルクス経済学を崩す一つのファクターです。
何らかの専門スキルをもち、マネジメントのできる人材なしには工場経営は不可能です。現実の経営という側面もマルクスの視点からは抜け落ちています。
ウェーバーの魅力の一つはマイスター制度に光を当てていることです。
議論していくうちに、いろいろなものが見えてくることになるでしょう。
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<3-S>
歴史的背景を三回にわけて整理してから「プロ倫」そのものにかかりたい、と考えます。
「プロ倫」は、1920年。ドイツ統一1871年から50年足らず。職業倫理や生活規範を視るには余りに短い。
今回はドイツ、次に中世マイスター、三回目にプロイセンに関して、ざっと(高校世界史程度)確認しておきます。
15世紀までに、中世型の経済の成長頭打ちとなる。
15世紀末以降、大航海時代。財の流入。
1555年Augsburg 宗教和議
「諸侯」に新旧の選択権。領民は領主の宗派。
1648年ウェストファリア条約
ドイツ諸侯に完全な主権。→分立
30年戦争により、人口激減。経済停滞。
18世紀プロイセン勢力を伸ばす。
1834年プロイセン中心のドイツ関税同盟
プロイセンは既にライン川流域の工業地帯や資源の豊富なシュレジレンを領有。
※南部バイエルンやザクセンはオーストリアの勢力圏。
1866年普墺戦争
→プロイセン中心の北ドイツ連邦。ザクセンは加入。バイエルンはオーストリア勢力圏に留まる。
1870年普仏戦争
1871年 ドイツ帝国成立。
時間ができしだいpostingします。薪ストーブから一歩進み、かまどで炊事をするようにしたので、生活がスローながらやることたくさんとなっていますもので。
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<4-E>
竈(かまど)をつくったのですか、火の神様が降りて家内安全を守ってくれます。
せっかくですから、少し脱線します。
阿部謹也先生の『中世の窓』に竈についての解説があります。
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家の中心はいうまでもなく竈でした。ニュルンベルクでは15世紀には表面にタイルを張ったしゃれた竈が一般的になってゆきます。冬の寒さが厳しいヨーロッパでは竈が生活の中心になりましたから、近代にいたるまで竈を単位に家に課税していたのです。・・・
竈は古来ゲルマン人の火の祭祀の場として重要な場でした。かつては家の外にしつらえてあったのが、都市では家の中におかれ、家長は竈の枠に手を触れながら家内の平和を宣言し、客を迎えたといわれています。一度おこした火は夜も灰のなかに埋めて翌朝まで消えないようにしましたから、竈は家のなかで最も神聖な場所でした。太古の昔には、竈とは地中にあけた穴のことであって、地の女神の秘所とみなされていました。このなかに火をおろし、地の男神の火の精子を燃えあがらせるのだといわれていたのです。・・・
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同書28ページ
いいタイミングで竈をしつらえましたね、長年の構想を実現したのでしょう。
夢がかなうのはうれしいもの、そしてそういう話を聞くのも楽しい、よかったですね。
by ebisu (2017-07-18 12:19)
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<5-E>
朝4時ころに目覚めてNHKラジオを聞いていたら、NPO法人「三方よし研究所」の女性が近江商人の商道徳を解説していた。三方よしとは「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」である。売り手には生産者が含まれるが、株主や取締役はもとより、現場で働くものすべてが働くことが楽しく生き甲斐がなくてはならない。もちろん、下請け企業やそこで働く人々もそうである。
そうしてみると、トヨタ看板方式とはずいぶんと日本の伝統的商道徳から外れたやりかたである。トヨタ本体が巨額の利益を上げて、下請けが青息吐息ではとても「売り手よし、買い手よし」とは言えぬ。村山工場を閉鎖売却して人員整理を断行した日産カルロスゴーンは毎年巨額の報酬を手にしているが、従業員は幸せだろうか?
企業経営者はもっと小欲知足であるべきではないのか?
日本では近江商人の商道徳に代表されるようなこうした商道徳が歴史の古い企業に家訓として連綿と受け継がれている。
どこかでドイツと対比して論じてみたい。
*NPO法人「三方よし」研究所
http://www.sanpo-yoshi.net/study/idea.html
by ebisu (2017-07-22 23:26)
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<ebisuメモ>
章単位でやると百ページ以上になるので、よろしければ節単位か、節単位でも長すぎるときはそれを30ページぐらいに分割して議論したいと思います。
仮説や重要な論点はebisuの判断でとりあえず附番していきます。全部を読み終えた後で、それらを整理して議論すると面白いものになりそうです。
どのような興味を抱いて学生時代に『プロ倫』をお読みになったのか、そして現在の時点でどのような興味と関心を抱いて読むのか、わかりやすい対話になることを願っています。
プロ倫はカテゴリーを設定してあるので、左側のカテゴリー欄にある『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』をクリックすれば、アップ済みの弊ブログ#3488、#3489、#3491がつながって表示されます。
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Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus
- 作者: Max Weber
- 出版社/メーカー: Anaconda Verlag
- 発売日: 2009/03/31
- メディア: ハードカバー
The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism (Economy Editions)
- 作者: Max Weber
- 出版社/メーカー: Dover Publications
- 発売日: 2003/04/04
- メディア: ペーパーバック
2017-07-12 14:30
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歴史的背景を三回にわけて整理してから「プロ倫」そのものにかかりたい、と考えます。
「プロ倫」は、1920年。ドイツ統一1871年から50年足らず。職業倫理や生活規範を視るには余りに短い。
今回はドイツ、次に中世マイスター、三回目にプロイセンに関して、ざっと(高校世界史程度)確認しておきます。
15世紀までに、中世型の経済の成長頭打ちとなる。
15世紀末以降、大航海時代。財の流入。
1555年Augsburg 宗教和議
「諸侯」に新旧の選択権。領民は
領主の宗派。
1648年ウェストファリア条約
ドイツ諸侯に完全な主権。→分立
30年戦争により、人工激減。 経済停滞。
18世紀プロイセン勢力を伸ばす。
1834年プロイセン中心のドイツ関税同盟
プロイセンは既にライン川流域の 工業地帯や資源の豊富なシュレジ レンを領有。
※南部バイエルンやザクセンはオーストリアの勢力圏。
1866年普墺戦争
→プロイセン中心の北ドイツ連邦。ザクセンは加入。バイエルンはオーストリア勢力圏に留まる。
1870年普仏戦争
1871年 ドイツ帝国成立。
時間ができしだいpostingします。薪ストーブから一歩進み、かまどで炊事をするようにしたので、生活がスローながらやることたくさんとなっていますもので。
by 後志のおじさん (2017-07-17 14:18)
竈(かまど)をつくったのですか、火の神様が降りて家内安全を守ってくれます。
少し脱線します。阿部謹也先生の『中世の窓』に竈についての解説があります。
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家の中心はいうまでもなく竈でした。ニュルンベルクでは15世紀には表面にタイルを張ったしゃれた竈が一般的になってゆきます。冬の寒さが厳しいヨーロッパでは竈が生活の中心になりましたから、近代にいたるまで竈を単位に家に課税していたのです。・・・
竈は古来ゲルマン人の火の祭祀の場として重要な場でした。かつては家の外にしつらえてあったのが、都市では家の中におかれ、家長は竈の枠に手を触れながら家内の平和を宣言し、客を迎えたといわれています。一度おこした火は夜も灰のなかに埋めて翌朝まで消えないようにしましたから、竈は家のなかで最も神聖な場所でした。太古の昔には、竈とは地中にあけた穴のことであって、地の女神の秘所とみなされていました。このなかに火をおろし、地の男神の火の精子を燃えあがらせるのだといわれていたのです。・・・
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同書28ページ
いいタイミングで竈をしつらえましたね、長年の構想を実現したのでしょう。
by ebisu (2017-07-18 12:19)
朝4時ころに目覚めてNHKラジオを聞いていたら、NPO法人「三方よし研究所」の女性が近江商人の商道徳を解説していた。三方よしとは「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」である。売り手には生産者が含まれるが、株主や取締役はもとより、現場で働くものすべてが働くことが楽しく生き甲斐がなくてはならない。もちろん、下請け企業やそこで働く人々もそうである。
そうしてみると、トヨタ看板方式とはずいぶんと日本の伝統的商道徳から外れたやりかたである。トヨタ本体が巨額の利益を上げて、下請けが青息吐息ではとても「売り手よし、買い手よし」とは言えぬ。村山工場を閉鎖売却して人員整理を断行した日産カルロスゴーンは毎年巨額の報酬を手にしているが、従業員は幸せだろうか?
企業経営者はもっと小欲知足であるべきではないのか?
日本では近江商人の商道徳に代表されるようなこうした商道徳が歴史の古い企業に家訓として連綿と受け継がれている。
どこかでドイツと対比して論じてみたい。
*NPO法人「三方よし」研究所
http://www.sanpo-yoshi.net/study/idea.html
by ebisu (2017-07-22 23:26)