#3394 アベノミクスと日本的情緒 Aug. 19, 2016 [98-1 第3版への助走]
台風7号が8/17に北海道へ上陸してから消滅して、ようやく雨が上がった。足寄町は洪水に見舞われた。
さて、アベノミクスの現状を採り上げながら日本的情緒との関係について語ろうと思う。
マイナス金利導入で何が起きているのだろう?ふたつ大きな流れがはじまっている。
①長期金利が低下して、住宅ローンの借り換えが起きている
②超長期社債の発行が始まった
*「焦点:超長期社債発行、マイナス金利下で3倍増 一部に売れ残りも」ロイターニュースメール6月15日
http://jp.reuters.com/article/focus-corporate-debt-idJPKCN0Z116F
このたった二つの変化ですら、2月にマイナス金利が発表されたときに予測する者はいなかった。日銀も予想外だっただろう。マイナス金利で国内の企業が借り入れを増やして、設備投資が盛んになり、GDPが増大(経済成長)するはずだった。ところが肝心の所得があいかわらず減少しており、消費が伸びないから、民間企業は大規模設備投資の必要がない。現在の生産規模を維持するだけで十分なのである。こうして予定した効果は当てが外れ、思わぬところへ副作用が出て慌てふためいている。
日銀当座預金へのマイナス金利導入で、国債金利もマイナスとなり、住宅ローン金利が低下したので、借り換えが起きている。銀行のほうから見ると、住宅ローンが低収益へ替わりつつあるということ。
11年を超える社債が超長期社債である。前年同期比の3倍、3160億円(25本)発行されている。
*マイナス金利政策半年 効果や副作用を検証へ | NHKニュース
民間企業の社債発行は、銀行借り入れをしないで自前で資金調達するということ。金融機関はその分、優良な貸付先を失う。
農協系金融機関や信用金庫が優良な融資先がなく、低金利の超長期社債を購入して資金運用せざるを得なくなっている。
①も②も金融機関に痛手となっている。このまま続いたら、金融機関の経営がもつのだろうか?これがマイナス金利の副作用だ。
マイナス金利というのは、借金をすれば、返済額は借りた額よりも少なくていいということ。モラルハザードを絵に書いたようなもの。文科省が「道徳の授業を教科」になんてことを言いながら、政府と日銀がやっているのは道徳律違反の体(てい)たらく。
借金をすれば返済額は借金の額よりも少なくてよいなんて条件でお金を貸すものはいないから、民間でこんなことは起きるはずがないし、かつてそういうことはなかった。いわば借金の常識に反する。
絵に描いたような非常識を官主導でやっているのだから、副作用が起こらないはずがない。
少子高齢化で人口が減少しているのだから、一人当たり国民所得が同じだとしたら、消費は減少するし、経済縮小が起きるのは自然な流れだ。非正規雇用の拡大で、一人当たり所得は下がり続けている、これでは経済成長なんてあろうはずがない。経済縮小を前提に経済・財政政策を立案・実行しなければならないのである、
ところで、1800億円の金融資産の70%はシニア層(60歳以上)が保有しているといわれている。生活資金での取り崩しのほうが新規積み立てよりも大きくなると、金融資産は激減していく。年金支給額はいずれ半分程度に削減せざるを得なくなるだろうから、シニア世代の金融資産は生活資金となり、30年くらいで800億円くらいの取り崩しが起きるとしたら、国債金利の上昇による国債暴落や株価暴落は避けられない。国債と国内株式で基金の半分を運用しているGPIFも大きな打撃をこうむる。
銀行預金、国債、国内株式などから、年平均27兆円ほどの取り崩しが継続的に起きれば、どのような株価浮揚策も焼け石に水、気の毒だがいま高値の株式を購入した人たちは、上手に売り抜けないと大損をする可能性が大きい。
政府は株価を維持するために、ニーサ(NISA「小額投資非課税制度」)を変更する。ジュニア世代の株式投資を促すために、限度額を120万円から60万円に引き下げ、5年間の非課税措置を20年に延長することを決めた。政府は追い詰められてこのような小細工まで弄さないといけないほど、株価浮遊索が尽きているのだ。
非正規雇用であるジュニア世代が株式投資をできるはずもないから、正規雇用の中でも大企業社員とダブルインカム公務員向けの優遇措置といってよいだろう。ジュニア世代の20%以下だろうから、どれほど効果があるのかやってみたらわかる。
経済とは経世済民「世を治め民を救う」ことだから、経済政策は弱者を救い上げる手段が真ん中になければいけないが、それとはまったく逆のことを政府がやっているのはなぜか。米国流の価値観に頭のてっぺんまで浸かってしまっているからだ。
政府に日本的情緒である「憐憫の情」「惻隠の情」があれば、非正規雇用を増やす労働規制緩和などやるはずがない。安倍総理とその周辺に侍る者たちは、日本人の皮をかぶっているだけで、心の中心にある情緒は日本人のそれではない。だから、50年も前の米国発のマクロ経済学を信仰している。あれは米国の心そのもの。
証拠は別のところにも見出せる。歳入が50兆円ほどしかないのに、100兆円を使うことが何の疑問もなしに続けられている。将来収入を当て込んでカードで浪費をするのは米国の文化だが、日本政府自身がそういう文化にどっぷりつかってしまっている。保守を自認する自民党国会議員が疑問を感じないことが不思議である。日本人の情緒を共有していれば気がついてもよさそうなものだ。
政府は借金を膨らませることに一生懸命で借金を返済する意志がない。アリとキリギリスの寓話のキリギリスそのもの。日本人はそういう生活態度を戒め、嫌悪してきたはずだが、それがきれいさっぱりなくなっている。「国債は返さなくてもよい借金だ」、「財務省が国債を発行しても日本銀行が全部買い取ればいくらでも赤字財政が可能だ」などとのたまう輩が増えている。聞くも愚かなことだ。
地震や火山噴火、台風災害などの自然災害や、火災による大規模災害に備えて、普段お金を貯めておいて、災害にあったときにそれを取り崩して使うというのが日本人が守り育ててきた価値観である。それは日本の風土にあった価値観であり生き方でもある。
入ってきた収入の範囲で倹(つま)しく暮らし、蓄えを少しずつ増やしていくというのが日本人の当たりまえの考えだから、政府財政も経済政策もそうした日本人が数百年にわたって守り伝えてきた価値観へ回帰すべきだ。
このままでは、また再び預金封鎖が起きる。終戦間際と戦後の突然の預金封鎖で国民の金融資産は泡と消えた。そういう時代を生き抜いてきた世代の人々(愛川欽也、永六輔、大橋巨泉)が今年も次々に亡くなった。どうやら経験智は受け継がれなかったようで、預金封鎖なんて知らない世代が政治と財政の舵を握っている。
健全な保守主義へ回帰しなければあの悪夢がまたやってくる。それがいつなのかは誰にもわからない、わかっているのは突然にそれが起きてしまうということだけ。付随してどういう種類の災厄が国民を襲うのか経済規模が肥大しすぎてそれもわからない。経済学は経験科学であるから、新しい事態に対しては無力だ。
政府財政破綻と預金封鎖が起きたあとにとるべき処方箋はある。30年をかけてゆっくりと日本的情緒と日本的仕事観をベースにした経済社会を創り上げたらよい。
強い管理貿易を採用し、自国で生産できるものは自国で生産して生産拠点を海外から取り戻す、そして自国で生産できないものだけを輸入する。職人中心の経済社会を創り上げればいいだけである。そういう生産や仕事のあり方をまるごと開発途上国へ「輸出」すればよい。グローバリズムもグローバル企業も消滅し、人類は安定した経済社会のなかで暮らすことができる。困るのは覇権を争っている米国と中国である。
すでにカテゴリー「資本論と21世紀の経済学」で肝心なところは書いた。コンパクトにした第3版を書く予定だが、削る作業が大半であるとしてもいつになるやら・・・
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