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#3346 情報リテラシー:相対的なものの見方を育む June 27, 2016 [9. 相対的なものの見方]

<最終更新情報>
6/30 1:00


 ニムオロ塾では数学と英語しか教えていないのだが、生徒から社会科の質問がときどきあるから、知っている範囲で解説することがある。物事を相対的に観察(分析)し、イメージとして再構成するトレーニングを意識的に積み上げることは有用だと思うから、そういう視点から解説をしている。物事は複眼的に見るべきで、ひとつの角度だけからの観察では思考も一方向的なものになる危険が大きい。

<凝り固まった視点で思考するリスク>
 例を挙げて説明したい。
 オーム真理教というカルト教団があった。1995年3月20日に地下鉄でサリンをばら撒いて、13人を殺し6300人を負傷させた。いまも後遺症に苦しむ人がいる。
 教祖の麻原彰晃と教団幹部たちは、教祖の終末予言通りの世界を現出させようと何トンものサリンを東京でばら撒く計画を立てた。試薬を大量に買って、神経ガス・サリン合成をするだけの能力があっても、何トンもばら撒いたら、警察には化学分析の専門家がいるから、サリンだと判明するくらいの理性がなかったのだろうか?ばたばたと数万人が死んでも、人類の終末が訪れたのではなく、狂気の集団が猛毒のサリンをばら撒いたことがすぐに判明することぐらい考えられなかったのだろうか?いや、そう考えた者は教団幹部にはいたはずだが、考えられても言い出せないことが恐ろしい。そういうことを言う幹部がいたとしたら、教祖に「ポア(処刑)」されていただろう。
 大多数は教祖の言うことをそのまま鵜呑みしていた。カルトに入ると、思考が一方向にだけ向いて、他の方向への思考が麻痺してしまうものらしい。だから、つねに逆方向の思考や反対論に耳を傾けて両方を秤(はかり)にかけて眺めていなければいけないのである。
 世界の終末を実現するために、オウム真理教は富士山麓の教団施設内に猛毒の神経ガス・サリンのプラント(生産工場)をつくっていた。
 この教団には理系の学生が多かった。ヨーガなどの修行を通じて教祖の麻原彰晃にカブレたのである。教団は麻原のハーレムと化していた。
 どうして理系の人間が多かったのだろう。わたしはそれまであまり本を読まず、おまけに考えの異なる他人と議論もしない人たちが多かったのだろうと想像している。
 考え方の違う人と議論してはじめて人は自分とは物事の捕らえ方が違うということにきがつく。いろんなジャンルの本を読み漁っていたら、著者(他人)と対話しているようなもので、物事を相対的に観察するトレーニングが読書を通じて積まれる。雑多な読書、濫読は深刻なカルト依存症へのワクチンである。
 1977年ころだったか、渋谷の本屋で麻原彰晃の本を見たことがあった。表紙に「空中浮遊」写真が載っていた。髪が上に上がっていた、どうみても結跏趺坐して1mくらいのところから飛び降りた瞬間の写真(=空中落下)にしかわたしには見えなかったが、あんな子供だましを信じた人たちが教団初期の信者となり幹部となった。信じてしまったら、物事を客観的に見れなくなるのが人間のサガである。カルトに被れる人も、他の何かに被れる人も、その集団内部で発行される著作物のみを偏食する傾向がある。他の食べ物(本や新聞)を受け付けなくなり、相対的なものの見方ができなくなる。
 地下鉄サリン事件の前兆の松本サリン事件(死亡8人、重軽傷者660人)が1994年6月27日に起きた、今日が22年目のその日に当たる。
*松本サリン事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 オウム真理教教団幹部は教祖の指示でちゃんと予行演習をしていたのである。警察の杜撰な初動調査とそれに便乗したマスコミの馬鹿騒ぎで、冤罪事件を引き起こした。このときの初動捜査が型どおりにちゃんとやられていたら、上九一色村のオウム教団サリン工場の摘発ができていただろう。地下鉄サリン事件はそれに9ヶ月先立つ松本サリン事件の初動捜査の重大なミスによって起きたという見方もできるのだ。マスコミは事実に基づいた冷静な報道に徹すべきで、予断と偏見に凝り固まった報道は慎むべきだとの教訓が引き出せたはずだが、STAP問題への報道でも、毎日新聞の某記者、そしてNHKの報道姿勢は松本サリン事件のマスコミ報道さながらで、ちっとも懲りていないことがわかる。


< STAP細胞をめぐる巨大利権と疑惑 >
 推理小説だと、「誰が得をするのか」が事件をとく鍵となるが、そういう視点で眺めるとSTAP細胞に関するゴタゴタはまったく別の見方が成り立つ。報道が一方向のときこそ要注意だ。
 ebisuは帝人とSRLの合弁による臨床治験検査会社の取締役をしていたことがあるから、医薬品開発に関することは仕事上すこしは知っている。STAP細胞に関する特許が成立すれば、医薬品開発に関して史上最大の利権が生ずる。STAP細胞・STAP現象はロイヤルティで数兆円規模のお金を手にできる可能性を持った画期的な特許である。その応用範囲は再生医療にとどまらない。前臨床試験(動物試験)や臨床治験のほかに、分化した人・正常細胞レベルで薬効や毒性テストができるから新薬開発期間短縮も可能になるだろう。どういう位置づけになるのか、実際のものが出てこないとわからない。理研がこのままフリーズしていると、STAP現象を利用した別の方法での特許出願が相次ぎ、巨大利権は消失してしまうだろう。国策として、もっと効率的にSTAP現象を引き起こせる方法を研究して次々に特許出願すべきだろう。成立した特許の利用をどうするかは、後でじっくり考えたらよい。
 客観的事実に基づいて仮説を立てて検証する、マスコミはそういう地道な取材・報道姿勢を貫いてもらいたい。

*#3331 「空気」に「水を差す」  June 17, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-06-17

以下、抜粋引用
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 NHKと毎日新聞の女性記者があれだけ大々的に叩いたSTAP細胞はハーバード大学が特許申請をした。しかし、これも報道がなされない。
*http://biz-journal.jp/2016/05/post_15184.html

 理研もあれだけ否定しておきながら、特許申請を取り下げない。ドイツのハイデルベルグ大学研究グループがSTAP細胞を確認したという事実も報道されない。
*http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081.html

 STAP細胞は再生医療で数兆円規模の医薬品開発が可能な分野である。弊ブログで、以前その点に関する疑問を取り上げたことがある。STAP細胞の特許が成立すれば、理研は今後50年間国の補助金なしにやっていける。だから利権をめぐって理研内部に大きな疑惑があるが、これもマスコミは追求しない。

*#2687 『日本人はなぜ特攻を選んだのか』①黄文雄著 May 26, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-25-3

 #2651 STAP細胞狂想曲(2): 大きな利権の存在 Apr. 20, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-20-1
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<通説は書き換えられるもの>

 学問における通説というものは、常に書き換えられる運命にあるから、通説を鵜呑みにしてはいけない。いまのところこの仮説が有力だというだけのことである。実際には、すでに通説ではないものまで学校の教科書に載っている場合がある。「4大文明」というのもそういうもののひとつだ。
 中国の文明は黄河文明だけではない、殷の時代に長江にも独自の青銅器文明が栄えていたことが1973年の発掘でわかっている。
 わたしは機会を見ては塾生に本を読むことの大切さを話す。あることを良いという人もいるし、悪いという人もいる、だから反対意見も聞いて自分の意見をたえず見直すべきだと具体例を挙げるように心がけている。
*長江文明 ・・・ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%B1%9F%E6%96%87%E6%98%8E


<鉄砲の伝来:ポルトガル人?それとも倭寇?>
 たとえば、歴史で鉄砲の伝来のところを学校で習った生徒には、鉄砲は誰が日本に伝来したのかと訊く。生徒は「ポルトガル人が伝来しました」と答えるが、そうではないという学説のあることを紹介する。誰が運んできたかははっきりしている、中国人の王直という倭寇の頭領(貿易商)が船にポルトガル人と鉄砲を積んで運んできた。もちろん、ビジネスをするためだ。だから、鉄砲を伝来したのは王直である、そういう学説がある。わたしはそのことを『逆説の日本史』で知ったが、昭和40年代に書かれた岩波新書の冒頭のページにも同じことが書かれたいた、書名がなんだったか忘れたが、学者の間でもそうした説を唱えて、70年も前から「通説」が誤りであることを指摘している人たちがいる。生徒には両説あることを説明し、わたしがどちらをとるかも具体的な理由を挙げてあるいは比喩を使って説明する。相反する説をまな板に載せて料理して見せるのである。やって見せなければ伝わらぬ。
 そのあとは生徒がどのように考えるかである。対立した二つのものの見方があることを知り、それぞれの説を理解し、そして自分がどう考えるか何度も何度も繰り返し思考力と判断力をトレーニングする。
 中国の倭寇の頭領が船で運んできたから船主が鉄砲を伝来したと考えるべきだ。王直カンパニーが船に鉄砲とポルトガル人を載せて運んできたと考えたら事態が飲み込めるだろう。
 それを2000両という法外なお金を支払って手に入れたのは種子島時堯である。技術レベルの高い日本人の刀鍛冶はマラッカ銃をみて、コピーし、量産したのである。日本人のやるコピーは他の国が真似ができない。技術レベルが高いというのは職人の技が抜きん出ているということ。オリジナルを見て、さらに工夫を重ねるからオリジナルを超える製品が出来上がる。形を真似るだけではない、自分の技術のあらん限りをつくして最高のものを作り上げるのである。
 戦国大名が天下の覇権を争って戦いを繰り返していたから需要が大きかった。この国産鉄砲がなければ信長は武田の騎馬軍団に勝てただろうか?刀鍛冶の技術水準が高かったので、量産できたが、アジアのほかの諸国ではそれができなかったから、次々に白人に植民地化され、奴隷にされた。職人技術こそ日本が世界に誇るべき文化である。撃ち手も工夫を重ねる。油紙で火縄の先端を覆い、雨でも撃てるように工夫する。湿度を考慮に入れて50間(90m)先では一尺(30cm)落ちると計算して、的との距離を目分量で測り、狙いを定める。だからよく当たるのである。撃ち手も職人であった。雨でも撃てることを自慢した。
 キリスト教の宣教師が植民地化の先兵の役割を果たしたことも忘れてはならない。布教と同時に本国へ詳細な報告書を送っている。その情報に基づいて軍隊が派遣され、アジアの国々の植民地化が進められた。そういう事実とともに、技術水準の高さが国を守る上で重要な役割を果たしていることも知ってもらいたい。アジアの他の国々は西欧諸国の植民地になったが、子どもが貸し本屋の店先で本を読むような識字率の高さと、職人技術水準の高さをみた宣教師たちは、日本は他のアジア諸国とは違う、文明の高さが違う、植民地化は無理だと本国へ書き送っている。ルイス・フロイスの書簡が多数残されている(ルイス・フロイス『日本史』全12冊)。
 江戸時代の私塾3万、そして識字率の異常な高さは明治期の短期間での学制の普及と「富国強兵・殖産興業」という欧化路線を強力に推進する力となった。そして職人技術は現代へとつながっている。だから、最近5年間のスマホの普及やゲームの高性能化、そして過度な部活で、子どもたちの読書時間が根こそぎにされていきつつある現状を危惧する。日本語・語彙が極端に乏しい中学生が釧路と根室の中学校では15~25%にも殖えているのである。たった5年間でこれだけ変わってしまったことに強い危惧を抱かざるをえない。
 米国のバイデン副大統領が、北朝鮮がこのまま核開発を続けたら、「日本は一夜にして核武装する可能性がある」と中国共産党習主席に昨日(6/25)話している。宗教が違えば価値観が違う、キリスト教の米国も儒教の中国も、神道の日本には得体の知れぬ恐怖を抱いている。違う原理で動くから、彼らには日本人の感情や精神が動く方向が予測ができない


<太平洋戦争と大東亜戦争:白人国家対有色人種の戦争>
 「太平洋戦争」について生徒から質問があれば、「大東亜戦争」という別の呼称のあることを必ず説明する。「大東亜」や「五族共和」の理想についても説明しなければならない。大東亜戦争は白人帝国に対する世界史上2番目になされた有色人種の戦い、世界史上稀に見る戦いであったという論がある世界史上初めての白人帝国と有色人種の帝国の戦いは、ロシア帝国と大日本帝国の戦い、そう「日露戦争」であった。白人帝国に有色人種の小さな国が正規軍同士が戦い、世界史上初めて有色人種の国が勝利したのである
 そういう立場から大東亜戦争を観察すると、教科書に載っている通説とはまったく別の歴史が見えてくる。
 真珠湾攻撃は「ニイタカヤマノボレ」という暗号電文が米国に解読され、米国は事前に真珠湾攻撃を知っていたが大統領は米国太平洋艦隊司令官には通知しなかった、千載一遇のチャンスとばかり、米政府はこの情報を利用することを考えつき、太平洋艦隊を見殺しにしたのである。暗号を解読していたので迎撃体制をとることができたが、それでは国民を効果的に戦争へと煽ることができない。だから、情報を伝えなかった。そのことは米側の公文書で明らかになっている。日本は米国の情報戦の掌で踊らされていた。人種差別主義者のルーズベルトは日本人を抹殺する計画を立てていた
 遺恨は1919年の第一次世界大戦のパリ講和会議国際連盟委員会にさかのぼる。このとき日本は戦勝国の側で、人種平等条項を提案したのである国内に黒人差別問題を抱えていた米国白豪主義のオールトラリアに人種差別撤廃案はまことに都合の悪いものだった。米国とオーストラリアの反対で日本の平等案は葬り去られた。
 そこから日本叩きの長期戦略立案が始まったようだ。その戦略は米国を中心として20年後にじわじわと実行に移された。米国が日本向けの原油輸出を止めたことが、引き金となって日本を戦争へと走らせた。あれは自衛の戦争だったのである。原油が止まれば、いずれ重化学工業の生産がストップしてしまい、日本経済が壊滅的な打撃を受けることは火を見るよりも明らかだった。原油欲しさに米国に隷属するしかなくなるのである。日本の産業が生き延び、米国の植民地にされないためには南方の石油資源確保を目的として戦端を開かざるを得なかった。1000万人を超える失業が予想された。そういう事情を教科書は書いていない。日本の自衛の戦争であったことは、駐留軍司令官だったマッカーサーですら認めている
 マッカーサーは「自衛の戦争」という言葉は使っていないが、そういう意味のことを述べている。原文が載っているサイトを見つけたのでURLを貼り付けておく。
*http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/1951-60/1951_makasa_shogen.html
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"There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack great many other things, all of which was in the Asiatic basin.
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was karagely dictated by security."

和訳:
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてだったのことだったのです」
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*[大東亜共同宣言]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E5%85%B1%E5%90%8C%E5%AE%A3%E8%A8%80

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世界各國ガ各其ノ所ヲ得相倚リ相扶ケテ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ世界平和確立ノ根本要義ナリ
然ルニ米英ハ自國ノ繁榮ノ爲ニハ他國家他民族ヲ抑壓シ特ニ大東亞ニ對シテハ飽クナキ侵略搾取ヲ行ヒ大東亞隷屬化ノ野望ヲ逞ウシ遂ニハ大東亞ノ安定ヲ根柢ヨリ覆サントセリ大東亞戰爭ノ原因茲ニ存ス
大東亞各國ハ相提携シテ大東亞戰爭ヲ完遂シ大東亞ヲ米英ノ桎梏ヨリ解放シテ其ノ自存自衞ヲ全ウシ左ノ綱領ニ基キ大東亞ヲ建設シ以テ世界平和ノ確立ニ寄與センコトヲ期ス
一、大東亞各國ハ協同シテ大東亞ノ安定ヲ確保シ道義ニ基ク共存共榮ノ秩序ヲ建設ス
一、大東亞各國ハ相互ニ自主獨立ヲ尊重シ互助敦睦ノ實ヲ擧ゲ大東亞ノ親和ヲ確立ス
一、大東亞各國ハ相互ニ其ノ傳統ヲ尊重シ各民族ノ創造性ヲ伸暢シ大東亞ノ文化ヲ昂揚ス
一、大東亞各國ハ互惠ノ下緊密ニ提携シ其ノ經濟發展ヲ圖リ大東亞ノ繁榮ヲ增進ス
一、大東亞各國ハ萬邦トノ交誼ヲ篤ウシ人種的差別ヲ撤廢シ普ク文化ヲ交流シ進ンデ資源ヲ開放シ以テ世界ノ進運ニ貢獻ス

(URLをクリックしていただければ、現代語訳が参照できます。欧米と中国や韓国から「侵略戦争」とと非難されるが、それはバランスを失した言い方で、大東亜各国の欧米の植民地からの脱却と共存共栄が大東亜宣言で謳われているように、アジアを植民地化した白人帝国への東南アジア諸国の独立の戦いでもあったのです。中国だけが白人の側につきました、実に恥ずかしいことでした。)
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<ベトナム戦争介入の経緯>
 ベトナム戦争でも米国は1964年8月2日に北ベトナム軍が南ベトナム軍と誤認して米国の艦船に魚雷攻撃を仕掛けると、二日後にもう一度攻撃を受けたと言い募って、ベトナム戦争に介入するのである。2度目の攻撃は米軍の自作自演だったことが判明している。米軍と米政府が戦争を仕掛けたのである。2度攻撃されたと軍と政府が発表すると世論は簡単に戦争へと誘導されてしまう。
*ベトナム戦争 トンキン湾事件(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E6%88%A6%E4%BA%89#.E3.83.88.E3.83.B3.E3.82.AD.E3.83.B3.E6.B9.BE.E4.BA.8B.E4.BB.B6


<イラク戦争開戦の経緯:
   貿易センタービルとペンタゴンへの旅客機衝突>

 そういう文脈でみていくと、米国が戦争をするときには何らかの情報戦が事前になされているということに気がつく。2001年9月11日の貿易センタービルへ旅客機が2機、ペンタゴンへは1機の旅客機が突っ込んだことをきっかけに、米国はイラク戦争を開始した。1機目は旅客機だったが、2機目は灰色の窓が少ない飛行物体に見えた。ペンタゴンへ突っ込んだ旅客機は建物の損傷が小さく、旅客機が衝突したようには見えない。1階部分が幅20mほど崩れただけで、2階部分は火災を起こしてから焼け落ちた。ボーイング757-200はジャンボジェットである。
 重量100t、機体の幅は38m、高さ13.6m、全長47.3m

 これが時速400kmほどで衝突して建物が壊れたのが20m弱、一階部分だけしか壊れなかったのだから高さも合わない。事件当初APは「爆弾によって爆破された」と報道している。消火活動に当たった消防局長は飛行機の胴体のような大きな破片はなかったと証言している。もちろん、旅客機に載っていたはずの人たちの遺体も回収していない。爆弾か航空燃料かについては周囲を調べたらわかることだが、建物を修理する前に、芝生を掘り起こして土を入れ替えている。ダウンロードした事故直後の写真があるから、それを見せることができる。
 このテロに関して独立調査委員会が設置されたが、ブッシュ大統領は執拗に反対した。そしてこの独立調査委員会による800ページを超える報告書のうち最後の28ページが非公開となっている。サウジアラビア政府の組織的な関与が疑われている。関与したという人物の大半がサウジアラビア人で、高校も卒業していない、英語も話せないのに米国へ渡ってすんなり住むところを見つけ、パイロットの学校へ入学している事実がある。米国政府はサウジ関与の点でも重大な情報を隠している。オバマ大統領は最後の28ページを当然読んでいる、これを読んでサウジに不快感を持っている。「複雑だ」とコメントしている。米国はすでに石油輸出国となり、サウジに遠慮する必要がなくなっている。米国が国益でしか動かないという事実を、この事件を通じて「同盟国」の日本は知るべきだ
 遺族によって「独立調査委員会」設置要求が強く、ブッシュ政権はしぶしぶ承知した。だが、その報告書は政府と軍の関与を否定することにそのほとんどが割かれているという。
 客観的な事実は何か、そしてあなたはどのような全体像を作り上げるのだろう。
*ジャーナリスト・翻訳家、ケイ・ミズモリのオンライン・コミュニティー(2004年4月2日プリントアウト)
http://knetjapan.net/mizumori/articles/911.html

**9/11委員会報告書
http://www.wa3w.com/911/resources/CommissionReport.html

***「アメリカ同時多発テロ事件陰謀説」 ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AA%AC

 ビル内にはさまざまな会社が入っていたが、当日、イスラエル人の死者はなかったという情報も流れている。
ビルの警備を請け負っていた会社の取締役にブッシュ大統領の弟と従兄弟がいる。建物の崩壊も、爆破解体処理するときの映像そのものだった。火災であのような「自由落下」を起こした例は一つもない。日本人の建築の専門家もテレビで解説しながら当惑していた。どうして下の階まで「自由落下速度」で粉みじんに崩れたのだろう?
 この事件は謎だらけなのである
 言えることは、米国はこの事件で世論を煽り、その後にありもしない「大量破壊兵器」を主張することで2構えの情報操作でイラクへ攻め入ったという事実である。飛行機に乗って自爆したとされた犯人のアラブ人が数人があとから出てきたのも不思議である。
 米国は大量殺戮兵器をイラクのフセイン大統領が開発していると話をでっち上げて、戦端を開き、使用済み核燃料を原料とする砲弾(劣化ウラン弾)を多数使用した。ウランは質量が大きいので戦車を撃てば草稿を貫通する。そのときの爆発熱で放射能が周辺を汚染する。半減期の長い放射性元素はその後、数百年あるいは数千年にわたってアラビア半島を汚染することになるキリスト教原理主義の米国の兵器の放射能でイスラム教徒たちの遺伝子が障害を受け続けるのである
 劣化ウラン弾原子爆弾同様に、異教徒への攻撃でなければ使えない代物である。こういう兵器の使用には原爆の被害国である日本が堂々と反対声明を出すべきだ

 子どもたちには9/11事件には米国政府の公式見解とはまったく異なる説のあることを教えるべきだ。物事を相対的に分析・再構成するトレーニングには良い教材なのである


<メキシコと米国の領土戦争>
 メキシコ領のテキサスに米国人開拓者が入植し砦を築いた。1846年にメキシコを挑発し攻撃を受けたと主張して、テキサスとカリフォルニアを分捕った
*http://www.y-history.net/appendix/wh1203-021.html


<米国の戦争には共通項が見える>
 こうして米国の戦争のやり方を眺めると、開戦の経緯はどれも良く似ている。相手を挑発して、それを口実に戦争を仕掛ける。歴史的文脈の中で9/11テロを捉えたら、米国政府のプロパガンダと関与が見えてこないだろうか?


<米国発の情報を鵜呑みにしてはいけない>
 日本は米国の一方的な情報を鵜呑みにしてはいけないのである。情報を検証する手段と組織をもたなければいけない。もたない日本はいつでも簡単に米国のプロパガンダに乗せられてしまう。

 世界史上初めて強大な白人帝国のひとつと全面戦争して勝利した有色人種の国の日本が、第一次世界大戦後のパリ講和会議国際連盟委員会で人種平等を提案(1919年)した。米国大統領のウッドロウ・ウィルソンとオーストラリアが強硬に反対した。人種差別が激しかった米国とオーストラリアはそういう日本に我慢がならなかったのである。そこから日本を殲滅する長期戦略が始まった。白人の優越を有色人種の国の日本が揺るがすと判断したのだろう白人帝国との戦争に負けはしたが、それは大東亜戦争後にアジア諸国の独立となって結実した。日本は大きな犠牲を払ったが、白人の植民地奴隷にならずにすんだこうした事実に日本人の子どもたちは誇りをもってよい。堂々と胸を張って世界に向けて自分の考えるところを発言しよう
 爺さんやばあさんの世代が堂々と白人帝国を相手に戦い抜いたお陰でいまがある。まんまと米国の長期戦略と情報戦にはにしてやられたことは事実である
 米国だけではない、世界の各国は自国の利害で動くから、正論は通じないことが多い。正論を主張する場合は、それによって生じる不利益や、相手の最悪の出方を予測して準備万端整えなければならないのである。
 子どもたちや孫の世代が同じ目にあわぬように、米国がどのような性格の国家であるか、歴史に学び、客観的に現況を判断し長期展望をもってお付き合いしていかなければ、大東亜戦争の禍(わざわい)がまた起きないとは限らない
 歴史をちゃんと見ること、物事を相対的に観察し、ばらばらの客観的事実を再構成するトレーニングを若い人たちに課していくことが、わたしたち大人の役割ではないだろうか。


<国債残高1兆円問題と相対論>
 中3で日本銀行の機能と政府からの独立性を学ぶ。ここでよく出る質問は国債残高である。大丈夫だという意見と大丈夫でないという意見の両方を紹介する。大丈夫だという意見の根拠が薄弱であることははっきり伝える。敗戦前後に2度預金封鎖が行われ、2度目は新円切り替えが行われて、預金は没収、その後インフレが続いて、貨幣価値が下がってしまった事実を教える。
 大蔵大臣高橋是清が戦費調達のために赤字国債を発行したのがそもそものはじまり。高橋は一時の方便で、戦争が終結したら赤字国債の発行はやめなければならないと考えていた。
 すでにGDPの2倍、たしかGDPの2.7倍になったときに預金封鎖せざるを得ない事態、政府財政破綻が起きた。だが、次回の預金封鎖が2.7倍になったときに起きるとは限らないから、問題が厄介だ。いつ破綻が起きるかは誰にもわからない、経済現象とはそういうものである。
 家族が病気になったときのために、蓄えを持つのが当たり前、原子力災害、地震災害、台風災害、火山の噴火災害など、不時の災害に備えてお金を蓄積しておくべきなのに、政府はお金をためずに、借金の山を膨らまし続けている。何もなくてすむはずがないというのがモノの道理である。
 こういうことも質問があれば答える。赤字国債の問題は「公民」分野だが、高橋是清という大蔵大臣のが初めて戦費調達のために赤字国債発行に踏み切りながら、財政が放漫になり破綻することを恐れていたという事情は同時に「歴史」の解説にもならざるをえない。

 こういう話を生徒に一人としていたら、隣の生徒もときどき一緒に聞いていることになる。好奇心の拡大と、物事の相対的な見方を同時に育成できたら結構な話だ。興味がわいたらebisuの解説を鵜呑みしないで自分で調べてみたらいい。そういうときに「読み・書き・そろばん」のうち「読み」の速度が大きさがものをいう文意を正しく・速くつかむことが情報リテラシーの基礎部分をなしている
 ネットにはさまざまな情報が溢れており、ときにそれは正反対の結論を述べている。そういうネット社会にわたしたちが住んでいるからこそ、情報リテラシーが重要なのだ。物事を相対的に見て、客観的事実に基づいて自分で推論を行い判断を下す、情報化社会だからこそ日々そうしたトレーニングを積んで、センスと情報利用技術を磨く必要がある。


<相対論はふるさとの原野を流れる川>
 物事を相対的に見るというのは学問でも大事なことで、対立する学説の両方を読むと、全体が良く見えてくる。わたしがそういうことをしだしたのは、二つのことがあったからだ。ひとつは高校2年のときに読んだ公認会計士2次試験講座の経済学が近代経済学だったことと、たまたま根室高校図書室で手にして読んだマルクス『資本論』によって、同じ経済学といっても内容も結論もまるで異なることに驚いたから。二つ目は高3のときに会計学者の黒澤明(東大)と沼田嘉穂(一橋大)の企業会計原則をめぐる論争があることを知ったからだ。沼田先生はその後、『企業会計原則批判』という本を著した。米国のローカルな企業会計原則を黒澤先生が無批判に日本に導入したという主張だった。東大の先生には「横文字を縦に並べ替えただけの」イージーな人が多かったのは事実だろう。それでも当時は研究業績になった時代だ。東大は政治権力や官僚と結びつくことが多く、単なるローカルな会計基準の翻訳が、無批判に日本の会計基準として導入され数十年間そのまま使われてしまうところが怖い。当のご本人には怖さへの自覚がない。
 そういうわけで、高校生のときから対立する学説や意見は時間の許す限り両方に目を通すことにしている。50年間もそういうことを続けてきたから、意見の対立する人との議論には興味がわく。(笑)
 同じ意見の者同士だけで議論していたら、知らないうちに分析も思考もレベルダウンしてしまうものだ。自分の道場で稽古するだけでは強くなれない。他の道場の者と他流試合をすべきではないのか?
 相対的に物事を見ることの大切さを説きたくて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、右往左往しながら解説してみたが、お分かりいただけただろうか?
 ニムオロ塾は生徒の質問に応えて脱線する時間が一番勉強になるかも。その都度本棚から関係のある本を取り出して見せることができる。先々週は本居宣長『古事記伝』と賀茂真淵と本居宣長の出逢いの「松坂の一夜」を書いた子安宣邦著『江戸思想史講義』の当該箇所を中2の生徒に見せた。10冊20冊と紹介していくうちに興味のあるものを見つけるだろう。

  わたしのイメージの原風景のひとつに、蛇行して流れる根釧原野の川があるようだ。まっすぐに海へ向かう川は世界中にひとつもない。高低差が小さい根釧原野の川はゆったりと流れていく。直線的とか短絡的とか急ぎすぎとか、そういう思考に違和感を感じるのは私の中にある原・イメージのせいかもしれない。

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  この本は西洋中心の歴史の見方を払拭してくれるだろう。目から鱗を剥がすのに役に立つ本である。原著はドイツ語で書かれた。

驕れる白人と闘うための日本近代史 (文春文庫)

驕れる白人と闘うための日本近代史 (文春文庫)

  • 作者: 松原 久子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/09/03
  • メディア: 文庫




 これは単行本が本棚に揃っているから、勉強に飽きたときには閲覧したらよい。

完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈2〉信長とフロイス―織田信長篇(2) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈2〉信長とフロイス―織田信長篇(2) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈3〉安土城と本能寺の変―織田信長篇(3) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈3〉安土城と本能寺の変―織田信長篇(3) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/03
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈4〉秀吉の天下統一と高山右近の追放―豊臣秀吉編(1) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈4〉秀吉の天下統一と高山右近の追放―豊臣秀吉編(1) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/04
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈5〉「暴君」秀吉の野望―豊臣秀吉篇(2) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈5〉「暴君」秀吉の野望―豊臣秀吉篇(2) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈6〉ザビエル来日と初期の布教活動―大友宗麟篇(1) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈6〉ザビエル来日と初期の布教活動―大友宗麟篇(1) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/06
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈7〉宗麟の改宗と島津侵攻―大友宗麟篇(2) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈7〉宗麟の改宗と島津侵攻―大友宗麟篇(2) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈8〉宗麟の死と嫡子吉統の背教―大友宗麟篇(3) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈8〉宗麟の死と嫡子吉統の背教―大友宗麟篇(3) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/08
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈9〉大村純忠・有馬晴信篇(1) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈9〉大村純忠・有馬晴信篇(1) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈10〉大村・竜造寺の戦いと有馬晴信の改宗―大村純忠・有馬晴信篇(2) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈10〉大村・竜造寺の戦いと有馬晴信の改宗―大村純忠・有馬晴信篇(2) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/10
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈11〉黒田官兵衛の改宗と少年使節の帰国―大村純忠・有馬晴信篇(3) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈11〉黒田官兵衛の改宗と少年使節の帰国―大村純忠・有馬晴信篇(3) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/11
  • メディア: 文庫

完訳フロイス日本史〈12〉キリシタン弾圧と信仰の決意―大村純忠・有馬晴信篇(4) (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈12〉キリシタン弾圧と信仰の決意―大村純忠・有馬晴信篇(4) (中公文庫)

  • 作者: ルイス フロイス
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2000/12
  • メディア: 文庫


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