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#3097-5 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版)-5  Aug. 3, 2015  [資本論と21世紀の経済学(2版)]

#3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版)<目次>  Aug. 2, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-15



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 Ⅳ.日本経済の未来(人口減少と高齢化を見据えて) 

17. <人口統計から見える未来>

  日本では世界に例を見ないほど高速に少子化と高齢化が加速的に進行している。縄文時代を含めて1.2万年の日本列島の歴史のなかで、初めて遭遇する長期にわたる人口減少はなにを意味しているかと、わたしたちは問うべきだ。 
 推計データを並べてみると、人類がこれから遭遇する困難な時代に日本人が無意識に備えを固めているという深い意味が隠されているようにも読める2060年には世界人口は100億人付近にあるから、世界的な食糧不足と食糧相場の高騰が予想される。貧乏な国ではたくさんの餓死者が出るだろう。日本も経済格差がこのまま固定、あるいは拡大すれば、国際穀物相場や食物相場が上昇すれば食費にお金が回せない家庭が増える。そのときに、人口が4000万人減っていれば食糧の輸入が途絶えても、自給がなんとか可能になる。人口減少はそういう時代に向かって、日本人が無意識に準備をしているという解釈もありうる。 

 
どういう状況が現出するかを推計データでごらんいただきたい。日本の人口推計データは社会福祉・人口問題研究所のものである。世界人口推計は国連や米国科学雑誌に載った最近の研究報告データ。
 
人口推計データ   
 (千人)(千人)(千人)(億人)
総人口生産年齢人口生産年齢人口減少数世界人口
(2010)128,057 81,735  77
(2020)124,100 73,408 8,326  
(2030)116,618 67,730 5,678  
(2040)107,276 57,866 9,864  
(2045)102,210 53,531   
(2050)97,076 50,013 7,853 96
(2060)86,737 44,183 5,830  
(2070)75,904 38,165 6,018  
(2080)65,875 32,670 5,495  
(2090)57,269 28,540 4,130  
(2100)49,591 24,733 3,807  
(2110)42,860 21,257 3,476 123


 
右端の世界人口が現在の77億人から35年後の2050年に96億人に、そして2110年に123億人に急増していくのに、日本の人口は1.28億人から4280万人へ減少し続けるのである。世界の流れに逆らって、先手を打っているようにはみえないだろうか? 

 
2013年時点で生産年齢人口がピーク時よりも200万人減少している。非正規雇用は全雇用者の40%を占め、比率は年々拡大を続けているから、勤労世帯の総所得は人口減少を上回る速度で減少することになる。
 
勤労世帯の所得は消費拡大の素(もと)であるから、その所得合計が小さくなれば、消費が減って景気は長期にわたって悪化する。合計所得は次の算式であらわされる。

  ①生産年齢人口×②就業率×③一人当たり所得=勤労世帯の所得合計 

 
勤労世帯の所得合計は三つの変数の積で決まる。生産年齢人口は15歳から60歳の年齢層だが、すでにピークよりも200万人ほど減少して、外食産業の一部で若者のアルバイトを確保できずに閉店が増えている。一つの会社で百店舗以上閉店せざるをえなくなっているところもある。以下、三つの変数を一つずつ検討してみよう。 

【生産年齢人口の急減少】
 
これから50年間で生産年齢人口が半減するから、ブラック企業と噂の立った企業には人が集まらなくなる。生産年齢人口の減少は、社員を大事にしない企業に大きなツケを支払わせることになるだろう。長期的に見れば、社員の生活をないがしろにするような企業は人口減少時代を生き残れない。こういう淘汰が進むのはいいことだ。ここでは生産年齢人口が激減していくことを押さえておけばよい
 
釧路と根室の場合は、子どもたちの学力低下が地元企業の経営者たちを悩ませ始めている。雇ってもすぐに辞めてしまう、高卒なのに割合の計算ができない、簡単な漢字が書けない、すぐに辞めるなど、学力低下が地元企業の事業継続に深刻な影響を及ぼし始めている。ボランティアで運営している「釧路の教育を考える会」の掲示板にはそうした地元経営者たちの悲鳴のような具体例が書き込まれている。学力低下は地元企業の事業継続に深刻な脅威となりつつある。釧路は地元企業経営者が子どもたちの基礎学力低下に危機感を抱いているところが根室と違う。 

 
生産年齢人口の減少は企業に変革を迫っているのだから、それを正面から受け止めよう。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」に「その企業で仕事をする人もよし」を付け加えたい。それを実現する経営力を持ち合わせた経営者はめったにいないからそうした企業は少ない。経営力の貧弱な経営者は取締役の報酬は増やすが、社員をリストラし、非正規雇用を増やして、人件費を切り下げることで利益を増やそうとする。人件費をカットしながら、自らの年間報酬を10億円以上に引き上げて恥じない、カルロス・ゴーンのような劣悪で強欲なな経営者をマスコミが持ち上げてはいけない、ダメなものはダメと言おう。会社は短期売買を繰り返す株主のものではないし、強欲な経営者のものでもない。 

2010年比で見て、生産年齢人口は2040年には70.8%5786万人へ、もう一世代後の2070年には46.7%3816万人へ激減する。一人当たり勤労者所得が同じだと楽観的な假定をしても経済規模(国内消費)は2040年に7割、2070年には半分以下になる。) 

【就業率は横ばい】
 
人口減少時代の就業率の見通しはどうか。専業主婦でも家計を助けるために子供の塾通いや進学にお金がかかるからアルバイトをしている主婦は多い。非正規雇用だから給与は正規雇用に比べて同じ時間を働いても三分の一程度である。すでに専業主婦が少ないから、就業率を上げるのも困難だ。
 
政府はこの15年で療養型病床を10万ベッドも政策的に減らしてきたから、認知症老人を家庭内で介護せざるをえない状況が生まれており、介護のために退職を余儀なくされる家族が増えていることも、就業率にはマイナスに働く。

 
113日のテレビ報道によれば、200710月~20129月までの5年間で、48.7万人が介護を理由に退職。8割の38.9万人が女性、50歳代の女性が多いという。施設数を減らして政府はしゃにむに在宅介護を増やそうとしているが、直近では介護退職は年間10万人に増えている。 

【一人当たり所得は漸減】
 
一人当たり所得はどうだろう。非正規雇用がほぼ40%にまで上昇しているから、勤労者一人当たり所得はこの5年間で10%ほど低下している。このままでは非正規雇用が50%を超えるのは時間の問題である。正規雇用者の給与を上げても、平均給与水準は低下し続ける。 

 
こうしてみると人口減少に伴い三つの変数の内、①「生産年齢人口」が著しく減少し、②「就業率」は横ばい、そして非正規雇用割合の増大によって③「一人当たり所得」は漸減していくから、勤労世帯の所得合計額は長期的な低落傾向を免れない。政府は大企業に賃上げ要請をする一方で、この10年間ほどで療養型病床数を10万ベッド減らして介護退職を激増させているが、経済成長という点からみるとちぐはぐで整合性がない。

 25年後の2040年の日本の人口構成は12百万人(ピーク時に比べて約20%減)、生産年齢人口は5786万人(ピーク時に比べて約30%減)である。日本の経済規模はピーク時に比べておおよそ25%縮小(GDP500兆円から400兆円に縮小)するだろう。こういう大きな長期的変化の中で経済政策も考えなければならないのだが、現実は経済が縮小し始めているのに成長路線へ舵を切るというちぐはぐなことをやっている。  日本列島には縄文時代以来1.2万年の歴史があるが、このように長期にわたる加速的な人口減少は経験がない。そういう大きな視野から国家戦略を考えるべきだ。急激な人口減少という事実から、日本経済の縮小は避けられない、それゆえ経済規模が拡大を前提にした成長路線はありえない話である。とるべき道ははっきりしている、日本経済の縮小を前提に経済政策を立案すべきだ。たとえば、インフラは維持すべきインフラと廃棄すべきインフラに分けて政策判断を行うべきだ
 国のレベルでいえばリニア新幹線は要らない、ふるさと根室でいえば国道の複線化は必要ないし、明治公園の再開発(40億円)も不要である。新規のインフラにお金をかけることは、未来の負担を大きくするだけである。どのインフラを維持するのか、どのような縮小をしていくのか、そこに議論のピントを合わせるべきだ。
 

人口減少と明るい未来]
 では日本の未来は暗いか?そうではない、縮小するからこそ明るいのである、だから人口縮小をとめる必要はない。国連の推計によれば2100年には世界の人口が109億人に達するという。昨年9月に米国の科学雑誌「サイエンス」に掲載された米国と国連共同チームの推計によれば123億人となっている。
 
2050年には96億人という推計が国連から昨年6月に出ている。2040年に世界の人口が90億人だと假定しよう。現在よりも13億人も増えるから、地球上にもうひとつの中国生まれるようなものだ、その結果世界中で食料の争奪がいまよりもずっと深刻な様相を呈することになる。中国は自国のEEZの水産資源を獲り尽くし、なりふり構わず他国の領海へ侵出してくる。
 
台湾(中国)が北太平洋の公海上に1000tクラスの大型漁船を10隻も浮かべてサンマ等を取り捲っている。船倉は大型の冷凍庫になっており、獲った魚はすぐに冷凍され、箱詰めされる。3000tクラスの輸送船が北太平洋上でフル操業しているこれらの漁船を回って冷凍された新鮮なサンマを回収して台湾へと向かう。買い手は中国である。いくらでも買い付けをするから、獲れば獲るほど利益が出る。こういうビジネスモデルがすでに確立している。サンマは一尾50円の安値で中国本土で売られている。根室よりも安い。中国人は、サンマは香ばしくて美味しい魚だと喜んでいる。産地の根室に住むわたしとしてはなんだか自分の庭を荒らされているような気分がする。冷凍技術の進化で北太平洋公海上はまるで中国の領海化しつつある。
 中国ばかりでない、インドも人口が増えており、まもなく中国を抜いて世界一になる。どちらの国も食料を大量に輸入することになる。日本でこのまま経済格差が拡大すると、食料調達のできない低所得層が急拡大しかねない。すでに母子家庭で子供に三度の食事を食べさせる余裕のない家庭が現れ始めて、社会問題化しつつある。
 
2040年に人口が17百万人(ピーク時の13%減)になると、食料の自給率が大幅に改善できるし、都会の通勤ラッシュも生産年齢人口が2600万人(ピーク時に比べて30%減)も減少するので解消されるだろう。
 
2世代後の2070年を見ると日本の人口は7590万人でピーク時に比べて38.3%減少し、生産年齢人口は55%減少する。北海道の食料自給率は現在200%といわれているが、19億人人口が増えて世界人口は96億人になるから、35年後の北海道はじつに有利な条件を備えていることになる。
 環境を汚染せず、水産資源を維持していくことができれば未来は明るい。問題は子供たちの教育である。
*「日本の人口推移(生産年齢人口推移)」 生産年齢人口のピークは1995http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/dl/07.pdf 

[人類の遺伝子劣化を防ぐ努力]
 原発事故による放射能汚染は日本人の遺伝子の劣化を招く、プラスチック製品は海洋に流れ出して、世界中の海の数箇所にたまり、紫外線で劣化しながら波の力でぶつかり合ってミクロン単位の小さなものに分解され、魚類の体内に取り込まれつつある。魚の内臓はミクロン単位やナノ単位のプラスチック微粒子で汚染されてこのままではいずれ食べられなくなるだろう。最終的には人間の体内へ取り込まれるから、遺伝子の劣化を招く災害となって人類を襲う。原発は事故を起こさなくても核反応によって半減期2.3万年のプルトニウムを生成するから、人類の遺伝子にとって深刻な脅威となる。原発とプラスチックはいま手を打たないと間に合わない。
 
小さなことだが、ペットボトルの使用をやめてガラスのリターナブル・ボトルにしよう、大人の責任だから大きなこともしっかり取り組もう、原発をやめてこれ以上使用済み核燃料を増やさないようにしよう、未来の子供たちのためにわたしたち大人がやれることはいくらでもある。

[生産拠点を増やすためにいまやるべきは鎖国政策]
 日本から失われた生産拠点は強い管理貿易(鎖国)によって再構築できる。そうすれば若者に正規雇用の職が保障できる。生産拠点さえあれば団塊世代が前の世代から受け継いだ技術を若い世代に渡すことが可能になる。いま必要なのは、米国のスタンダードに合わせることではなく、それに背を向けることだ。日本には職人中心の経済社会を築き安定と豊かさを実現するためにこれから300年間鎖国の眠りにつくという選択肢がある
 
学力の低い者たちにも正規雇用を保障するためには、強い管理貿易に切り替えて国内に生産拠点を取り戻し、手仕事、肉体労働を増やすべきだ。
 
そのためには徒弟制度を研究して職人を育成するシステムを作り直さなければならない。一人前に職人になるには強靭な辛抱力が要る。そうした観点から、家庭のしつけと学校教育や進路指導を見直そう。
 
日本は環境と調和する手仕事の職人中心の経済社会を創りあげて、生産システムとそれを支える価値観、「小欲知足」「浮利を追わない」「売り手よし、買い手よし、世間由の三方よし」を世界中に輸出しよう。こんなことを21世紀にやれる可能性があるのは世界中で日本だけ。
 
誇りと使命感をもって困難な課題にチャレンジする姿は、学校の先生たちのあるべき姿と同じだ。日本はそういう価値観をあらゆる職業の人たちが共有できる国だとわたしは思うのである。 

 18. 「経済成長の天井」:日本総研山田久調査部長の論> Aug. 11, 2014 
 さまざまな分野のスペシャリストが、それぞれ異なる意見を表明しているが、それらとマルクス『資本論』の公理・公準を入れ替えた「新しい経済学」を対比することで、両論の特徴がより鮮明になって見えてくるから、山田氏の論に耳を傾けながらわたしの論を対置してみたい。 

 
山田氏は貿易収支が赤字になっていることと、人手不足を「新たなハードル」と名づけている。貿易収支の赤字には供給サイドの問題が隠れており、6月の有効求人倍率1.122年ぶりで建設・小売・外食産業に人手不足が現れている。とくに外食産業ではアルバイトを確保できずに閉店が相次いでいる。山田氏はこれら二つの問題を個別に論じている。

[
]供給サイドの要因
 「国内生産設備の圧縮+人口減少」の二つの要因の影響を挙げている。彼の論によれば、外国人労働者の受け入れ増大は根本的な処方箋にはなりえない。外国人労働者を増やして設備投資を拡大しても、将来設備過剰になることが目に見えている。人手が足りなければ生産性を上げることを考えるが、人手が足りてしまえば、そうした圧力がなくなり、生産性向上にブレーキがかかるという。
 
では外国人労働者が増えなければ生産性向上が実現できるのか、そんなに単純な図式ではないだろうとわたしは思う。理由は後で述べる。

[
]需要が不足するというリスク
 消費拡大には賃金上昇が必要なのだが、賃金上昇のテンポに懸念がある。大学生や専門学校生の多い外食産業のアルバイトの時間給は上昇しているが、システム化による事務の生産性向上や工場の生産性を年々あげている大手企業と製造業では人余りのままである。したがって、これらの分野ではボーナスの上昇はあっても、基本給アップは限定的となる。つまるところ消費拡大はないという結論である。
 
その通りだが、いまごろこんなことを言い出すのだからよほどのんびりした性格に違いない。

[3]
供給不足経済が広がり始めている
人口減少による人手不足で、製品やサービスの供給能力が落ちてきている。建設業界、外食産業でそれが顕著に現れている。

[山田氏の処方箋]
 生産性と賃金が同時に上がればいい、それには二つポイントがある。
 
物的生産性向上
 
付加価値生産性向上

 GDPよりはGNI(国民所得)を増加していくことを考えるべきだというのが山田氏の主張である。海外投資からの利益を増やし、その結果賃金が上がるというルールをつくっていく。物づくりは海外でやり、商品開発は日本でやる。
 
これは政労使会議での決定事項と同じだ。日本総研は三井住友フィナンシャルグループが大株主だから、そういう意見になるのだろうか?

 日本経済の先行きを考えるときに、縄文時代以来1.2万年の日本列島で、はじめての人口縮小は高齢化と少子化の同時進行によって起きている。人口縮小時代に突入したという大きな時代認識が不可欠であることは論を俟たないだろう。山田氏の論にはそういう大局観が希薄に見える

 二つ、論点を指摘しておきたい。
 一つは、海外に生産拠点を移したまま、国内で商品開発をするという分業体制を考えているが、これは一部の企業の特殊な例に幻惑されて、現実を見ていない雑な議論である。
 たとえば、繊維メーカ(帝人)は海外に生産拠点を移したため、国内に30年以上工場をつくっていないという。海外子会社には工場新設の技術があるが、国内で工場新設の技術者はとっくに退職して、技術自体が失われてしまったという。もう17年も前に聞いた話だ。国内に工場がないのだから、生産技術の伝承もできない。物の生産という面では国内の技術が急速に失われつつある。裾野がどんどん小さくなっていることが、新商品がでてこない理由の一つに数え上げられるが、山田氏はそれをさらに促進しようというのだ。
 伊勢神宮の式年遷宮を考えてみたらいい、建築技術伝承のために20年に一度建て替えを繰り返している。1400年もそうしたことを連綿と続けているからこそ、技術伝承がある。仕事があれば技術伝承ができるが、国内に仕事がなくなれば生産技術の伝承は途切れてしまう
 それゆえ、海外に生産拠点を移して、国内で商品開発という分業体制は国内に生産技術が失われてしまうことを意味している。
 日本が上手だったのは生産現場でのさまざまな工夫・アイデアが生まれて、製品の改良や新商品のアイデアが出続けたということ。生産性向上は製造現場で仕事をするさまざまな職種の職人たちが担ってきたのである。新商品も開発チームには思いつかぬ工夫が生産現場で次々となされる。そうして高品質の新製品ができあがっていく。生産現場で工夫がなされることで高品質の製品が市場に出せる、松下産業が典型的な企業だろうし、トヨタだってそうだ。米国型の生産と商品開発のような分業システムは日本では稀だったし、これからもそうだ。
 
わたしが働いていた国内最大手の臨床検査会社の八王子ラボでは、研究部や党首検査部が新規項目開発を担う形には組織上なってはいたが、研究部は人数が少なかったし、特殊検査部は3課あり人数が多かったが、その業務の大半はルーチン検査だった。その一方で、各ルーチン検査部署からさまざまな研究案件が予算編成時にあがってきた。量でいうとルーチン検査部のほうが研究・開発が多いのである。ルーチンをこなしながら、一部の研究熱心な社員が、5時に仕事が終わった後で、残業をして自分のやりたい研究をする、必要な資材は申請すれば買ってもらえた。研究部や開発部に配属されなくても、何をやりたいか文書にしたためて必要な設備や原材料を予算申請すれば、そのほとんどが許可になった。もちろん失敗しても責任が問われることがなかった。成果が上がれば評価される。こういう仕組みがあるから、SRLは業界ナンバーワンで、高収益を挙げ続けたのだろう。利益がなければ、社員に好きな研究をさせることができないから、高収益の企業であり続けることは企業の安定的な継続に不可欠の条件といえるだろう。
 
生産拠点を海外に移し、国内では商品開発を行うというのは、日本的な商品開発のやりかたを不可能にして、生産工程改善の芽を摘む愚かな政策にみえる

 二つ目の論点だが、山田の処方箋「海外投資家らの利益を増やし、その結果賃金が上がるというルールをつくる」ということだが、これも幻想で、現場を知らぬ学者の論と同じ。
 日産のカルロス・ゴーンが最悪のお手本をみせてしまった。リストラと非正規雇用増大による利益拡大、そして役員報酬相場を跳ね上げてしまった。この20年間で役員報酬は2倍になったが、サラリーマンの平均年収は下がっているこれを強欲と呼ばずして何を強欲というか。従業員をリストラして人件費を大幅に削減し、それを自分手柄にして恥じない、わたしには最低最悪の経営者にしか見えない。
 厚生労働省が公表している「毎月勤労統計調査」によれば、1997年の月額37.1万円をピークに減り続け、2013年度は月収31.4万円になっている。ピークに比べて15.4%も低下している。非正規雇用割合がじりじりと上がり続けているからだ。
*http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_company-heikinkyuyo 

 
生産年齢人口はこの数年で200万人減少しているから、平均月収の低下と勤労者人数の低下のダブルパンチでは消費が増えるはずがない。
(暮れの12月24日になされた静岡経済研究所の「主婦の消費動向アンケート調査」では「景況感はやや後退、家計の引き締め傾向強まる」、主婦の7割がこれから一年間財布の紐を締めると回答している。この経済研究所の分析では、消費税アップと円安による物価上昇が主婦の行動を引き締めに変えたということだ。内閣府が毎月「景気ウォッチャー」調査を公表しているが、11月のそれは「先行き判断悪化」だった。理由は物価上昇によって企業収益や消費者行動に危険信号がともりはじめたからだ。)*静岡経済研究所「主婦の消費動向調査」
http://www.seri.or.jp/news/press/post_67.html

 無能で度量の小さい経営者達がこぞってカルロス・ゴーンを真似て社員をリストラし、非正規雇用を増やすことで利益を確保することに慣れきってしまった。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」には、企業で働く人々の仕事のしがいや幸福も入っていたはずだが、こうした伝統的な商道徳を忘れてしまったかのような経営者が巷にあふれ出しており、日本の伝統的な経営観が失われつつある。 
 しかし、「売り手よし、買い手よし、世間よし、働く人よしの四方よし」を実際の経営でやるのはなかなか厳しい。経営者に高い能力と大きな度量が要求される。高いレベルで経営のバランスをとるためには高い経営能力が要求されることは当然であるが、そういう経営者たちは次々にこの世を去り、倫理レベルの低い取締役たちが名門企業で次々に増殖していった。経営倫理基準と経営能力の低い経営者たちは利益を上げるために社員をリストラし非正規雇用を増やす、簡単に利益が出るからだ。心理学的に言うと「近道反応」である。その結果、役員報酬は2倍になったが、正規雇用の社員と非正規雇用をあわせた勤労者の平均年収が減少している。サラリーマン男子の4人に一人が300万以下の年収だという。自分さえよければという倫理基準の低い経営者が増えている証左だろう。
 
人口減少時代は経済規模の縮小の時代でもあるから、過去の日本のように経済成長によって所得(分配)を増やすことはできないから、分配の公平性をどこかで保障しなければならない。現実は非正規雇用割合の増大によって労働分配率が低下しつつある。
 法人企業統計によると企業の内部留保は1998年には131.1兆円だったが、2012年には304.5兆円と173.4兆円も増えている。14年間で2.3倍である。別の資料で調べてみたら、2013年度はさらに23.4兆円増えて327.9兆円になっている。2014年度は株価が上がっているから評価益が出てさらに50兆円以上増えるだろう。追って公式統計が明らかにしてくれる。サラリーマンの平均年収が下がっているのにこの14年間で民間企業の内部留保が2.3倍に膨らんだということは、労働分配率が低下しているということ。
*「法人企業統計から見る日本企業の内部留保(利益剰余金と利益分配)」前財務省総合政策研究所次長岩瀬忠篤、財務省総合政策研究所調査統計部佐藤真樹共著
http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2014_03.pdf 

 
どのデータも同じことを告げている、強欲な資本主義が日本中に蔓延してしまったのがこの20年間だ、山田氏は牧歌的すぎる。 日本企業の経営者たちの倫理水準はいまや米国の経営者たちと同レベルである。グローバリズム(強欲な者たちの資本主義)が日本の経営者たちの心を蝕みつくした。

 私の処方箋は、生産拠点を国内に築き、国内雇用を確保することだ。TPPは滅びの道であり、日本は強い管理貿易(=経済鎖国)をして、日本国内で生産できない商品のみ輸入すればいい。安全で高品質なものだけ国内生産を行い輸出し、肉体労働を伴う雇用の場を飛躍的に増やせば、学力競争に敗れた過半数の若者たちを救える。若者たちに安定した職が保障されれば、少子化の速度も緩和できる。資本主義から小欲知足の職人主義経済へ移行しよう
 工場だけでなく生産の仕組みや生産技術そして資材調達の仕方も含めて輸出したらいい。それが21世紀に日本が世界に対してなしうる貢献の最善のものである、志を高くもとう。 

 19. <馬場宏二「過剰富裕化論」>
 馬場先生の過剰富裕化論の結論は悲観的である。このままでは人類は滅亡の道を選択する、いや選択しつつあるという論旨になっている。馬場先生の過剰富裕化論では、生産力の無限の発展が、地球環境を破壊し人類を滅亡に追いやるというものである。わたしが言及したのはコンピュータの性能がこのまま発展を続けたら百年後には2億倍の性能をもつようになり、人間をはるかに凌駕する小型の人工知能が出現して、性能の悪い旧式の機械である人間が生産過程から放逐されるような事態が起きる。人類が失業する時代が来るのである。いまですら、コンピュータなしには人間の生活が営めない、その傾向はますます大きくなるだけでなく、人類がコンピュータをコントロールできなくなる日が来る。性能のよい人工知能がいろいろな物事を合理的に判断し、現実の政策を作成し、実行していく。機械が単純労働を奪うだけではない、高度な頭脳労働も小型化した高性能の人工知能にとって換わられる。
 滅亡を回避するために人類が欲望を抑えなければならないという点では、馬場先生の過剰富裕化論と私の「新しい経済学」は一致している。
人類の未来への暗澹たる憂いを抱きながら、馬場先生は滅亡を回避するための処方箋も記している。その中に経済成長の放棄と肉体労働の重視があるが、それら二つは職人中心の経済と通底するものがある。処方箋においてはそれほど離れたものではないというのがわたしの印象である。過剰富裕化について提唱者自身の説明をみよう。

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…過剰富裕化は如何様にして生じたか。直感的には、いわゆるダイエットといわゆるジョギングが普通に行われている社会は、過剰富裕化した社会である。この社会で普通に労働して普通に所得を得、普通に生活していたら、過食と肉体労働不足で健康が悪化する。それを回復するには、大衆レヴェルで節食と余暇における運動が必要になる、という意味である。(馬場宏二著『宇野理論とアメリカ資本主義』2011年御茶ノ水書房 第四部「三 成長の限界 (2)過剰富裕化」462ページ)
 …それだけではない。自動車化、家庭電化が生活のための肉体労働を減らし、大人の肥満を生み出すとともに、歩けない子供を生み出した。これは明らかに種としての人類の劣化である。が、この害の方は余り意識されず、殆ど騒がれなかった。この劣化は肉体的劣化から知的劣化に及ぶが、家庭電化、特にTVの娯楽番組や広告を通じて世界認識を混濁させ、IT技術の身辺化に至っては、大人の世界にすら事実認識や自己同定の混乱を引き起こしている。成長過程にある児童に及ぼす撹乱効果に至っては、想像の範囲を超える。彼らにケイタイやらゲームやらの普及が激しいことを考えれば、この表現は決して大げさではない。
 
ここまできたとすれば、量産型工業文明によって自然環境が修復不能にまで破壊され、グローバル資本主義化によって、自己保存型の伝統的社会が破壊しつくされ、環境ホルモンや遺伝子操作で生命維持力を破壊された人類に、類的存続を保とうとする意志と気力が残されているか否か疑わしい。
 
以上のことから、資本主義が、万能薬としての経済成長を通じて世界規模の過剰富裕化を惹起し、その結果、人類滅亡を通じて自滅するのが殆ど必然だと言える。(同書486ページ) 

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 世界市場の出現と人類の生存環境を脅かすほど大きくなった生産力はマルクスが見ることのなかったものである。馬場先生は,

経済成長路線は人類の自滅のもとだとはっきり言っている。この本を書かれた後に福島第一原発事故が起きた。馬場先生は死を前にして、経済理論学会へ次のメッセージをよせた。 

#2237過剰富裕化論提唱者の福島原発事故処理構想:遺稿 Mar. 4, 2013」より抜粋) 
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「経済理論学会第59回大会特別部会 東日本大震災と福島第一原発事故を考える 意見・提言集」 26ページ
http://jspe.gr.jp/drupal/files/jspe59teigenshuu.pdf
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1.
 原子力発電は過剰富裕化とシャム双生児である。
 質的には、人力で制御し得ない生産力をもちいて、当面の金もうけや生活の安楽の資とし、自然環境を生存不可能なまでに破壊する。量的には、日本原発設置は日本経済が、まさに過剰富裕化水準に達した時点から暴走した。電力消費抑制を含めて、反原発は過剰富裕化批判である

2.
 原子力発電コストは意図的に過小評価されていた原発なきあとの電力価格は、当然、大幅に引き上げるべきであり、それが環境維持の一助となる

3.
 原発処理を含めて、震災復興費は、付加税によるべきである国債によるのは、亡びの道である当代のマイナスは当代で負うべきである。負っても、まだ過剰富裕化状態である

4.
 肉体労働を高評価する風潮をつくるべきである。これが社会再生のカギである
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 1番目は馬場氏の年来の主張の過剰富裕化と原発をセットにして初めて論じた。
 2番目は「原発なきあとの電力価格は、当然、大幅に引き上げるべきであり、それが環境維持の一助となる」という主張はかなり踏み込んだものであり、大胆だ。廃止と同時に過剰富裕化を軽減するために電気料金値上げを受け入れるべきだと言っている。
 3番目の当代のマイナスは当代で負うべきというのは言葉の使い方がうまいな思うと同時に気迫を感じる。
 民主党政権と同じように安倍政権も国債増発で乗りきろうとしているが、国債で賄ってはいけない、きわめて重要と思われる論点である。次世代に対して当代がどう対峙すべきか迷いのない決然とした主張である。
 そうするためには付加税だけではすまぬ、特別会計予算と一般会計予算を徹底的に削るべきだ。あらゆる費用をおおよそ3050%カットするくらい過激なことを考えないといけないのだろう。大きな痛みを伴う具体案を1年間で検討し、ただちに実行すべきだと諭しているかのようだ。やれば戦後最大の国家プロジェクト、いや日本の歴史に残る大プロジェクトになる。
 4番目の「肉体労働を高評価する風潮をつくるべき」だという主張は今までの過剰富裕化論にはなかった論点であり、唐突であるが、経済成長を止めるべきだという馬場氏の主張の延長線上の発言でもある。最後に記したのはさらなる論考への誘
(いざな)いだったからだろうか。
 この論点は職人経済社会を標榜するわたしには大歓迎である、2年半前に言及したとおりの展開になったことに驚く。
 
私は20108月のブログ「ニムオロ塾」#1158で過剰富裕化論をとり上げて、次のように書いた。

「資本主義経済批判であると同時にマルクス経済学批判でもある職人主義経済は過剰富裕化論といくつか接点をもつことになるだろう、そういう予感がする。」

 馬場先生の絶筆のレジュメを読むとこの予感通りになったように思える。私は2年半前に理由も挙げている。

「資本主義経済で生産力の発展と拡大再生産が至上命題になってしまったのは、労働概念にもかかわりのある問題である。労働力は資本の拡大再生産のための歯車のひとつでしかない。
 名人の仕事を想起すればいい、全人格的な職人仕事は生産力を発展させない。利潤追求も至上命題にはならないから、拡大再生産とも無縁である
 ひたすらいい仕事をするために技術を磨き、道具の手入れを怠らず、仕事の手を一切抜かない。ごまかしのない誠実・正直な仕事をする
 職人主義経済は正直・誠実を旨とする。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」には地球環境との調和も実現可能だ。「世間よし」はまさにそういう価値観の表明である。自分だけがよければいい、自分の会社だけが儲かれば地球環境はどうなってもいいなどとは考えない。馬場先生と一度話してみたかった。」

 馬場先生はこうも言っている、「肉体労働を高評価する風潮を作るべきである、これが社会再生のカギである」、私の用語に翻訳すると「スミス、リカード、マルクスの労働概念から神の国の職人仕事概念への転換が社会再生のカギである」ということ。経済学と宗教はまことに関係の強いものだと思う。イスラム教ではお金を貸して利息をとることは戒律に触れる。だから出資という形をとる。グローバリズムはキリスト教をベースとしているからこれを世界中に広げるのは無理に無理を重ねることになる。無理を続ければ破綻が生じることは、一般常識としては誰もが知っている。輸出産業の利害を優先したTPPに抗えないなら、どうなるかその行方を見守ればいい、そう長くは続かない。

 馬場先生の論にさらに付け加えたい論点がある。
 鎖国(強い管理貿易)で国内に手仕事を確保すべきだ。TPPとは真逆のことをやるべきなのだ日本はそういう時代の転換点にあることを認識すべきだ。西欧経済学の労働観に対置して「職人仕事」へ価値観の転換を果たすべきだ、そこに人類社会再生のカギがある。
 日本列島に住む日本人は縄文以来1.2万年の日本列島の歴史で、初めて超高齢化社会の到来と急激な人口減少時代を迎えている。21世紀になって、ようやく新たな経済学が生まれる必然性が生じている

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 馬場先生の論点:人類滅亡への道(青)と人類再生への道()、二者択一#1164より)
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2008929日青森大学で開いた特別講演のレジュメの中の「.歴史観・価値観の逆転」という項目を再掲する。

.歴史観・価値観の逆転
 ―人類存続の前提―
 経済成長主義―世界の場合・日本の場合
 利潤経済=市場主義化―民営化・規制緩和・グローバリズム
 アメリカ的価値観=西欧近代思想の極限
           ―個人の自由
           ―成功至上主義
           ―臆面なき自己正当化
           ―フロンティア願望
           ―人種差別戦争
**
  **  **  **  **  **  **  **  **  **  **  **

  ―それでも、人類として唯一重要な課題、最大の努力が要る―
      ―金儲けと戦争の放棄
      ―生産より分配、発展でなく安定、民営化でなく重税国家
      ―経済成長を止め、物的消費水準を意図的に大幅に下げる
 先進国は消費水準を下げられる、それが『過剰富裕』の意味
 途上国は、先進国の下げた水準を到達目標とする
 到達目標は、地球環境自動復元力の回復

 前段(青‘**’より上)は逆転すべき価値観、後段(緑**より下は人類が生き延びるために示した指針である。
 逆転すべき価値観として「利潤経済=市場主義化―民営化・規制緩和・グローバリズム」を挙げている。金融デリバリー取引は利潤極大化のために実体経済の数百倍もの規模に膨れ上がり、世界経済にとって時限爆弾と化している。ブレーメンの笛吹き男の笛に踊ってまっしぐらに海へと向かう鼠の群れのように、利潤を追求して株式会社は成長路線をひた走っている。
 利潤追求は資本循環(拡大再生産)と相性がよい。資本主義では資本循環は個別企業にとって経済成長そのものである。馬場氏はそうした価値観を棄てろと言っているのだ。
 穏やかに言い換えると、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」路線で行けということだとわたしは理解したい。地球環境との共存は「世間よし」ということだ。
 

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目次:*#3097-0 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版)-0  Aug. 2, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-02



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後志のおじさん

じっくり読ませて頂きました。

マルクスの限界についての鋭い切り込み、スッキリです。

身辺超多忙につき、取り敢えず一言だけ。

by 後志のおじさん (2015-08-03 21:57) 

ebisu

後志のおじさんへ

学術論文としてはネット引用が多々あったり、引用文献を示していない箇所があるなど体裁が整っておりませんが、面白い読み物にはなったと思います。
これまで理論経済学者のだれも考えなかった謎のいくつかは明らかにできました。
ユークリッド『原論』とマルクス『資本論』は公理的体系構成という点から眺めるとわたしには同じものに見えます。
公理系を書き換えると新しい経済学が生まれるのは、平行線公準を書き換えることで、球面幾何学が誕生したことを類推させます。

忙しい時期なのに、じっくり読んでいただいて、とてもうれしい、
ありがとうございます。
お蔭様で、先ほど、A4版84ページ分、四百字詰め原稿用紙換算420枚分のアップが終了しました。

読んでくださっている読者の皆さん、どうもありがとう。

by ebisu (2015-08-05 01:09) 

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