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#3013 中学英語教育わいわいがやがや(7):#161~180  Mar. 25, 2015 [80.英語談義 (コメント欄から)]

  前置詞withとfromの議論が続いている。英語はそれ自体が目的ではなく、手段に過ぎないというのは外交史に造詣の深い後志のおじさんの意見だが、ebisuも似たような理由で同意できます。経済学や仕事でコンピュータシステム関係や医学の専門分野の本を読む必要があったから、そのための道具として英語の勉強をしました。
  読書中心の英語の勉強を積み上げてきたebisu、英語勉強の動機もやりかたも人それぞれということ。
 しかし、優れた基本トレーニング法というのはあるもの。そこはHirosukeさんと後志のおじさんの独壇場です。ebisuはその辺りの議論に興味津々、素直に耳を傾けています。
 学習には何が何でも遣り通すというある種の意固地さと、他人の意見を受け入れることのできる器の大きさ言い換えると素直さが必要です。意固地さと素直さ、そのバランスをebisuはときどき省みるようにしています。
 わたしを含めて個性の強い4人、ときおり投稿を入れてくれるZAPPERさんの5人、意固地で素直、そして議論にのめりこんで時折火花を散らす個性の強い5人組みの議論、お楽しみいただけたら幸いです。

  今回はwithやfromに続いて、現在形と進行形の使い分けや助動詞canのニュアンスについて議論がなされます。#166で後志のおじさんが、as~asの指導の仕方を再度提示し、進行形を二つに分類して解説。助動詞canについては合格先生の疑問(Can you~?)にもどういうシーンなのかがはっきりしないと判断不能と回答、快刀乱麻。
 from~toとinの使い分け:「太陽は東から昇り西に沈む」はなぜinなのかが議論されます。前置詞の使い分けは日本人にはむずかしいが、そこにはものごとの捉え方の差があります。
 どういうわけか、宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」へ話題が飛び、英訳詩がなぜ人気がでないのか、後志のおじさんが俎板の鯉を切り刻みます。解説によって日本語と英語の言葉の特性の問題があることがわかります。なるほどそういう英文の読み方があるのかと教えてもらいました。
 経験の異なる人、意見の異なる人、トレーニング法の異なる人、指導法の異なる人との議論はとっても大切です。弊ブログがそういう意見交換の場の一つになれることは光栄のきわみです。

 中学英語は踏み込むと高校英語の分野を視野に入れた説明が必要になりますが、それをどう料理すればいいのか、話題がさまざま移り変わりながらもメインテーマはそこにあります、乞うご期待。

*#2996 「中学英語教育わいわいがやがや(3) :51~74まで」投稿欄より転載   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-03-10?comment_success=2015-03-22T22:34:19&time=1427031259
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(161): E
スルーではなくルスね。(笑)

若い人にはマーシャ・クラカワなんてワカラ(ク)ナ~イ。
また生徒たちに叱られそうだ。
「先生、おじんギャク、さむ~い」

ギャクは寒くても、根室はもう春。
お彼岸だから、市営墓地へ墓掃除に行かなくてはいけない。雪が残っているだろうな。明日はスコップもっていこう。
今日は仕事だから墓掃除はスルー、明日は絶対スルってば。
・・・しつこい?お後がよろしいようで ... m(_ _)m

これ、授業で使わせていただきます。
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Can you cook the fish with soy sauce?

は能力を尋ねるので、レストランで、調理法をリクエストする時にさえ、使わない、
20年程前、ラジオ英会話で、マーシャ クラカワさんが、「キッパリ」いってました。
こういう時に、受動態が登場して、

Can the fish be cooked with soy sauce ?

となるのだそうですよ。
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agent(動作主)をぼかす、あるいはagentには関心がないことをほのめかす言い方ですね。これなら角が立ちませんね。

そういえば最近こんな問題文に出くわしました。

You are wanted on the phone.

こういう言い方をするのですかね、面食らいましたが、受動態の文としては好例ですね。
誰からかかってきたかはどうでもいい、とにかく電話に出てもらいたい。「(かけてきたのはだれか知らないけど、あなたに)電話だよ」。
会話文に慣れる必要を感じました。
by ebisu (2015-03-21 10:53) 

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(162): S
合格先生、sit とsitting のその教え方まずいです。はっきり言って、理屈が先行した結果のまちがいですよ。


1つに、現在形。

確かに、過去、現在、未来を通じて、なのですが、なぜそうなるのか?淡々と告げるものだから、臨在感がないのです。

私の小話に、ebisu さんが「過去形だったら、その場で見ていたよう」とコメントくださいましたけど、まさにそのとうりで、現在形で書くことで、事実性が薄まるのです。

逆に、現在分詞の肝は動作実行中で、
1.動作の着地点に向かう場合

  死にかけている、とか、いまとまるとこ  ろとか、

2.実行中の動作だよ、に意識がある場合

  理屈は面倒くさいので、赤毛のアン
Chapter 2から

  She was sitting there waiting
for something or somebody ………

3.実行中の動作がこのまま継続していく
  場合

  I 'm leaving for Tokyo next year .
(今の流れで行くと、東京に行く)

  I leave for Tokyo next year.
  (行くことが確定)

by 後志のおじさん (2015-03-21 21:54)

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(163): E
合格先生のsitとsittingの解説についてはわたしもオブジェクションありです。大事なポイントですから、なぜなのか英文法のaspect概念から説明します。中学生はaspectは習っているのですが、その概念について授業で整然とした説明がなされていないのが現実です。

現在形の用法はきわめて限定されたものなので、要注意ですね。中学1年生の教科書の中で現在形がやたら使われているので、いろいろな場面で使うことができると誤解してしまいます。それは生徒だけではなく、先生たちも同様だというのが現実ではないでしょうか。
現在形の用法を学ぶのは高校1年生になってからです。「普遍的な真理」「習慣」「繰り返されること」を現在形で表現すると習います。

>それで、現在形というのは、過去・現在・未来である程度継続性をもったもの、ということで、そこから過去や未来が切り離されたものが進行形になる、という感覚です。

この説明は英文法上問題ありとわたしは感じます。
現在形は時間が経過しても変わらないものという感覚があります。だから習慣的に繰り返されることも、過去・現在・未来を通じて変化しないので現在形で表現する。継続性という意味合いは現在形にはありません。変化しない、不変という感覚です。

I brush my teeth and wash my face ・・・

The sun rises in the east.

太陽が西から昇るわけはありませんから。不変だというだけで、過去から継続しているという意味合いはないのです。過去から現在まで継続しているというのは完了相です。そして過去・現在・未来を通じた継続性なら、進行相となります。この当たりが日本語と英語はかなり違っています。aspectという概念が日本語にはありません。必要ないからです。この辺りは日本語の曖昧性がやわらかく包んでニュアンスとして伝わるようになっています。日本語の優れた特性の一つに数えていいでしょう。単数や複数も日本語では区別する必要がありません。これらは日本語の(いい意味での)特性です。それで十分話が伝わるのです。

英語は事情が違うので、aspectを状況に応じて使い分けます。進行相は過去のある時点から現在までの継続と未来へのさらなる継続を表しています。基本的には「~している最中」でしょう、まだ終わっていません。

The water is boiling. Can you turn it off?

Water boils at 100 degrees Celsius.

進行相はすでに始まっていて終わっていないという感覚があります。だから、be going toよりももっと確実な感じの未来に使われます。
後志のおじさんが例に挙げた文がそうです。

> I 'm leaving for Tokyo next year .
(今の流れで行くと、東京に行く)

この文は話し手がすでに飛行機の切符を購入を完了している場合などが想定されます。

映画の上映時間や公共交通機関の時刻表などのようなものは、始まる時刻が未来であっても、利用者のほうから見ると「不変」である感じがあるので現在形が使われます。

進行相は過去や未来から切り離されているのではなく、過去と未来をつなぐブリッジのようなものではないでしょうか?「~している最中」、すでに始まっていてまだ完了していないという感覚で使われます。

進行相と完了相の二つのaspect(相)の存在、そして現在形との使い分けは英文法のキモのひとつです。
by ebisu (2015-03-22 01:01)

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(164): G
後志のおじさんへ

そうなんです。おっしゃることはよくわかります。ただ、例えば、ここに後志のおじさんが提示してくれた説明を、中1の進行形を習ったばかりの生徒が理解できるかどうか、というところが問題なんです。

これ、数学だと、概念がはっきりしていて、小6までは、4-6はできない、って習いますし、中3まではルートの中のマイナスはない、と習うんです。でも、英語は中1の初めから包括的な概念を理解してもらいましょう、ということでは、さすがに無理があると思うんです。
もう一つは、指導上の問題で、抽象的な概念を先行させても、子どもたちは理解できないんです。もし、それが可能なら、数学の証明が難しいという話にはならないんです。

ですから、どうしても具体的な個別な内容を積み重ねていくことを先行させたり、抽象的な概念を、なるだけシンプルにしてあげて、そこでイメージづくりを練習させたり、こういうものが必要になってくるのが中学校英語ではないか、と思っているんです。
ここが高校英語と全く違う面なんです。

ですから、例えば、ある建物を指さして
I work here.
I'm working here.
と言ったときに、この違いについて、述べよ、というのが、中1に求められるレベルかどうか、ということなんです。確かに単語や文法は中1内容ですが、中1の現在進行形を習ったばかりの子に、そこまでは、たぶん、求めていない(中には理解できる子もいるので、その子には個別に与えるかもしれませんが)でしょう。

ただ、本来、指導法としては
「具体→抽象」と進むのが一般的ですが、英語は、言葉のニュアンスや概念がどうしても絡んでくるので、それを先行させるような教え方が随所に出て来ざるを得ない。そこで、後志のおじさんのお力をお借りできれば、と思っているんです。

自分が先に書いた
「as はイコール」もそのパターンで、中学校はまず、ここまでで対応できるもので勝負しておけ。それから概念が広がるものについては、高校に行って勉強してもらおう。ただ、中学校の段階では、そのイメージを使って英語から日本語のイメージをつかむ練習をさせておこう、という狙いなんです。
こういった線引きができるものはしてしまって、その枠の中で(数学でいうルートの中のマイナスはない、と同じような感覚で)勉強させられないか、と考えているんです。
by 合格先生 (2015-03-22 01:26) 

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(165): G
それから、canについてなんですが、自分が考えているのは、もしも、能力を表す、ということであれば、
I can play the piano.
で、おかしなことは起こらないはずなんです。ところが、何か追加情報が必要、ということであれば、
I can play the piano.
だけの場合、自分たちが考えているのとは、違うニュアンスの何かがある、と考えなければ、つじつまが合わないんです。

そして、もしもこれが授業の形になった場合、
「I can play the piano.
には、これだけだと○○○という意味になってしまうから、もしも、こういうことを言いたければ
○○○
というふうにきちんと説明を追加しなければ駄目だよ」

という説明になるはずなんです。要するに

原因・理由を述べて

結果を身に着けさせる

という授業本来の形を(もちろん、理由なく覚えなければならないものもありますが)作れるようにしなければならないんです。
ですから、
I can play the piano.
だけを聞いた場合、ネイティブはどういう意味で捉えるのか、ぜひ、知りたいんです。

もしも、ピアノのあるホームステイ先で
I can play the piano.
と言ったときに、ピアノを指さして、
「そこにあるから、どうぞ」
というリアクションをしたら、きっと「今」という概念が入っていると思うんですが、そういう事例は探せません。何か、ヒントになる行動があればいいんですが。

それから、もう一点 Can you~の話なんですが、
「できる?」と聞いても「今、できる?」と聞いても、結局、どちらも能力のことを聞いているということに変わりないんです。
そして、単に能力のことを聞いているのであれば、自分が外国に行って
「日本語話せますか?」
と言われても不快にはなりません。日本語を話せそうな人を見つけたんで、話しかけてきたんだろうな、くらいです。

ですから、もしも、
Can you~はフランクな言い方だから、場合によっては「できるのかよ」と、ちょっと馬鹿にしたニュアンスになる、ということであれば、そのことを教えるべきだろう、と思うんです。

ちなみに、今まで、英語の教師が逆切れした主な原因はここなんです。つまり、原因に当たる部分の
I can play the piano.
の単独の意味だったり、
Can you~
が持っているニュアンスだったり。
これを聞いても、パッとした返事が返ってこなくて、なんかぼやけた感じで、さらにそこを追及すると破裂するみたいです。
by 合格先生 (2015-03-22 05:34)

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(166): S

私が、いままで書き込んだことは、全て中学生に説明していることなのですが、これでは理解できないのでしょうか?

Is as tall as mom.

前のas は高さの面でと話を向けるんだよ。
後のas はmom を基準にして。

全体で、高さの点(←これが前のas )でお母さんと同じ(←これが後の)

つまり、お母さんと背の高さが同じだ。

まあas にはいろいろな意味が辞書には出ていてね、高校入ったら死ぬほど苦しむけど、中心になってんのが「基準」だな。これに、訳語をのっけて理解していくようにね。

ついでに言っておくと、前のas は副詞。これは別に覚えなくていいけど、後のas は接続詞でね、mom のところに「彼女」と入れたいときは、as her ×でas sheとしないと高校のテストでは×にされるから。

じゃあ、

I'm as tall as mom.

I'm as tall as she is tall. この2つの文最低30回声に出して読んで、見なくても書けるようにして来ること。

よほどの、低学力でないかぎり問題集やらせたらできるようになりますけどね。


進行形にしても、~ing っていうのは、

1.動詞の連体形で、単独では動詞の働きをしなくなるから、be動詞とセットになる

2.動詞の実行中をいう。日本語の「~ている」には、状態をいう場合と実行中をいう場合があるが、ingは状態には使えない。

これ位の説明、中一でも充分に理解しますけど。
合格先生の「厄介さ」がどこにあるのかがやっとわかりました。
合格先生、英語を人の話す言葉としてみていないですね。何やらコンピューター言語のようにとらえたいのでは?

人が用いる言葉は、完全に周囲から切り離されて存在することはありません。私が質問に答えている時も、どのような場面での発話なのか?をいろいろ想定しながら書きます。
能力や個人的なことを聞かれたり詮索されるのを、日本人より遥かに嫌う、何か、言葉を言って、補足するように言葉を重ねる、彼らの文化的背景です。彼らは、この文化的背景にのせて言葉を聞くのです。

Can you ~?だけでどうとらえられるか?

わかりません。
今のことが、出てくるのか、今度の日曜のことが語られるのか、誰が、誰とどのような場面で話しているのか?発話者は何をしたいのか何も情報がありませんから、判断のしようがないです。

by 後志のおじさん (2015-03-22 07:09) 

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(167): E
なるほどね、お二人の議論を聞いていて、鈍いわたしもだんだんわかってきました。

学問的な話はおいておいて、中1の生徒にどのように教えるかという問題なのですね。
合格先生は、数学を例に取り、中1の生徒に無理数の説明は無理、つまり正方形の対角線の長さは説明不能だから、話題には出さないという立場。譬えとしてはじつにわかりやすい。

後志のおじさんは、一つ一つ例にとって中学生にもわかる説明を試みてくれています。
たとえば、asを例にとって副詞のasと接続詞のasを区別して教える。副詞や接続詞という文法用語くらいは中学1年生でも十分理解できるから、そこまで踏み込むべし、という意見。
そして、進行形については「進行相」という英語独自の便利な文法用語には触れないで説明を工夫する。
「単独では動詞の連体形」だというのはユニークな説明ですが、その通りですね。「動名詞」という英文法用語を使わずに中1の生徒に説明できます。動詞の連体形は小学校で習いますか。単独では連体形で名詞化してしまうから助動詞のbeとセットになって使われるというのは絶妙な説明です。
現在形と進行形の使い分けについても同じ動詞leaveを使って、中1にわかる程度の文の例示をしてくれました。

英文法の参考書では高校用のものでないと出てこない事項でも、工夫すれば中学1年生に理解できるレベルで解説ができるというのが、後志のおじさんの意見にみえます。そしてその具体的な方法を垣間見せてくれました。

文科省は学習指導要領は最低基準だとのたまわっています。それゆえ、それ(最低基準)以上のことを各学年で教えろと2年前に方針転換をしました。
ところが学校現場では切り替えがなかなかできないようです。ベテランほどいままでの教え方を改められない。毎日、毎週、毎年同じことを繰り返して教え続けて十年以上もたつと、一つの型ができてしまって、その型を脱ぐことができなくなるから、ベテランほど対応が難しくなる。

塾では理解できる生徒には、中学生でも高校の範囲まで教えてしまいます。文科省の学習指導要領は単なる参考にしかしませんから、生徒のレベルを判断してあるいは反応を見ながら、高校生レベルに入り込んでも、大学レベルでも一向に差し支えありません。
わたしは、個別指導をしていることが多いので、生徒に合わせて説明のレベルを調整しています。使えるものなら何でもアリの立場です。いろんな先生がいたほうがいいと思いますからね。学校と似たような説明ばかりでは塾に来て勉強する意味も楽しさもない、そして知的興味の充足度も低いものになってしまいます。それではいけないというのがebisuの基本的な立ち位置です。教えるわたし自身も日々楽しみたい。

多少強引過ぎるまとめ方をすると、中学1年生に、高校の内容まで含む事柄を、そこに触れずになんとか説明するのか、中学生にもわかるような説明を工夫して踏み込んだ説明をするのかという、具体的な指導方法の問題の違いがはっきりしたようです。

中学生や高校生のために、管理人がお二人の議論の要点をかいつまんで解説してみました。

議論の最後のところで、後志のおじさんが面白いことに言及しているので、とりあげてみます。

-------------------------------
合格先生、英語を人の話す言葉としてみていないですね。何やらコンピューター言語のようにとらえたいのでは?

人が用いる言葉は、完全に周囲から切り離されて存在することはありません。私が質問に答えている時も、どのような場面での発話なのか?をいろいろ想定しながら書きます。

能力や個人的なことを聞かれたり詮索されるのを、日本人より遥かに嫌う、何か、言葉を言って、補足するように言葉を重ねる、彼らの文化的背景です。彼らは、この文化的背景にのせて言葉を聞くのです。
-------------------------------

文化的な背景あるいは思考法の違いが現れていると思われる例を挙げます。前置詞(英語)と助詞(日本語)の使い方の相違、あるいは意味のすれ違いについての典型例です。

The sun rises in the east and sets in the west.

The sun rises from the east and sinks to the west.

英作文では1番目は正解ですが2番目の文は間違い。

日本語の感覚では「東から昇って西へ沈む」となりますが、英語では「東の空に昇って、西の空に沈む」。

二つ問題があるように感じます。日本語の「から」に対応するのはfromだけではなくinも対応している。ここだけ見ると日本語の「から」と英語の前置詞は「1対多対応」です。実際には「多対多対応」ですから、わたしも含めてその選択にいつも迷います。知っている範囲は問答無用にそれを使いますが、では理屈を言ってみろと問われると、論理的な説明にはどこか無理があり、破綻がある。
二つ目の問題は「沈む」はなぜsinkではなくてsetという動詞を使うのかということ。

日本人は太陽は東から昇って(根室の場合は)西の水平線に沈みます。太陽の動きを連続体としてイメージしています。英語では東の空に昇って、西の地平線の下に沈んでしまう。なにか闇の世界に太陽が隠れてしまうような感覚が伝わってきます。失われた太陽が朝になるとまた東の空に現れる。
太陽に対する受け止め方の差が文化的な背景をもっているようなきがします。

「東から昇って西に沈む」がなぜfrom~toではいけないのか、疑問に思う中学生や高校生がたくさんいると思います。

どうかお二人の楽しい議論で救ってやってはくれませんか?もちろんわたしも含めて・・・

(fromとofについて後志のおじさんに小話をお願いしましたが、fromについてはこういう具体的な疑問がありました。)

by ebisu (2015-03-22 08:48) 

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(168): H
>ラジオ英会話で、マーシャ クラカワさんが、
   ↓
canを取り上げてゲストとトークしていました。その中の一部ですが、安室奈美恵の大ヒット曲♪キャン・ユー・セレブレイト♪の歌詞に二人でイチャモン付けてるんです。

マーシャ(実際は英語)
「我々ネイティブは常に次に来る言葉を予測しながら読み聞きしていますよね。ダレダレと来ればドウするの?ドウスルと来ればナニを?とか。更に、それってドコなの?イツなの?ナンデなの?とか。だから♪キャニュセレブレーイト♪って歌われればクエスチョンを持ちながら聞くわけですよ。それなのに♪キャニュ~♪と次の歌詞へ行ってしまう。そうすると我々ネイティブはストレスが溜まるんです。Can you celebrate...WHAT?」

最後の WHAT? はゲストも同時に言って二人で爆笑。

canを主題にしたトークでしたが、Can you celebrate...WHAT? は英語全体に貫通するネイティブ感覚を示しています。こんな小話が中1に限らず日本人には必要なのだと思います。

by Hirosuke (2015-03-22 09:33)

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(169): S
教える範囲を極限して、強い固定観念を形成させる。すると、後になって、別の側面が出てきた時に理解のじゃまになる。

だから、中学生にも、大学受験レベルのことまで話します。もちろん、理解できるように言葉や例を工夫して。ついでに、高校のいつ頃出てくるのかも言っておきます。

覚えるのは、この範囲でいい、と指定します。後は、雑談の扱いです。

でも、おもしろいことに、読み返しをやっているうちに、中学生範囲を超えた文例にも眼がいくのでしょうか?札幌の高校に行った子たちみんな、英語は得意科目ですね。

語のイメージも折に触れて、しつこく話すので、訳してから内容を理解するではなく、英語のまま理解して理解した内容に訳文をつけるクセが、出来上がります。


方角の前置詞ですが、
仮説と検証の結果、方角のコンセプトの違いだろうと、

日本語  線の向きが方角
英語   自分を中心とした円があり、内側からみた弧を方角ととらえる。つまり、広がりのあるものとして。

だから

in the east でありin this direction なのだと。

from やto だと、目的語が点的に把握されます。

by 後志のおじさん (2015-03-22 09:50) 
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(170): H
関東でしか不可能ですが、こんな実例を。
---------------------------------------
We are arriving at the Tokyo Disney Sea.
まもなく、東京ディズニーシーに到着します。
---------------------------------------
ランドとシーを繋ぐモノレールに流れる車内アナウンスです。

「遊びに行くんだー!」と言う生徒には「真剣に遊んで、ちゃんと聞いて来い!」と言ってます。

by Hirosuke (2015-03-22 10:06)

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(171): E
<from~toとinの用法について>

解説ありがとうございます。
------------------------------------
方角の前置詞ですが、仮説と検証の結果、方角のコンセプトの違いだろうと、

日本語  線の向きが方角
英語    自分を中心とした円があり、内側からみた弧を方角ととらえる。つまり、広がりのあるものとして。

だから
in the east でありin this direction なのだと。
from やto だと、目的語が点的に把握されます。
------------------------------------

天動説では天球が描かれますが、あのイメージですかね。地球に立っていて、天球を眺めるとなるほど角度は「弧」のイメージですね。天球の東の部分に太陽が出てきます。
方角は星とのかかわりで決められますから、方角に関してはinが使われる。そこが、直線イメージの日本語と違う。日本人が東西南北を言うときには、天球のイメージはありません。平面に東西南北の2直線がクロスしているさまをイメージしています。

さて、このような方角の捉え方の差異が、どうやら言葉の表現の問題と深く関わっていることがわかりました。そういうものを「伝統文化」とすると、言葉と文化は密接な関連があるということになります。
そういう言語表現あるいは言葉そのものの深いところで、日本の文化と欧米の文化は異質なものを含んでいるということです。言葉を構成している原子(?、譬えです)そのものが違うのかもしれません。一音一音の響きや五七のまとまりに重要な意味や根源的なリズムがある。

そういう言葉の原理のところから、企業や資本を儲けの手段と考えるか、関係するすべての人々が幸せになるよりどころであると考える(売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし)か、そんなところにも欧米と日本の価値観や言葉の違いが鮮明に出ているようです。
日本語で考えると、企業とはそこに集う者たちみんなが幸せになるためのよりどころです。生きとし生けるものあるいは自然物もみな同じという思想に辿りつきます。
自然と自然を対立物と見て、征服しようという考えは日本語からは出てきにくい。

こうしてみると、言葉の背後にある思考様式の違いが英語習得の障害の一つになっているようですから、日本語で類推すると違ってしまうという事例を羅列することも何かしら意味がありそうです。
by ebisu (2015-03-22 11:56) 

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(172): E
Hirosukeさん

安室奈美江のCan you celebrate?
Can you celebrate...WHAT?

何が出てくるのか待ち構えているのに、次の歌詞へ飛んでいってしまう。

---------------------------------------
We are arriving at the Tokyo Disney Sea.
まもなく、東京ディズニーシーに到着します。
---------------------------------------
載ったことがある人は、ありありとイメージできますね。
こういう引き出しをいくつも用意しておいて、いいタイミングで取り出してみせる、それも指導のだいじな小技ですね。いっぱいもっているほうがいいにきまっています。
by ebisu (2015-03-22 12:06)

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(173): E
>だから
>「雨ニモ負ケズ」
>は、英語にできない


「…だから」の…の部分がわたしにはよくわかりませんが、たしかに英語にしにくい日本語です。
では、「雨にも負けない」は英語で表現できるのか?少し脱線させてください。

「雨の中でも負けないくらいに頑丈な」という風に訳した人がいますので紹介します。弊ブログ#312にあります。
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300466753-1

雨ニモマケズ
Strong in the rain
風ニモマケズ
Strong in the wind
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
Strong against the summer heat and snow

丈夫ナカラダヲモチ
He is healthy and robust
慾ハナク
Free from desire
決シテ瞋ラズ
He never loses his temper
イツモシヅカニワラツテヰル
Nor the quiet smile on his lips

(この中に出てくるrobustという単語は、『風と友に去りぬ』でタールトン家の19歳の双子の兄弟、スチュアートとブレントの描写に使われたような気がします。)
by ebisu (2015-03-22 12:30) 

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(174): S
Hirosuke さんの、

Can you celebrate …WHAT?

を受けて、なのですが、

Strong in the rain

で What is ? と来ます。

三行続いて、

He is ………

あぁ、he is strong ね、でも、

Who is 'he '?

最後まで来て、やっと全体の

the kind of person I want to be

のことだとわかります。


日本語は、文末まで保留してしまう言語ですから、その感覚で読む分には違和感はありませんが、英語ネイティブが読むと、フラストレーションがたまるだろうなぁ。

だから、英訳しても、決して人気はでないだろうと思うのです。

by 後志のおじさん (2015-03-22 12:54) 

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(175): E
おかげさまで英米人と日本人の呼吸の違いがだんだんわかってきました。

息遣いが違うんですね。
たとえ宮沢賢治の詩を知らなくても、
「雨にも負けず」
そう聞いただけで、半分くらいの日本人は脳がシンクロして主語が人だと感じます。「負けず」という言葉だけで主語が人だと感じてしまいます。二つ目の、「風にも負けず」で100%の日本人が、主語が人だと確信するでしょう。フラストレーションは起きません。
主語を言わなくてもたった7文字の言葉の使い方でわかるんです。
五七五の17文字にも自然の情景や周りの情景そして日本的情緒が詠み込めます。それを読んだ人が同じ情景を脳裏に再現できる、日本語はそういう面白い言語なのだろうと思います。言葉を介して自然や日本的情緒とシンクロできるのが大和言葉、それが現代語の中に生き残っています。

古池やかわず飛び込む水の音
天秤や京江戸かけて千代の春
元日やおもへばさびし秋の暮れ
春立(たち)てまだ九日(ここのか)の野山哉
草臥れて宿かる比(ころ)や藤の花 (笈の小文より)

最後の句がわたしにはとても心地よく感じられます。日暮れが近づき疲れたところで道端に鮮やかな色の藤の花を見つけた。芭蕉の身体から疲れがすっと抜けていくのが感じられます。

曖昧だからこそ、たった五七五の17文字で無限の広がりを持つ情景や情緒を表現できるじつにユニークな言葉なのではないでしょうか。

>だから、英訳しても、決して人気はでないだろうと思うのです。

俳句も宮沢賢治の詩集も日本語でなければ伝わらないものを内包している。英語にしたら十分の一も伝わらない。
英米人と日本人の受け止め方の違いがよくわかりました、ありがとうございます。
by ebisu (2015-03-22 16:59)

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(176): H
実は最近、英語で俳句を作る機運が高まっています。

◆英語俳句の作り方◆
http://st.japantimes.co.jp/st_haiku_howto.htm

英語でよむ万葉集 (岩波新書)
リービ 英雄

英詩訳・百人一首香り立つやまとごころ (集英社新書 485F)
マックミラン・ピーター

英文収録 おくのほそ道 (講談社学術文庫)
D. キーン (翻訳)

by Hirosuke (2015-03-22 18:54) 

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(177): H
◆英語俳句の歴史◆
http://jphaiku.jp/rekisi/kaigai.html

俳句が海外に広まったのは、イギリス出身の文学者レジナルド・ブライスの功績が大きいです。・・・・

by Hirosuke (2015-03-22 18:59) 

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(178): E
閲覧してみました。
気に入ったのは最後のもののみ。
これは秀逸です。

Two light beams shining
where there were once Twin Towers-
my son, my daughter

言葉が即物的すぎ、日本語の俳句とはまた別のものという感じがします。
でも、詠む楽しみは同じようですね。

比較してみて思うのですが、日本語の俳句は音の規則が厳密で、五七調になると日本語が生き生きしてきます。日本語がもつ本来のリズムなのでしょう。
英語にはそういうリズムがありません。大和言葉の音素自体が五七調のリズムを秘めているように改めて感じました。
by ebisu (2015-03-22 22:34)

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(179): G
後志のおじさんへ

本当は、後志のおじさんの説明でオーケーで行きたいのですが、この説明だと、たぶん、個別・少人数で、その子の学力状況を考慮して話を進めない限り厳しいと思います。少なくても、30~40人くらいの全体指導で、~ingの方の説明は、完全にアウトの状況です。少なくても釧路では、「動詞」とか「連体形」という言葉が出てきた時点でダメです。「主語」と言った時点で、半分くらいの生徒がわからない状況ですから(ただ、主語の認識については、徐々に改善されつつあります)。この辺の状況は、Zapperさんに聞いてもらうと、きっと熱弁してくれると思います(笑)。

現状では、漢字検定で見た場合、7級(小学校4年生内容)あたりで躓き始め、6級(小学校5年生内容)でも思った以上の生徒が基準までいかないですから、小学校4年生を想定するとちょっと低いかもしれませんが、少なくても小学校5年生くらいに話す内容までレベルを落とさないとならない、というのが実感です。これは、釧路だけ特別なのかも知れません。
だから、学校の先生も教えるのが相当きついだろうと思うんです。それで、何かいい方法がないか、という話なんです。

それで、実際の英語の状況だと、例えば、教科書の最初のほうで
I am Akiko.
(私 です アキコ)
を並べ替えて「私はアキコです」という訳にします。
次に
I am from America.
(私 です 出身 アメリカ)
を並べ替えたときに
「私はアメリカ出身です」
「私の出身はアメリカです」
どちらもオーケーになります。こんなふうに習います。

すると、どういうことが起きるかというと、2つめの方の例を見てもらえばわかるように、主語も何もかもぐちゃぐちゃですから、生徒は「英語というのは、日本語と同じ意味の単語が順番を変えて出てくるんだ」という感覚になってしまいます。
するとI my meもきちんと覚えないようになってしまいます。結果、子どもたちに英語をやらせると、自分の知っている単語だけを適当につないで、勝手な訳を作る~文章がちょっと長くなると、それこそグチャグチャの訳になってしまいます。
こんな感じです。釧路で1番手の湖陵でもこういう感覚の子がそれなりにいます。
ちなみに、こういうのを自分は「指導上の問題」と言っています。この点に関しては、生徒に罪はないだろうと思うんですね。

子どもたちの低学力に加え、指導がこうですから、北海道の公立高校入試の最初の問題で
My name is~のMyを書かせるような問題が出るんでしょうね。

そこで、自分はbe動詞を「です」で教えるな、ということを言っているんです。要するに1単語につき、1訳語を当てて並べ替えをするようなことをすると、生徒の感覚が狂うからなんです。
そして、be動詞の段階できちんと「~の状態になっている」「~の状態で存在している」で説明をしておいて
I am Akiko.
で、「私はアキコという名前になっている」「私はアキコという名前で存在している」という意味から「私はアキコです」という訳がついた、と教えておけば、最終的に「訳だけ覚えてしまう子が出た」としても、少なくても英語と日本語で言葉の感覚が違う、ということは理解できるんです。
さらにこの後、be動詞が文頭にくる命令文
Be quiet.
が出てきて、be動詞の感覚がすっきりしない生徒がいたら、「辞書を引いてみろ」とquietを調べさせて「静かな」という訳語を出させ、「命令で 静かな! って言うのはおかしいだろ。この場合は静かな状態になりなさい、という なりなさい が必要だから、be動詞が入るんだ」くらいの説明になります。
ところが、be動詞をきちんと教えておかないと、この説明は利きません。「静かなです!」って変だから。そして、この説明ができないと、主語を外して動詞の原型から書く、しか説明の方法がないので、生徒も意味がわからず、フラストレーションがたまる、ということになります。こういうふうに、後々の説明を考えて、その時点でやっておかなければならないことを逆算で捉えていくということが指導で大切になってきます。こういう方法を考えていかなければならないんです。
ちなみに、ここは、今に始まったことではなく、自分たちが中学生のときも同じでした。

このように、「子どもたちが、適当に英単語をつなげて訳をやっている」という現象が起きている場合、現象には必ず原因があります。その原因を追究して、そこを改善しなければ、子どもたちの間違いを根本的に直すことができないんです。

同様に
I can play the piano.
でおかしな現象が起きているなら、その原因を突き止めて、その根本を直さなかったら、いつまでも、おかしな例文で授業を続けなければならない、ということになります。それはまずいでしょう。少なくても、これを習った人は、そのまま使っているわけですから。
by 合格先生 (2015-03-23 06:12) 


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(180): S
問題のありかを、ずらした書き方をされると何が聞きたいのかわからなくなります。

後志は、釧路以上の低学力の地ですから、4生以下のレベルの中学生も紛れ混んでいます。かなりを救ったやり方は、

am, are, is は、日本語の

何が、なんだ。どんなだ。いる、ある。文のマーク。
動詞は、何がどうする。

英文を書いて、動詞のところを四角で囲ませる。
英語の語順のまま日本語に落とす。be 動詞だったらbe 動詞をそのまま書いてもいい。そこを四角。
英語の語順のまま内容を考えさせて、その後に訳を書かせる。
訳文を言うことはしない。なぜなら、英語ができない人は、「訳してから内容を考える人だから」。
間違っているところだけ赤を入れてやる。

30回音読と10回書き練習は絶対にやらせる。
3カ月たっても壊滅状態なら、英語はやらせない。

前に書いたとうり、
日本語のわからない人に英語を教える方法は知りません。
文法用語は別にして、「動作実行中」もわからないのでは、何をやっても無駄です。

by 後志のおじさん (2015-03-23 07:32)

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