#2937 『資本論』と経済学(3):「円安はいいことか?80⇒120円/$の威力」 Jan. 27, 2015 [A1. 資本論と21世紀の経済学(初版)]
1. <円安はいいことか?:80⇒120円/$の威力>
団塊世代のわたしが大学3年のときの時事英語の授業は土曜日午前中で、前日に発行された毎日ディリーニュースの社説をテクストにとりあげていた。夏休み明けの最初の授業の社説に載っていた、‘foreign exchange rate’ という用語を先生は「外国交換比率」と訳した、生徒から「なんのことか先生はそれでわかるんですか?」と質問され「???」、英単語を一つずつ日本語に置き換えただけ、先生は経済専門用語を知らず外国為替の仕組みについても知識がなかった。ところが扱った記事は固定相場制の終焉と変動相場制の幕開け告げる通貨制度変更に関する社説だった。
周辺知識やある程度の専門用語に関する知識がなければ英文の経済記事は読めない、それは医学記事でも、会計基準に関する記事でも同じことである。
“外国為替相場”という日本語を知っていたら、通貨市場での各国通貨の交換比率=相場だと見当がついたのではないだろうか。日本語は便利だ。基本漢字がわかっていれば理解できる専門用語が多い。しかし「為替」は使われている漢字から意味がつかみにくい専門用語だから、金融関係の人以外は馴染みがない言葉だろう。たまにはこういうものがある。
為替は日本の発明である。起源は中世だが、江戸期には商取引ばかりでなく、庶民がお伊勢参りにも大きな現金を持ち歩かず、為替を利用して現地でお金を受け取るというようなことが普通になされていた。江戸の両替商にお金を払って為替証書を手に入れ、それをもって旅行して大阪の両替商で金を受け取る。中世も江戸時代も大金を持ち歩くと山賊や盗賊に襲われるリスクが大きい時代だった。証書を交わすから「交わし」といったようだ。国内で行われるのを内国為替、海外との取引決済を現金授受を介さずにやる仕組みを「外国為替」という。その際に使われる二国間の通貨の交換比率(相場)を、外国為替相場という。為替制度は「日本原産」である。
日本語でも専門用語には漢字の字面からわからないものが少しだけあるが、英語は殆どが見当つかない、例を挙げてみよう。Leukocyteをみてすぐに意味がわかる人は、医療関係の仕事に従事辞している人だろう。Leukoは白を意味するラテン語かギリシア語で、cytoは細胞や球を意味する。white blood cellと書けば誰でもわかる。日本語で白血球と書いてわからない中学生はいないが、米国では普通の中学生はleukocyteやleukemiaの意味を知らない。
英語の専門用語はギリシア語やラテン語の接頭辞や語幹や接尾辞からできているから、「一般人」には理解しづらい、その点日本語はよくできている。誰でも知っている基本漢字で専門用語が組み立てられているから、2000字あまりの基本漢字(たとえば、常用漢字は2136文字)の意味さえしっかり押さえておけば、類推ができる専門用語が殆どである。
このことから、義務教育を終えたら専門書が読めるという基礎学力を前提に、小学校で1000字、中学校でさらに1000字、合計2000字を中学校卒業までに漢和辞典で調べ終わるという具体的な目標ラインを生徒に示していいのではないか。
さて、具体的なやり方について一言書いておく。調べた語に線を引き付箋をつけさせれば、付箋が増えていくのが楽しくて、教科書だけでは飽き足りずに、知らない語彙の出てくるような本を読むとか、漢検問題集にトライして新語に出遭う機会を増やしたくなる。漢和辞典や国語辞典が付箋だらけになるのは楽しい。
極論を言うと、基礎学力がしっかりしていれば高卒でもたいがいの専門書は読める。団塊世代までは、高卒でも基礎学力の点で大卒に引けをとらない者が一定の割合でいた。社会人になったときに仕事に関連する専門書を読んで理解できるかどうかは、その人のその後の人生を分けることになる。基礎学力が低ければ、大卒だって仕事で必要な専門書を読むのに支障をきたす、基礎学力の威力侮るべからず。わたしは、専門書を独力で読みこなすことのできる学力を「社会人に必要な基礎学力」と定義したい。
さて、本題は為替相場が円安になっていることだった。12月22日に120円/$を超えた。第二次安部政権の誕生は2012年12月26日のことである。その直前2012年11月は80円/$だったから、2年と2ヶ月前に比べて50%の円安。80円/$と120円/$を比べてみても生活実感がわかないから、生活実感のある商品、ガソリン価格で考えてみたい。ガソリン価格は当時レギュラーだと148円/ℓだった。11月にガソリンを入れたときには151円/ℓ(レギュラー)だったのが、12月26日には141円/ℓ、1月17日には131円/ℓ。原油価格(ブレント)は2012年11月に108$/バーレルだったが、2014年11月は78$である。12月に入って60$台を動いている。NY原油先物市場は2015年1月5日50$を割り込んだ。
====================================================================================
問題:為替レートが2年前の80円/$のままで原油が60$/バーレルだったとしたら、ガソリン価格がいくらになる?
(a barrel of oil is equal to 159 litres )(計算式は脚注にある)====================================================================================
簡単な比例式でだいたいのところがつかめる、計算精度としてはそれで十分だ。比例式は昨年から小学校6年生で習うように変わった。こういう円安の影響を自分で確かめるためにも小学校6年あるいは中学1年程度の基礎学力がなければならない。社会人となって生き抜くためにも中学卒業程度の基礎学力は身についていなければならない。住宅ローンだって売り手や金融機関の営業の言いなりではいけない、自分で条件をいくつか変えて計算して確認しなければ、10年たたないうちに自己破産の憂き目に遭いかねない。
リーマンショックで問題になったサブプライムローンは、プライムローンで借り入れができない低所得者向けの金利の高いローンであるが、銀行と不動産金融会社がグルになって低所得層を狙い撃ちにしたものである。自分で借金返済の計算ができない低学力層は結局だまされて、彼らの餌食となった。自分で計算して確認できるだけの基礎学力があれば自己破産が防げたし、リーマンショックも起きなかっただろう。不動産担保ブプライムローンは貧困と無知に付け込む商法だった。日本ではそういう商法は嫌われる。伝統的な商道徳では「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」である。
計算結果は44.4%の値下がりで、レギュラーだと72.2円/$ということになる。私たち日本国民は円安によってバカ高いガソリンの購入を余儀なくされていると言うこと。灯油(12月請求分が98円/㍑)も同程度値下がりしただろう。日銀の円安誘導がどれほど国民生活にダメージとなっているかを理解するには、為替相場と物価の関係、すなわち経済に関する若干の知識と基礎学力(読み・書き・そろばん)が必要である。
あてにはならないが、専門家の予測によると、中国やインドそして欧州の景気が悪いので需給が緩み2015年度は60$台を推移するという。
(米国のシェールガスやシェールオイルは長期的には多少問題ありだ。ひとつの油田やガス田の生産量が10年で100分の1に減少することと生産に水が必要なのだが、水利権の事情が米国は特殊で新規参入組みは渇水期には取水できない。)
円安というのは日本の国力の低下、円高は日本の国力の上昇と考えたらいい。
円安を経済政策の柱に据えるということがどんなに莫迦げた政策かは、国益の観点から考えてみたらわかる。円安は日本の国力を弱体化させるということと同義である。
米国はいつでも「強いドル」を標榜している、それが国益にかなうからだ。ドル高になれば米国政府と米国民は世界中から資源や製品を安く買うことができる。ドルが半値になったら米国は同じ量の資源や製品を買うのに2倍のドルを支払わなければならない。
日本がゼロ金利と異次元の量的緩和をして円安を演出してくれたから米国政府と米国民は大喜びだ。しかも余剰のドルで米国財務省証券を100兆円も購入してくれている。日本が稼いだお金はドルとなって米国にそっくり戻っている。これほどお人よしの国民は世界中に中国人と日本人だけ。米国財務省証券を買わずに金を買うべきだ。
(金の価格:1975年は200$以下、2014年は1266$)
円安が日本国民生活にとっていいわけがない、輸入品の価格は安倍政権前に比べて円価換算ですでに1.5倍に上昇している。釧路港に陸揚げされる米国産穀物飼料は1.5倍になって、乳価は上がらず、酪農家は泣いている。輸出産業の一部の好業績の背後で輸入産業は製品の値上げをせざるをえなくなり、売上数量が激減、中小企業はコストアップ分を製品価格に転嫁できずにあえいでおり、とても賃上げどころではない。景気が好いのは全産業の12%を占める輸出産業のそれも一部だけである。トヨタ本体とトヨタの取引企業の業績を代表例としてみたら、事情が呑み込める。
------------------------------------
【トヨタ自動車と下請けの事例】
#2892より抜粋(加筆修正済み) 嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科黒瀬直宏教授の論を紹介
大企業の好業績が中小企業に及んでいないのは、大企業が生産拠点を海外に移してしまったからである。円安の恩恵を受けているのはGDPの12%を占める輸出産業の一部だけ。
たとえば、トヨタグループ16社の70%で2013年度の売上が2007年度の売上に達していない。トヨタは10-3月期の取引については部品単価の切り下げを求めないことに決めた。
トヨタの2次下請け以下は国内に3万社ある。トヨタ本社だけが史上最高額の利益(2014年度当期純利益額は1兆8230億円、前年比2倍)を更新して、子会社、関連会社そして取引先企業が青息吐息では社会的な批判をまぬがれないから、先手を打ったということ。
取引先に毎年単価切り下げを求め続けてきた「トヨタ看板方式」が結果として、取引先の競争力と売上増大には寄与したが、2008年度以降は取引先の業績を圧迫するのみで、このまま取引先が倒れていけば高品質で低単価の部品供給先を失い、長期的にみればトヨタ本体が傾くことぐらいはトヨタの取締役ならずとも想像がつく。
トヨタ一社を見ても大手輸出企業の好業績が3万社ある関連会社や取引先にはまったく及んでいないことがわかる。安倍総理の説明ではトリクル・ダウン(trickle down effect*)で川下の中小企業の景気がよくなるはずだったのではないか、事実はまったく違っている。
(安倍総理は経済音痴ですから、安倍政権の経済政策ブレーンの浜田宏一内閣参与に問題があるのでしょう。小泉政権時の竹中平蔵並みかもしれません。労働規制を解除してちゃっかりリクルート社の会長に納まっている。竹中氏が金融実務がわからないので手下に使っていた元日銀マンの木村剛は、日本振興銀行刑事事件で2010年に有罪判決がでている。)
人口減少が始まったのと、生産年齢人口が総人口よりも加速的に減り始めたので、国内市場が急激に縮小しだしたのが痛手。トヨタの国内乗用車生産台数は2007年度の384万9353台がピーク、2014年度は300万台ぎりぎりになる。若者が少なくなっているうえに、車は要らないという若者が増えているのだから、乗用車の国内市場は急激に縮小しつつある。
*trickle down effect: 「富める者が富めば、貧しい者にも富が滴り落ちるとする経済理論。サプライサイド経済学の中心思想とされる」。サプライサイド・エコノミクスとは、供給力を強化することで経済成長できるという牧歌的な経済理論。
2014年5月10日の日本経済新聞記事によると「トヨタ自動車は、2014年5月8日に開いた2014年3月期(2013年度)の連結決算の発表会場で、年間の国内生産台数について「今後も300万台をめどに維持していこうと考えている」(同社取締役副社長の小平信因氏)と語った。…2013年度の国内生産台数は335万6899台…2014年度の国内販売台数の見込みは221万台だから、「需要のあるところで造る」という現地生産の基本を踏まえると、国内生産は約100万台の“過剰生産”とみることもできる。」
25年後の2040年には購買年齢層の生産年齢人口が5786万人に減少するから、このままでは国内販売台数は120万台を割るだろう。日産が2014年度の国内販売台数が100万台を割りそうだが、それに近い規模になる。国内の生産拠点が品質改善の素であるから、国内生産台が半減したら新車開発力が大きく低下する。トヨタを支えているのは3万社もある下請けである。仕事量が激減すれば廃業が増える、優秀な下請け企業が廃業していけば、高機能部品の安価な調達ができなくなる。下請けの経営が立ち行かなくなって高性能で品質が安定した部品供給が細れば、トヨタ車の信頼性も揺らぐことになる。
記事中の「2013年国内生産台数」には乗用車にトラック・バスの合計台数になっているので、わたしが書いた「乗用車生産台数300万台」とはベースが違うことに注意。トラック・バスはおおよそ30万台弱の生産量である。黒瀬教授の論は牽強付会なところがあるので要注意。データを調べてみたら、トヨタ連結ベースの決算は2007年度が特別によくて、その後3割も売上が落ちている。
2007年度 売上高26.3兆円、純利益1.72兆円 117.75円/$
2008年度 売上高20.5兆円、純損失4369億円 103.35円/$
2009年度 売上高18.9兆円、純利益2094億円 93.57円/$
2010年度 売上高18.9兆円、純利益4081億円 87.77円/$
2011年度 売上高18.5兆円、純利益2835億円 79.80円/$
2012年度 売上高22.1兆円、純利益9621億円 79.79円/$
2013年度 売上高25.7兆円、純利益8609億円 97.59円/$
2014年度 売上高26.5兆円、純利益2.0兆円。 120.66円/$(2014年12月29日)
このデータから言えることは、連結決算ベースのトヨタの売上高は為替レートの影響を無視できないということ。たとえば、2007年度と2008年度が同じ為替レートだとすると、2008年度の売上高は、次の計算になる。
20.5兆円×117.75÷103.35=23.35兆円
もちろん、国内売上は為替レートに関係がないから、米国などの外貨売上分が換算されているに過ぎない。トヨタは海外売上のシェアが高いから、為替レートの影響の概要を掴まえるにはこれで十分だ。2008年、2009年と、2010年、2011年と続いた円高が円価換算売上高の撹乱要因となっている。同じような計算を2011年度と2012年度に適用すると、2007年度の売上高を上回る。
18.5兆円×117.75÷79.80=27.3兆円(2011年度)
22.1兆円×117.75÷79.79=32.6兆円(2012年度)
2014年度の売上高26.5兆円は円安で円換算売上高が膨らんだだけのことだ。売上高の実質的な内容は2012年度や2013年度よりも悪い。
ドルベースの連結決算では2012年度の売上高が最高額を記録している。2014年度がドルベースでは売り上げ減少なのに利益が増えているのは、国内生産で輸出されるのが100万台(完成車ベース)ほどあるほかに、高機能部品の輸出が寄与しているからだろう。大企業(トヨタ本社)がコスト低減を要求して中小の取引先企業をいじめているという構図は確かにあるだろう。しかしイレギュラーなデータを何もコメントせずに取り上げて、読み手が判断を誤るような「誘導」は慎むべきである。
さて、黒瀬教授の論に戻ろう、かれはトヨタの子会社・関連会社や取引先企業3万社の売上が2007年度の売上数値を回復していないことを指摘しているのだが、2007年度をピークとしてトヨタ本体の売上自体が2013年度まで回復しないのだから、グループ各社への発注数量も減っていて当然で、トヨタ取引先の売上が減るのも当たり前だということ。特筆すべきことは、2009年に米国で起きたレクサスの事故訴訟で売上が一時的に激減したということ。
たまにこういうことがあるから他人の論を鵜呑みにしてはいけない、自分で元データを確認する必要がある。信用に足る学者の場合はその限りにあらず。
*「トヨタ自動車75年史」より
http://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/automotive_business/production/production/japan/production_volume/index.html**
外国為替の推移 (「世界経済のネタ帳」より)
http://ecodb.net/exchange/usd_jpy.html
------------------------------------
*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25
#3015 人工知能の開発が人類滅亡をもたらす:ホーキング博士(資本論と経済学-補遺1) Apr. 2, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-04-02
131 : x = 108 : 60
131(円/㍑)×60$÷108$=72.8(円/㍑)
にほんブログ村
コメント 0