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#2901 家庭の躾と学力:家庭内での言葉づかいに気をつけよう Dec. 11, 2014 [58. 家庭のしつけ]

 #2900に<余談>で追記した躾についての部分を加筆してこちらへアップします。

<家庭の躾>
 父さん母さん、爺さん婆さん、つまり家庭の躾も学力にとっては重要な項目だ。背筋を伸ばして坐ること、注意されたときにふてくされないこと、挨拶がきちんとできること、先生の制止に従うこと、目上の人への言葉づかい、嫌なことでも必要なことは我慢してやること・・・などなど。

<姿勢と挙措:中学時代の思い出>
 背ズジを伸ばして坐ることのできる児童は、集中力が途切れないし、疲れが少ない。背骨がまっすぐになって身体を支えているから、上半身の筋肉に負荷が小さくなっている。姿勢の悪い生徒は背骨がまっすぐになっていないから、身体を支えるために歪みに応じてからだの筋肉のどこかが引っ張られている。数分するとその筋肉の緊張を緩和しようと身体は自然に動くから、そのときに集中が切れてしまう。しょっちゅう姿勢がぐらぐらすることになる。授業参観のときに後ろから見て、背筋が伸びていない生徒がしょっちゅう身体を動かしているのが目に付くはずだ。集中力が数分と続かないからそういう生徒の大半は低学力層だと判断して間違いがない。

 剣道習わせたら姿勢はよくなる。2年上に剣道5段か6段の根室高校の先輩がいる、もちろんいまでも姿勢がいい。柔道と剣道は練習場が同じだから受身の稽古をしている横で竹刀を振っていた。その先輩の弟と中学時代からの親友なのだが、A中学校のブラスバンド部の指揮者だった彼は兄貴同様に姿勢がよかった。お母さんがなかなか躾に厳しい人だった。お邪魔するたびにebisuは畳に両手を突いてきちんと挨拶してから遊んだから、たぶん「お行儀のよい友人」の一人ということになっていた。(笑)
 もう一人、中学時代の友人がいる。C中学校の校長先生と同姓同名、名前の漢字が違うだけ。遊びに来ると、かならず両手を畳について母に「お邪魔します」と挨拶をしてから遊ぶ、夕方の新聞配達のバイトをしていたので時間になると、遊びをやめて「お邪魔しました」と両手を突いて挨拶をしてから帰る。お袋がべたホメだった。「○○君、きちんとしているねえ」とあいつが帰るたびに言っていた。いまは釧路の在住のようで何年も会っていない、いい奴だ。
 挙措は大事だね。あ、畳の部屋がない家が増えているんだ。躾は畳の部屋と関係のあるものが少なくないから、躾が難しくなっているのかな。畳の部屋で正座して座を改めると心もしゃんとする。
 信じられないだろうが、ebisuは小学生の低学年までは、寝るときに着ているものを枕元にきちんとたたんでから、両手を突いて「お父さん、お母さんおやすみなさい」と言ってから寝ていたんだ。
(当時は柾(まさ)屋根の木造家屋が大半で、火事が多かったからだ。近所が火事だとすぐに起きて服を着て避難しなければならない。実際にすぐ裏手で夜に火事があって真っ赤に炎が上がり、火の粉が飛んできたことがあった。造船所をしていた同級生の家が火事になったときは、道路の向かい側でみているのに熱かった。)

 親の躾はありがたいもの。
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挙措:立ち居振る舞い。おこない
 『大辞林』より
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<辛抱力を育てる>
 子どもや孫をだめにしたい父さん母さんそして爺さん婆さんは子供や孫のほしがるものをなんでも買い与えたらいい。ゲームが好きなら毎年誕生日に新しいゲーム機やソフトを買い与え、好きなだけ使わせてやったらいい。ねっころがってやったり、悪い姿勢で何時間もやり続けてもほうっておいたらいい。辛抱力ゼロの子どもが出来上がり、その子は大人になっても仕事で辛抱できない大人になる。辛抱できないからしばらくの間はどこに勤めてもきっとすぐにやめちゃうだろう。痛い目に何度も会いながら勉強していくことになる。
 好い子に育てようと思ったら、好き勝手にさせないことだ、辛抱させる、我慢させる。ゲーム機やスマホの使用はルールを設けて辛抱させる。夜9時になったらゲーム機もスマホもパソコンも親に預けて朝まで触らない。学校から帰ってきたら、どんなにお腹をすかしていてもまず30分は勉強させる。食事はその後だ。勉強が重要だということを身体で教える。すかせたお腹の食欲を制御して勉強するとわずか30分間でも辛抱力は育つし、勉強の重要性が身にしみて理解できる。
 小学校に入学する前は、親の言うことを聞かなければ容赦なくビンタしよう。体罰の際には怪我をさせない配慮は必要だ。

 今川義元が幼少期の徳川家康を人質として預っていたときに、養育係の部下にこう命令したという。
  「わかっているな、・・・、ほしがるものはなんでも与えよ」
 義元は家康の資質を見抜いていた。だからほしがるものを何でも与えてワガママ心を育てて、潰しておこうと考えたのである。

<言葉づかい>
 家庭内での言葉づかいも躾の一環でとっても大事な一つだ。家庭で乱暴な言葉で話していると、こどもはそのまんま外でも乱暴な言葉を使うようになる。言葉使いが乱暴だと、言葉は毎日使うものだから、使う人の精神形成に影響を及ぼしてしまう。乱暴な言葉づかいをする人は、毎日毎日すこしずつ粗暴な性格になっていくものだ。家庭内では品のよい言葉づかいを心がけよう。話す言葉に品が出てくると、人格にも品が出てくる。

<いつ躾けるべきか?>
 基本的な躾のいくつかは学校へ上がる前にしておかなくてはならない自我が育ってしまう小学校高学年ではすでに手遅れ小学校低学年が終わるまでにこれらを一つも躾けられないと、先生の制止を聞かずに授業中に立って歩いたり、声を出したりするようになっている。そういう児童・生徒が一つのクラスに3人いたら、ほとんどの先生の手に余り学級崩壊を起こす。教頭先生が交代してもそれまでの躾の問題があるから一筋縄ではいかぬ。

<団塊世代が小学生の頃の先生たちは容赦なくビンタした>
 昔の小学校の先生たちは殴って(ビンタで)制止していたから、家庭の躾の悪い児童・生徒がいても学校での躾が可能だった。いまはそんな先生はいないから、大人をなめきっている子どもたちの躾は学校では困難である。
 塾では何度制止しても言うことを利かないと、本気で叱ってゲンコツかビンタをはることになる。嫌だが言うことを聞かぬ中学生はそうするしかない。塾で躾をするなどということは東京で教えた3年間ではまったく経験がない。
 小学校5年と6年を受け持ってくれたT先生は、北海道教育大釧路分校を卒業したての熱血先生だった。若くて元気で、放課後補習もよくしてくれたが、花咲小学校グランドの裏側が原野になっていてスキーやそりすべりのコースだった。一緒に遊んでくれたものだ。T先生が生徒にビンタするのをみたことがない、そんなによい子ばかりではなかったはずだし、他のクラスには生徒が悪いことをすると容赦なくビンタする先生がいた。ebisuも一度なにか悪さをしたことがあって、職員室へ呼ばれたのだが、こってり叱られるかと思いきや、シェークスピアの『リア王』(児童書版)を渡され、「これ読んでみろ」と、叱られずにすんでほっとしたことがあった。T先生は曙町にお住まいで元気なようだ、うれしいことだ。
 理不尽なビンタで子供心が傷つくケースもあるから、体罰はなかなかむずかしいものだ、これも一つの技かもしれない。
 中学生のときに担任をしてくれたY本先生は根室の老舗のパン屋さんの長女だった。6年位前に心臓にペースメーカを入れてから1年も経たぬうちに亡くなった。いい先生だった。新卒で副担任になったO岩(旧姓)先生は数年前に癌で亡くなった。癌の手術をした後、食事療法に切り換え抗癌剤の服用はやめたとご本人から聞いた。私が癌を患ったことを知っていた。「○○君元気だね、一緒にがんばろうね」、この言葉が励みになった、ヤママンでよく出くわした。やさしい人だった。
 三人ともいつまでたってもebisuの先生である。あ、珠算塾のT橋先生を忘れるところだった。四人の内すでに3人が亡くなった。大学のゼミで3年間指導してくれた哲学者市倉宏祐先生は若い頃ゼロ戦の教官だった、オヤジと同じ歳の生まれだが2年前に亡くなった。恩師が全部亡くなったら今度は自分の番なのだろう。
 感謝を込めて先生たちに合掌。

<小学校でのビンタの奨励>
 私見だが、小学校4年生までは先生の制止を聞かぬ児童はビンタを奨励したらいいと思う。この段階で痛い思いをしたら、わがまま一杯でガマンの経験のない子どもたちにやっていいこととやってはいけないことの区別をはっきり教えることができる。これと放課後補習を組み合わせたら低学力層の半数近くが救えるのではないだろうか

<まず家庭内でいい言葉づかいをしよう>
 漁師町は農業の町よりも概して言葉づかいが乱暴だが、それは学力にも少しは影響があるのではないか?
 品のある言葉づかいと挙措は意識してやれば誰にでもできる、毎年少しずつレベルを上げていったらいい。

<開塾当時の思い出>
 2002年の12月に塾を開いた。なんとも半端な時期だったのだが、小学校6年生の女の子が三人来た。塾に通っているが算数の文章題が零点だったのですぐに塾を変わりたいとの申し出だった。そのときは小学生は教えるつもりがなかった、根室には私立中学がないので不要だと考えていたからだ。お母さんの強い要望で3人受け入れたのだが、この生徒三人は同じ学校で仲もよさそうなのに、授業中の私語がほとんどなかった。一度も注意した記憶がない。根室の親はいい躾しているなとひどく感心したことを覚えている。
 零点だった生徒は中学校に入学してからは数学はいつも80点以上、学力テストで五科目430点ほどの点数で学年90人のなかでつねに上位クラスだったし、他の二人も380-410点だった。それぞれ東京の有名私大、北海学園大、看護専門学校へ進学した。姿勢がよく集中力が大きかっただけでなく、お母さんの躾にいたく感心した。
 その後いろんな生徒に出会ったが、この三人が特別だったことを知った。でも、根室で生まれて育っても都会のお母さんたちに負けない躾をしっかりできるのだから、自信をもってよい。
 20歳代後半の頃、渋谷駅前にあった個人指導の進学塾に3年間いたが、個人面談のときに、子どもに家庭学習習慣を躾けるために9時までテレビをつけないと話したお母さんが数人いた。もちろん大学附属の有名私立中学受験生の親たちである。
 子どもの躾はむずかしい、お母さんの辛抱力が半端ではない。
 がんばれ!根室のお母さんたち


 #2869 根室の中学生の学力の現況(1):B中学校の例 Nov. 16. 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-11-16

 #2870 根室の中学生の学力の現状(2):C中学校  Nov. 16, 2014 
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 #2871 根室の中学生の学力の現状(3):学級崩壊  Nov. 16, 2014
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 #2872 根室の中学生の学力の現状(4):B中学校2年生も問題あり Nov. 18, 2014 
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 #2873 根室の中学生の学力の現状(5):C中学校1年 Nov. 19, 2014 
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 #2875 根室の中学生の学力の現状(6):B中対C中学校1年 Nov. 20, 2014  
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コメント 2

NO NAME

躾は親だけではできません。
生きている中で親以外の大人を色々見て、成長していきます。

ただ子供には善悪の判断がまだ弱い部分がある。
親の悪い部分やいろいろな大人の悪い部分を見て、それに倣う人もいれば、悪い部分を戒めとしている人と考える人もいる。

実際、仕事をすればわかるが、職場などは真面目に仕事する人だけではない。一部にはフリーライダーなどが存在している。

子供がフリーライダーを見ることで、真面目に働かなくてもいいという感情が芽生える可能性もあるだろう。

物事は誠実に行い、対応することが重要だが、近年、楽な息方ばかり選択する人間が増えているので、物事に対しての誠実や対応が疎かになっているのかもしれない。
未来ある子供には、そのような面は戒めとして学んでほしいところである。

by NO NAME (2014-12-11 18:31) 

ebisu

○○さん、投稿ありがとうございます。
やりにくいのでこの次はなにかハンドルネームを使っていただけませんか?(笑)

>躾は親だけではできません。

その通りだと思います。
でも、姿勢や言葉づかいや挙措は親が躾けるべきものだし、親ができます。これらの躾に社会の助けは必要ありません。
お父さんお母さんができる躾はお父さんお母さんがやるという素朴な主張ではいけませんか?

子どもが社会に出て現実を見て善悪の判断をすることと躾は直接の関係がなさそうです。大人になってどのように判断するかはその人自身の問題です。

きちんとした姿勢で仕事ができる、職場できちんとした言葉づかいができる、会社でも取引先へ行っても、微笑みながらはきはき挨拶ができる、そういうことは幼少期に親がある程度躾けることができます。

>子供がフリーライダーを見ることで、真面目に働かなくてもいいという感情が芽生える可能性もあるだろう。

>未来ある子供には、そのような面は戒めとして学んでほしいところである

ただ乗りする人、ぶら下がっているだけで仕事をしない人をみて、真似るか反面教師にするかは、これは生き方の問題でしょうね。
その際に親の人生観や価値観が子どもに影響することはあるでしょう。それも含めて躾、・・・いえいえ、そこまでは言ってません。

きちんとした姿勢、はきはきした挨拶、言葉の使い方、しなければならないことをきちんとやり遂げる辛抱力、これらたったの4つだけ、家庭で躾けるべきだと私は考えます。

どこの会社にもぶら下がっている人、給料分の働きをしない人は三人に一人ぐらいはいるのではないですか?そういう点はいまも昔も変わらない。

何人分も働いたらいいと思います、労働=苦役と思っている人は別にして、日本人にとって仕事は楽しいものです。仕事があってこそ磨いた自分の技倆が発揮できます。自己のベストを尽くして無心で仕事をするときにかく汗は気分がいい、そうではないでしょうか。
by ebisu (2014-12-11 22:40) 

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