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#2649 問題消化速度1対35の衝撃(2):学習量=速度×集中力強度×時間 Apr.18, 2014  [55. さまざまな視点から教育を考える]

 数学の基礎計算問題消化量に10人に満たないクラスの生徒の間に1:35もの差のある実例を#2647紹介し、問題消化量が「計算速度」と「集中力強度」と「時間」の関数であることを簡単な数式で示した。これは説明を簡便にするための概念モデルであることは言うまでもない。

 ブログ仲間の合格先生が面白いアイデアをコメント欄に寄せてくれました。
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集中力強度も数値換算が可能です。
 「自分が感じた時間」と「実際にかかった時間」の関係で算出することができます。
 ebisuさんの公式に当てはめるなら、(実際にかかった時間)÷(自分が感じた時間)で算定するとよいのではないでしょうか。
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 集中力強度=実際にかかった時間/自分が感じた時間

 なるほど、これなら説得力がある。感覚を数値に置き換えている。そもそも集中力強度はマルクスの労働強度概念が頭の後ろにあってそこから出てきた概念である。
 集中力があがっても問題消化量は速度のに大きく依存しており、集中力が上がることで速度も上がり、その結果として問題消化量をアップするのだと考えたほうが観察的事実に合う。
 集中力強度は計算精度により大きく影響するというのも観察的事実に合致するから、そういう変数として扱うべきなのだろう。
 こうした結果を入れて、当初の等式を修正してみたい。

 当初:基礎計算問題消化量=計算速度(×集中力強度)×時間

 (1)基礎計算問題消化量=計算速度×時間
 (2)基礎計算速度=計算技能指数×集中力強度 
 
 (3)基礎計算問題消化量=計算技能指数×集中力強度×時間

 物理的な時間には個人差はないから、消化量は計算技能が高いひとほど大きくなる。たとえば、暗算五段の人の四則演算技能は標準値の50倍はある。そろばんを習ったことのない小中学生ならトップクラスでも計算技能指数は標準の3~4倍が最大値だろう。

 計算技能指数と集中力強度の標準値を1とするの膿指数が便利がいい。式の構成から見ると計算速度は媒介変数となっている。

 直方体の体積をイメージしてもらいたい。問題消化量は直方体の体積に変換できる。
  底面積=縦×横=計算技能指数×集中力強度
  体積=底面積×高さ=計算技能指数×集中力強度×時間

 次のように範囲を定義して分析を進めてみる。
  計算技能の範囲 0.1≦<t≦50
  集中力強度の速度への影響範囲 0≦c≦2

 基礎計算問題消化量に影響が大きいのは、計算技能であることがわかる。集中力強度は量よりも質的を表す計算精度により強く関係している。集中力が切れるとミスが多発するという経験的事実にも合致する。

 「基礎計算消化力」を時間を除いた変数と定義して、仮定した範囲内での単位時間当たりの能力の最小値と最大値を計算してみたい。
  基礎問題消化量=基礎計算消化力×時間

  基礎計算消化力最大値≒計算技能指数最大値=50×2=100

 根室の中学生の成績下位25%層の基礎計算技能指数を0.2とし、上位5%の生徒の基礎計算技能指数を3とすると
 
 下位25%層の単位あたり処理量=0.3×0.7=0.21
 上位5%層の単位あたり処理量=3×1.5=4.5
    0.21:4.5≒1対21

 おおよそ単位時間当たりの問題処理量に21倍の差があることになる

 成績上位層の生徒が10分間集中力の高い学習をしたら、成績下位25%層の生徒たちは21倍の約3.5時間の勉強で同じ量をやったことになる。30分なら10時間に相当するから、大変な学力差ができて当然だ
 基礎計算技能と集中力だけでこんなに差ができるから、計算技能を改善しないとどうしようもない。計算速度(基礎計算技能)は数学の基礎的段階ではそれほど学習量に影響している

 昔から言われているように、「読み・書き・そろばん(計算)」の技能が重要だ。こういう基礎能力は繰り返しトレーニングしてしっかり身につけるべきだ
(コメント欄に「後志のおじさん」が計算能力よりは「読み・書き」の方が大事だと意見を寄せてくれている。その通りだとebisuも思う。「読み・書き・そろばん(計算)」は大事な順序に並んでいる。昔の人はモノゴロの優先順位ををよくわかっていた。4/20追記)

 もちろん、高度な計算を含む文章題はこういう関数で表せないことは言うまでもない。計算力よりも問題読解力や解くための手順の選択や戦略が大きく影響する。
 今回はここまでにしておく。

*#2647 問題消化速度1対35の衝撃(1):学習量=速度×集中力強度×時間 Apr.18, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-17-1


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  基礎計算力が著しく脆弱だったA君は、1週間スピードを意識して毎日問題を解き続けた。その結果をお知らせしよう。

 before 12問/2時間=12問/120分=0.1問/分
 after  51問/2時間=51問/120分=0.4問/分

 計算速度は4倍に上がったがまだまだ標準速度には達していない。分数の混ざった四則演算だと1.5問/分くらいが標準値だと考えている。こういう段階にある生徒はさらに2倍に上げる努力を続けることだ。タイマーで測って10分間で何題やれるか3回/日計算トレーニングを続けたら3ヶ月で大きな成果が出る。この生徒はそうした。
 わずか一週間で正解率は80%(41/51)にまで上がってしまっていた。25%だった正解率が80%へ、この事例からも計算速度が上がりつられて集中力がませば、計算精度(正解率)が飛躍的にあがることがわかる。あきらめてはいけないのです。
 こういう風に生徒は短期間に飛躍的な伸びを見せることがあるが、珍しいケースだった。こんなことは五人に一人くらいなものだ。小学校6年間かけてしっかり身についてしまったダラダラ癖はなかなかとれず、1年たってもほとんど進歩のない生徒もいる。そういう生徒は姿勢の悪い生徒に多い。生活習慣が変えられず小学校6年間に健全な学習習慣を育めなかった生徒がかわいそうだ。
 1週間で成果を出す生徒はたったそれだけの期間で健全な学習習慣が身についてしまう。そしてわかるようになってきたと本人が手応えを感じはじめる。そこまでくればあとは勝手によくなる。健全な生活習慣や学習習慣に切り替えができるかどうかが要点だ。
 授業の合間に狙いを定めて雑談しながらきっかけを作るのも仕事のうち。ヘボだから五人に一人ぐらいしか成功しない。しかし三年間で見たら、著しく成績不良だっだ生徒も四人に三人は救えている。短期間でダメなら、しばらく「まつ」ことだ。


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コメント 2

tsuguo-kodera

 面白い記事であり、面白い公式化だと思いました。論旨についても、説明の範囲で納得できました。
 一方、読み書きそろばんに、聞く見る真似るがありませんが、この位置づけは如何でしょうか。私は聞くが当方の学力の向上に役立ったように感じています。門前の小僧習わぬ経を読む、習わぬ今日は読めないとも言います。
 当方、勉強熱心ではなかったし、そろばんはしたことがなく、作文など最悪でした。読みもつっかえつっかえでしか読めませんでしたので。
 自己弁護です。尊敬する親鸞や法然や弘法大師は寺に入ってから限られたお経を読んだように、口伝が若い時は中心でした。本がなかったからです。少ない資料の文字も中国やインドでした。
 従って、昔の偉いお坊さんも坊主の時、耳から経を覚えたのかも。そこで頭角を表して可愛がられたのかも。随って私は今でも耳学問をとても重視しています。聞く、聞かせるです。これは間違いでしょうか。
 意見をコメントバック頂けたら幸甚です。

by tsuguo-kodera (2014-04-20 15:39) 

ebisu

楽しく読んでいただいたようでありがとうございます。

お尋ねの件ですが、こうなっていました。

>尊敬する親鸞や法然や弘法大師は寺に入ってから限られたお経を読んだように、口伝が若い時は中心でした。本がなかったからです。少ない資料の文字も中国やインドでした。
 従って、昔の偉いお坊さんも坊主の時、耳から経を覚えたのかも。そこで頭角を表して可愛がられたのかも。随って私は今でも耳学問をとても重視しています。聞く、聞かせるです。これは間違いでしょうか。

正しいと思いますよ。
稗田阿礼は旧事・帝紀の数々をそらんじていました。
平家物語も当初は書かれたものではありませんでした。

そういう意味では、「耳学問」がより原初的な形態でしょう。

ところが文字文化が浸透し始め、書物があふれ出すと、文章を一字一句たがえずに記憶しておく必要がなくなります。
その結果、そうした耳から入った情報を一字一句違えずに記憶する能力が減退しだしたのではないでしょうか。いまでは文字どころか映像まで簡単に「外部記憶」できます。使う必要がなくなった機能は減退するもののようです。
将来のにんげんにはどのような能力の減退が待ち受けているのでしょう。

かく言う私も、塾で食べる食事のおかずを忘れて、
「ちょっと、とりにいってくるよ」
と告げ、車で5分、家の前に着いたら、鍵をもってこなかったことに気づくなんてことが起こります。あ、これは老化ですね。ははは。

それにしても、昔の人の記憶力はすごい。弘法大師も法然上人も親鸞も道元も、大量にインプットして集積した知識の膨大さに圧倒されます。とくに道元はそれが大きく、書いたものの意味すらほとんど理解できません。生まれ変わって、時代を遡り一番端の席でけっこうですので弟子の一人に加えていただきたいと思うことがあります。
by ebisu (2014-04-20 16:09) 

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