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#2554 「日本の経常収支と円を考える」 東洋大教授・中北徹の論 Jan. 3, 2014 [91.経済]

 1月2日、NHKラジオ「ビジネス展望」から。中北徹(なかきたとおる)は首相官邸に設置されている「アジアゲートウェイ戦略会議」のメンバーである。一橋大学卒業後、外務省入省そして海外留学(ケンブリッジ大学、同大学院)し81年に卒業、同じ年に外務省を退職、東洋大学へ就職している。外務省から給料をいただいて留学していた。この会議体は2007年に設置されているようだから、第一次安倍内閣のときの官邸メンバーだった人、ということだろうか。
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/asia/index.html

 いま、首相官邸の会議体を検索してもこのアジアゲートウェイ戦略会議という会議体は存在しないから、直接的な関係はないにしても関節的な利害関係人ではあるだろう。そういう立場にあった人ですら、アベノミクスの危うさを具体的に指摘している。

 主要な論点を箇条書きにして、その論拠を一つ一つみよう。

① 経常収支は黒字だが、その構造は著しく変りつつある
② 円安は貿易赤字の改善には結びつかない
③ 経常収支黒字縮小は国内の貯蓄を減らし、国内の資金需要をまかなうために不足する資金を海外から導入するようになる
④ 最悪のシナリオは日本国債売りと長期金利上昇が同時に起きること

 第一の論点は、いままで貿易収支が大幅な黒字を続けていたが、2000年代に入ってから「成熟社会⇒高齢化社会」となり経常収支黒字が急速に縮小しつつある。経常収支を分解すると次の四つの収支から構成されている。

 経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支

 昨年10月末までに貿易収支はすでに16ヶ月連続の赤字で基調が黒字から赤字へはっきり変ってしまった。
 資本収支が拡大しているのでいまのところは経常収支は黒字なのだが、その幅は急激に減少中である。経常黒字は風前の灯で、貿易収支が赤字になったように、経常収支もまもな赤字基調となる。 
 しかし、中北は経常黒字が縮小しつつあるとだけいうのみで、それが赤字基調に変るとはいわない。わたしには現政権への遠慮に見える。

 為替相場は1年半ほど前までは、80円/$だったのが年末には105円/$の円安となった。それを中北は「超円安からの修正」と呼んでいる。30%も円安になって輸入原材料や食料品の値上がりが続いている。
 また、中北は「標準モデルだと貿易赤字が続くと円安を誘う」ともいう。これは常識的な見解だ。だが、わざわざ「標準モデル」と但し書きをつけているところに中北の含意があるのだろう。そうはならないのである。円安の持続懸念すらあると主張している。中北は105円/$の円安が持続すると言っているのではないだろう、ずるずると円安が昂進していくことを心配しているのだ。

 二番目の論点の根拠として、日本企業の海外進出を例に挙げて説明している。海外子会社へ生産拠点を移してしまっているので、子会社との間での取引は内部取引だから、連結ベースでは円安の影響が出ない、あるいは出にくいというのである。円安になったら海外子会社からの輸入額は円ベースでは増えるが、子会社との取引をドル建てでやるか円建てでやるかで結果に影響が出る。計算上出るのだが、それは連結ベースでは内部取引として相殺されてしまう。

 その一方で、海外子会社以外のところからの原材料や中間製品の輸入価格は上昇してしまう。30%も円安になっているのだから、これらの輸入品に支払う円もおおよそ30%増えているのだ。原油やLNG、輸入飼料・穀物等々。

(原発事故そして原発再稼動がらみで、原油やLNG輸入が増えているといわれているが、最終処分コストや事故処理コストも含めて原発コストを見直すべきで、現在の総原価方式のままで原発再稼動をしてはならぬと中北は釘を刺している。
 原油やLNGを輸入したほうが原発を稼動させるよりもはるかに低コストだと中北は言いたいのである。だがそこまで言い切ってしまったら、首相官邸から「お呼び」がかからなくなる。)

 これらの理由から、中北は円安が進むとさらに貿易赤字が拡大することになる。つまり、円安が進んでも日本経済には追い風にはならぬと、この点だけは明解に述べた。ebisuは追い風どころか円安は日本経済と国民生活にとって逆風だと考えている、それをマスコミは何かいい事のように喧伝して、国民の目を真実から遠ざけようとしているようにみえる。この国の民はマスコミの洗脳を素直に受け入れ、円安によって日本経済はずるずると持続的インフレの罠に嵌りつつある
(#2245「円安はそんなにいいことか?」)

 三番目の論点は、経常収支黒字が縮小すると経済のスローダウンが起きると中北はいっている。
 経常収支が赤字になるとまでは言っていないが、ネットで検索して確認したら、すでに昨年10月1279億円の経常赤字であり、これから3月まで赤字が続くようだ。経常収支はまもなく年間ベースで赤字になる。赤字になれば、日本から資金が流出するから、景気回復によって資金需要が増えた場合に海外からの資金導入が必要になる。金利が上昇し始める。そういう事態が起きるのは時間の問題だと中北は推測している。
 海外からの資金を導入するためには、日本経済社会の安定が不可欠で、そうでないと、日本経済のバランスが崩れる。こういう困難な状況下にあるのに、靖国問題で近隣諸国ともめるのは日本経済の安定化を揺るがすことになると警鐘を鳴らしている。

 どうやら時間の問題で、四番目の日本国債売りと長期金利の上昇という最悪のシナリオが実現されそうなのである。国際通貨としての円は棄てられて「悪性の円安」になりかねないと番組の最後の所でつけたした。

 「悪性の円安」は「悪性のインフレ」を伴う。円安で経常収支赤字がさらにに進めば、さらなる円安を呼び、物価上昇は歯止めを無くす。
 たとえば、円が105円/$から120円⇒150円/$⇒170円/$となっていったら、輸入品を中心に(80円/$にくらべて)物価が1.5倍くらいにはなるだろうが、国民一人当たり所得は増えないということになりそうなのである。"円安"が進みすぎると国民生活はとんでもないことになるのに、マスコミはアベノミクスのそうした負の側面には口をつぐんで言わない。

(中北の論点の内で、経常収支黒字幅が縮小すれば海外からの資金導入が必要になるとあるが、これはそうはならぬと思う。日銀が270兆円もの量的緩和策を続行中だからだ。市中に出回っているお金は89兆円で安定しており、海外資金導入が必要になる事態はいまのところは起きる懸念がない。しかし、中北の言うように、経常収支が恒常的に赤字になれば、長期的に円安が昂進していく。
 こういうときは極端な假定をすると事態が飲み込めるから、日銀が270兆円の量的緩和を完了したとしよう。市中で必要な資金量は89兆円だから、残りの181兆円(270-89=181)がどこへいくのかという問題がある。国債の直接買い入れと日銀当座預金勘定にブタ積みされるのだろう。日本の大手銀行はすでに国債に対するスタンスをシフトしてしまっている。期間の長い国債を売って、短期のものに買い換えてしまっている。 
 資金需要が増えたとしても日銀が量的緩和を続ける限り、資金が不足するということはない。しかし、経常収支が恒常的に赤字になれば、円安昂進が止められなくなり、輸入穀物や食料品、原油やLNG、輸入原材料や中間製品が高くなる。物価は何もしなくてもどんどん上がってしまう。しかし、一人当たり所得は上がらない。
 物価上昇が金利上昇をいつまでも伴わぬわけがないから、長期金利がハネたら、日銀が保有する日本国債が暴落し、巨額の赤字が発生する。政府財政は破綻する日がやってきて、世界中の金融機関が震撼する。
 だから日銀はゼロ金利政策を解除することができないし、量的緩和をやめることもできない。日銀の量的緩和策に出口戦略はないから、破綻へ向かって走り続けるしかないのである。もう止められないのだろう。
 大きな犠牲を覚悟なら方法はある。鎖国(強い管理貿易)による国内雇用確保と所得水準の切り下げである。財政規模は40兆円に縮小する。日本に現在ある省エネ技術でエネルギー需要量を減らし、輸入金額は激減可能だ。
 特殊法人のほとんどが消滅、財政規模を半分以下にするから公務員給与も切り下げになる。痛みの伴わぬ魔法のような方法論はない、日本国民は覚悟をもってどちらでも選べるが、選ばなければ出口はなく行き止まりがまっている。政府財政の破綻で国民がもっている金融資産のほとんどが消えてしまうのみ。見たくない未来だから、日本人の叡智を集めて回避しよう。)

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*#2549 アベノミクス批判 (2):内橋克人 Dec.31, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-31

 #2543 インフレと自己責任:リスク増大へ対処の方法はあるか? Dec. 27, 2013 
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*#2523 アベノミクスの行く末: 日本総研調査部長の論点 Dec. 9, 2013 
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  #2245  円安はそんなにいいことか? Mar. 17, 2013 
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  #2185 各論(3):'Abenomics' Jan. 24, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-24

 #2170 各論(2):貿易収支赤字転落⇒? Jan. 3, 2013 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-04

  #2169 各論(1):国債暴落の可能性とその影響 Jan.2, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-02

 2168 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割(2):蔵相高橋是清暗殺 Dec. 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-31-1

 #2164 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割は何? 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-28

 #2158 自民党圧勝294されど第2の危機民主党惨敗  Dec.17, 2012 
 
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