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#2550 文脈把握問題(1):『風とともに去りぬ 三』から Jan. 1, 2014 [81.Gone with the Wind]

 夜中に雪が降っていたが、朝方に雨に変った。庭の雪はほとんど溶けてしまった。70センチほどの高さのあるバケツの氷が浮いて頭をだしている。いまのところ雪が少ない冬といえそうだ。これからまとめて降るのかもしれぬ。

 『風とともに去りぬ』を原文と対照しながら読もうと思ったが、筋立てや風景描写や心理描写の表現の巧みさに惹かれてほとんど翻訳のみを読んでいる。それでも意味不明なところにぶつかると、原文の読み違えが見つかる。経済学でもよくあることなのだが、概念や概念相互の関係や体系構成からいってこんなはずはないと思って原文をあたると、訳者の思い込みからおかしな解釈(=翻訳)をしているところが見つかることはある。一定の見解をもってしまうとか、特定の学派に属してしまうと目が見えなくなることは誰にでもあることなのである。人間は智慧がつくとソレが邪魔をして虚心に物自体を見ることができなくなるものだ。もちろん、わたしも免れることができないから、日々注意はしている。

 さてゴタクはこれくらいにして、まず原文を読んでもらいたい。単語がわからなければ辞書を引いて一向に構わないが、まず辞書を引かずに大要を把握してみたほうが勉強になる。それから、日本語訳を読んで、文脈上おかしいと思うところにアンダーラインをしてみよう。
 自分の語彙の中からわかりやすい日本語を選び訳してみたらいい。

 それでは、問題の箇所を 'Gone with the Wind'から 引用しよう。
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 It was the Fontaine boys, the first of the County men home from the war, who brought the news of the surrender. Alex, who still had boots, was walking and Tony, barefooted, was riding on the bareback of a mule. Tony always managed to get the best of things in that family. They were swarthier than ever from four years' exposure to sun and storm, thinner, more wiry, and the wild black beards they brought back fromthe war made them seem like strangers.

 'Gone with the Wind' p.677
 『風とともに去りぬ 三』p.144
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surrender /s ə rˈen.də r / /səˈren.dɚ/ verb ACCEPT DEFEAT
1. [ I ] to stop fighting and admit defeat
They would rather die than surrender ( to the invaders).

mule
/mjuːl/ noun [ C ] ANIMAL
1. an animal whose mother is a horse and whose father is a donkey , which is used especially for transporting goods 

swarthy /ˈswɔː.ði/ /ˈswɔːr-/ adjective
(of a person or their skin) dark
 a swarthy face/complexion
 
a swarthy fisherman

wiry /ˈwaɪə.ri/ /ˈwaɪr.i/ adjective
1. (of people and animals) thin but strong, and often able to bend easily
  
He has a runner's wiry frame.


 CALDより引用
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  背景に言及しておく。問題の箇所は第29章にあり、この章は1965年4月に南北戦争が終わったところから書かれている。ウィキペディアの「南北戦争」の項には次のように載っている。

「お互いにあらゆる国力を投入したことから、南北戦争は世界で最初の総力戦のひとつだった。最終的な動員兵力は北軍が156万人、南軍が90万人[7]に達した。両軍合わせて62万人もの死者を出し、これはアメリカがこれ以降、今日まで体験している戦役史上、最悪の死者数である。」
*http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%8C%97%E6%88%A6%E4%BA%89

 戦争が終わり、敗残兵となった男たちが戦線から戻ってくる。近隣の者たちは帰路の途中にあるスカーレットの農園タラに寄って挨拶をしてから自分たちの家へ向かう。旧知の二人の兄弟がぼろぼろになって訪れる場面である。


 問題の箇所を取り出したからといって、わたしはこの翻訳が全体としてまずいと言っているのではないし、誤訳ともいいがたい。たまたま翻訳文の日本語を読んで、この箇所の脈絡が読めていないのではと疑問に思っただけである。次回に翻訳文を載せるから、それを読んでもらえば10人の内7人は「あれ!」と思う箇所があることに気がつくのだろう。訳者はうっかり見落としたのだ。
 訳者は二人いて、鉈を振るった強引な箇所もあるが、それは腕のよさである場合が多いから全体としてはよくできているのだろう。翻訳者二人の日本語語彙はわたしよりもずっと豊かなようだし、訳文もコンパクトでいい。しかし、コンパクトすぎるということはあるかもしれない。コンパクトな訳文が原文の味を失わせているところがあるので気になっていることは白状しておこう。なんとなく情緒に欠ける日本語に感じてしまう。

 では、どういう翻訳がいいのかということになるが、具体例を一つ挙げておきたい。
 たとえば、ラフカディオ・ハーンの著作の翻訳者である平井呈一の翻訳物に比べたら、日本語の使い方の巧みさは到底かなうものではない。それは日本文学に対する造詣の深さの差と日本文学修行の差だろう。
 平井の訳は登場人物の息遣いがはっきりわかる緊張感のあるものになっている。遠藤利國著『明治廿五年九月のほととぎす』のラフカディオ・ハーンの章に転載された『日本雑記』の平井の訳(131~135㌻)を読めばその腕のすごさと日本語のセンスのよさがわかる。こういう名訳が絶版になり消えていくのはもったいない。翻訳のお手本として残したいものだ。

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 ハーンは明治二十七年に熊本を去り、二十九年四月には漱石が松山中学から五高に転任するが、古の頃の熊本には十五年ほど前の西南戦争の記憶がまだ生々しく残っていたらしい。ハーンは1901(明治三十四)年に Japanese Miscellany (邦題『日本雑記』あるいは『日本雑録』を出版したが、そのなかに「橋の上」という代で、炎暑の厳しい夏のある日、熊本市内を流れる白川にかかる古い橋の上で平七老人という出入りの俥屋から聞いたという、次のような話しを記している。

 「二十二年前」と平七が額を拭きながらいった。「いえ、二十三年前に―わしはここに立って、町の焼けるのを見とりました」
 「夜かね?」とわたくしは尋ねた。
 「いえ」と老人はいった。「昼過ぎでござんした。―雨のしょぼしょぼ降る日で。・・・・戦の最尤で、町はカジで焼けとってね」
 「だれがいくさをしていましてか?」
 「お城の兵隊が薩摩の衆といくさをしとりました。わしらはみな弾丸(たま)yけに地べたに穴を掘って、その中に坐っとりました。薩摩の衆が山の上に大筒を据えたのを、お城の兵隊がそいつを目がけて、わしらの頭越しにドカン、ドカン打ちましてな。町じゅうが焼けました」
 「でも、あなたどうしてここへ来ましたか?」
 「逃げてまいりました。この橋のとこまで駆けてまいったのです。―ひとりでな。ここから三里ばかり離れたところに、兄貴の農家があったんで、こっちはそこへ行こうと思って。ところが、ここで止められましてな」
 「だれが止めましたか?」
 「薩摩の衆です。―なんという人だったか分かりません。橋までくると、百姓が三人いましてな。―こっちは百姓だと思いました。―それが欄干によりかかって、大きな笠をかぶって、蓑を着て、わらじをはいとりますから、わしは丁寧に声をかけると、なかのひとりがふりかえって、『ここに止まってろ!』といって、あとは何もいいません。あとの二人もなにもいいません。それで、こりゃあ百姓じゃないとわかったんで、わしは恐くなりましてな」
 「どうして百姓じゃないことが分かったのですか?」
 「三人とも、蓑の下に長い刀(やつ)を―えらく長い刀をかくしとりますんで。ずいぶんと上背のある男たちで、橋の欄干によりかかって、じっと川を見おろしとりました。わしはそのそばに立って、―ちょうどそこの、左へ三本目の柱のところへ立って、同じようにわしも川を眺めておりました。動けばバッサリ殺(や)られることは知れとります。だれもものをいいません。だいぶ長いことそうやってらんかんによりかかっとりました」
 「そのくらい?」
 「さあ、しかとは分かりませんが、―だいぶ長かったに違いござんせん。町がどんどん燃えとるのを、わしは見とりました。そうしとる間、三人ともわしにものも言わんし、こっちを見もせんし、ただじっと水を眺めとる。すると馬の音が聞こえてきました。見ると、騎兵の将校がひとり、あたりに目をくばりながら、早足でこっちへやってきました。・・・・」
 「町から?」
「さいで。―あのそれ、うしろの裏道を通りましてな。・・・・三人の男は大きな編笠の下から、騎兵のくるのをじっとうかがっとりましたが、首は動かさずに、川を眺めているふりをしとる。ところが、馬が橋へかかったとたんに、三人はいきなりふり向いて、躍りかかりました。ひとりが轡(くつわ)をつかむ、ひとりは将校の腕をにぎる、三人目が首をバッサリ。―いやもう、目にもとまらぬうちに。・・・・」
 「将校の首をかね?」
 「はい。キャアともスウともいわんうちに、はやバッサリで。・・・・あんな早業は見たことござんせん。三人ともひとことも申しません」
 「それから?」
 「それから三人して死骸を橋の上の欄干から川へ投げ込みました。そして、ひとりが馬をいやというほど殴りますと、馬はつっ走りました。・・・・」
 「町の方へ戻ったのか?」
 「いいえ、馬のやつは向こうの在の方へ追いやられましたんで。・・・・切った首は川へ捨てずに、その薩摩の衆のひとりが蓑の下に持っとりましたよ。・・・・それからまた三人して、先ほどと同じように欄干へもたれて、川を見ております。わしはもう膝がガクガク震えて。顔を見るのも恐くて、―わしは川をのぞいとった。・・・・しばらくするとまた馬の音が聞こえました。わしはもう、胸がドキドキして、心持が悪うなってきて。―ひょいと顔をあげてみると、またひとり騎馬兵が道をパカパカ駆けてきよった。橋にかかるまで、三人とも身じろぎもしない。と、かかったとたんに、首はバッサリ。そしてさっきと同じように、死骸を川へ投げ込んで、馬を追っぱらう。そんなふうにして三人斬ったね。やがてサムライは橋を立ち去って立ち去っていきよった。」
 「あなたもいっしょに行きましたか?」
 「いえ。―やつら、三人目を斬るとすぐ出かけたですよ。―首を三つさげて。わしのことなんか目もくれなかったね。わしは、その衆がずっと遠くへ行っちまうまで、動くのが恐くて、橋の上にすくんでおりました。それから燃える町の方へ駆けもどったが、いや駆けた、駆けた!町へはいったら、薩摩勢は退却中だという話しを聞きました。それからまもなく、東京から軍隊がやってきよって、それでわしらも仕事にありついて、兵隊にわらじを運んだね」
 「橋の上で殺されるのをあなたが見た人たちは、何という人?」
 「わからないね」
 「たずねてみようともしなかったの?」
 「へえ」 平七はまた額をふきながら、「いくさがすんでよっぽどたつまで、わしはそのことはぷつりともいわなかったからね」
 「どうしてね?」
 平七は、ちょっと意外だという顔をして、気の毒だといわんばかりににっこり笑いながら答えた。―
 「そんなことを言っちゃ悪いものね。―恩知らずになりますもの」
 わたくしは、真っ向から一本やられたような気がした。
 われわれはふたたび行をつづけた。

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 やはり、文学作品は日本文学を志し、ある程度の修業を積んだ者がやるに限る。平井は永井荷風の直弟子で、師匠から破門された異端児である。ご覧お通り、腕は確かだ。



 日本語訳は次回紹介する。


*#2548 『風とともに去りぬ ニ』  Dec. 30, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-30-2


 訳文がコンパクトすぎるというのは#2471の投稿欄で、「後志のおじさん」が抜き出した部分を翻訳してみたことに拠っています。拙訳は投稿欄にあります。そのあとで翻訳書の該当箇所を参照したら、情緒に欠ける訳文になっていたので、原文が読めたら読むべきだと思った次第です。でも、翻訳は便利。

 #2471 Gone With the Wind (風とともに去りぬ)をテクストに知的遊びのはじまり Oct. 31, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-31



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