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#2388 アベノミクス:雇用規制改革の正体 Aug. 30, 2013 [A4. 経済学ノート]

  8月26日の朝のNHKラジオ番組、ビジネス展望で経済評論家の内橋克人氏がアベノミクスの成長戦略の柱の一つである労働規制改革を論じていた。
 規制改革会議<雇用ワーキンググループ>と首相官邸の<国家戦略ワーキンググループ>が三つの項目を検討している。

1.労働移動支援助成金増額
2.労働者派遣制度緩和
3.雇用特区:雇い止め、ホワイトカラー・エグゼンプション、労働基準法の適用除外

 この三つの項目を内橋克人氏は「豊かな社会にふさわしいのか?」という視点から分析をしてみせた。8分ほどの番組だから、要点だけをざっと触れたに過ぎない。
 労働の移動は成長分野への労働移動と低生産性分野から高生産性分野への労働移動を言っているのだが、では成長分野が何なのかが明示されていないという。移動が不可能なのに、移動を促進したら失業が増えて雇用が不安定になるだけ。
 これは内橋氏は説明していないが、低生産性分野から高生産性分野への人の移動は現実にはありえそうもない。やる仕事がまるでことなり人材に要求されるスキルが高度化するから、こんな移動は現実にはありえない。

 日本の雇用の現実は、非正規労働者が40%に近づいていること、そして転職すればするほど地位や報酬や労働条件が下がるのが現実であること、これらを前提にしたときに、労働支援助成金で労働移動を奨励しても、労働者の幸福にはまったくつながらす、雇用を不安定にするだけであるというのが内橋氏の論点。

 労働者派遣制度の緩和は何をもたらすのかはすでにハッキリしている。正規社員の特権意識を育て非正規労働者の志気を削ぎ、その結果職場環境を悪化させ、日本企業の永続的な発展を阻害することになる。

 わたしは90年代に一部上場会社同士の赤字部門の合弁会社経営を任されたことがあるが、赤字会社を黒字にするのは比較的簡単な仕事だった。高利益率の成長分野を創りだし、具体的な経営戦略を明示して、明るい未来を語り社員を引っ張っていくだけでよかった。売上高経常利益率を10%以上にすれば、銀行は親会社の保証ナシに無制限に低金利で融資してくれるし、親会社への発言権も大きくなる。元々親会社の社長とのコミュニケーションがよかったから、たいていの経営方針はそのまま承認してくれていた。
 ところが、困った問題があった。非正規社員の問題である。正社員よりもしっかりした仕事をする非正規社員が数人いた。そして能力の低い正社員がいた。見える範囲に正規社員と非正規社員が座って仕事をしているが、身分が違うから、対等の関係ではない。ペイも非正規は社員の半分以下である。仕事は非正規のほうができるとなると、ストレスがたまるのは当然のことだ。いずれ、社員への登用を考えていたが、合弁会社では企業文化の違いからそれができない。黒字化をしたあとで合弁相手の企業を交渉をして株の譲渡・買取に快く応じてもらった。
 もともと正規社員の雇用条件がまったくことなる会社の合弁だったので、給与の統一も困難が付きまとうし、片や一部上場企業で100倍以上の競争率で就職、他方は上場企業の子会社で就職が容易、こういう事情があったから雇用条件の変更実務はいろんな問題が生じる。
 個別企業の特殊な事情は本論から外れるので、どこにでもある雇用にかかわる普遍的な問題に焦点を当てよう。正規社員と非正規雇用労働者が同じ仕事をしていることから軋轢が生じるのはどの企業にも見られる共通の問題。
 正規社員と非正規社員とで給与が2倍から3倍の格差が現実に生じており、そのことが正規社員に特権意識をもたせ、非正規側に大きなストレスを生む、精神衛生上まことによろしくない職場環境になっている。
 こういう職場環境が長いこと続いたら、その企業の生産性向上や成長力を著しく阻害することになるだろう。もっと簡単に言えば、こんな労働慣行あるいは雇用制度を続けたら、日本企業の永続的発展を阻害し、自滅の道をたどることになると思うのである。これがグローバリゼーションというなら、そんなものは捨てたほうがいい。

 同じ職場で働く者に格差をつくらないというのは大事なことだ。わたしは内橋氏が言うように、労働者派遣制度緩和に反対である。とんでもないことだと思う。
 智慧のない経営者は人件費をカットすることで利益を増やそうとする、賢い経営者は成長分野を創出して人材のスキルを向上させ、人件費を増やしながら利益をさらに増やす。

 カルロスゴーンのような経営者を褒めてはいけない、あれは最低の経営者だ。人員をカットして自分の報酬は際限なく上げる、そういう悪辣な手段を弄してなされた「経営改善」は長い目で見れば自滅の道だ。
 日本の商道徳は「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」である。経営者が法外な報酬を手にする一方で、リストラされた社員は再就職先がなかったり条件が著しく悪化した環境で働いている。たくさんの社員や非正規雇用の従業員の不幸の上に小数の経営者の法外な報酬があってはならない。こんな経営者をビジネス専門誌や新聞・テレビがもてはやしたのだから、マスメディアと日本の企業経営者の倫理観は地に落ちてしまっているといわざるをえぬ。
 日本の「三方よし」は世界に誇るべき精神生の高い経営哲学であり、こうした哲学に支えられた経済社会実現に日本は邁進すべきで、米国型の低劣な経営戦略の真似などする必要はない。

 3番目の雇用特区は時間外賃金を支払わないホワイトカラー・エグゼンプション、金銭解決による首切り容認という、雇用条件の悪化や雇用の不安定化を招くだけで、経営者側に一方的にメリットの生じる政策にすぎない。これで労働者が幸福を感じることはないだろう。ますます愚かな経営者を喜ばすだけ。これでは経営倫理のしっかりした経営者が育たない。雇用規制改革とそれに支えられた成長路線、そしてそれらの総称のアベノミクス、糞喰らえである。ダメなものはダメ。

 
*規制改革会議 雇用ワーキンググループ報告書
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/publication/130605/item4.pdf


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*#2385 TPPは再び植民地化を招く:マハティール元首相 Aug. 28, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-28

 #2376 貿易赤字13ヶ月連続 7月最大の1兆240億円 Aug. 20, 2013 
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 #2329 アベノミクス:ナカミがないのに財政健全化を約束 Jun. 12, 2013 
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 #2309 Nikkei dives 7%, ends below 14,500 : May 25, 2013 
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 #2305 株高の原因: Nikkei ends over 15,000 for first time since 2007
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  #2298 アベノミクスの罪:日経平均15,096.03円 May 16, 2013 
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 #2256 マネタリーベース270兆円へ拡大:亡国の決断 Apr. 6, 2013 
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 #2245  円安はそんなにいいことか? Mar. 17, 2013 
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 #2196 Cabinet OK's record 92,6trillion budget Feb.2, 2013 
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 #2185 各論(3):'Abenomics' Jan. 24, 20
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-24

 #2170 各論(2):貿易収支赤字転落⇒? Jan. 3, 2013 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-04

  #2169 各論(1):国債暴落の可能性とその影響 Jan.2, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-02

 2168 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割(2):蔵相高橋是清暗殺 Dec. 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-31-1

 #2164 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割は何? 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-28

 #2158 自民党圧勝294されど第2の危機:民主党惨敗  Dec.17, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-18

 #2144 成長路線と金融緩和の罠 : 衆院選挙でナイトメアがはじまる 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-11-30

 #1828 ゼロ金利の罠: Fed targets and transparency Feb. 3, 2012
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-03

 #829 国家財政破綻の瀬戸際  Dec.12, 2009
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2009-12-12

 #346 これから10年間の日本経済のシナリオ
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-10-10 




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ZAPPER

雇用維持から、産業構造の転換に合わせた「失業なき労働移動」へ転換(成長産業への労働移動)を図るそうですが、非正規雇用増を呼び込むのは必死だと思われます。

従業員を解雇せずに一時的に休業させた企業を支援する「雇用調整助成金」を縮小し、成熟産業から成長産業への労働力移動を支援する「労働移動支援助成金」は強化する方針とのことですが、古き良き終身雇用制の名残をも積極的に国が破壊するようにしか見えません。

アベノミクスが、勤労という概念をすら打ち壊しかねない。私もebisuさん同様に危機感を抱いております。雇用の現場はレッセフェールであるべきでしょう。
by ZAPPER (2013-08-30 15:30) 

Hirosuke

英文テクニカルライターで食おうと思ったら、
当地では派遣しか見つかりませんでした。

ようやく正社員の仕事を得たら、
結局は出向で【委託社員】でした。

【委託社員】は派遣とは命令系統が異なるため、
取引先とは同じフロアの目と鼻の先にいながら、
直に仕事を依頼したり請負うのは、
社内規違反および労働法違反と言われていました。

しかし、
それでは仕事が進まないどころか、
取引先の業績が急速に傾いていく中で、
我々【委託社員】の存亡も危機的状況にありました。

そんな中で、
僕は取引先トップと直談判して、
新規プロジェクト草稿作成の仕事を頂いたのです。

この命令系統を無視した行動が、
直属上司(課長)のプライドを逆撫でしたようです。

この課長は我々と同じフロアにはいません。

10分ほど離れた事業所から、
いつもメールで事務連絡してきました。

この距離なのに接点はメールだけで、
まったく話にならないのです。

そして例の【パワハラ】メール攻撃。

コミュニケーション能力に問題ありでした。

今は課長を解かれて、
本社に呼び戻されたと聞いています。

by Hirosuke (2013-08-30 15:56) 

ebisu

ZAPPERさんへ

産業構造を変えるとして、斜陽産業でリストラされる人材層とらこれから飛躍する成長産業で必要とされる人材層がイコールなわけがありません。要求されるスキルはまるで違ったものになるでしょう。
ですから、規制改革会議<雇用ワーキンググループ>の想定は現実にはありえないものです。絵に描いた餅で食べることのできないものです。
どうしてこんなにバカばっかり集めて議論しているのでしょう。仕事のできないのは民主党の面々だけかと思っていたら自民もいつのまにか似たようなレベルになっているようです。

これなら何もしないほうがましというものですね。ケセラセラでいい。
雇用ワーキンググループのメンバーは会議の前に「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」と三回唱えてから仕事をしてもらいたい。

経営者だけが、それも低劣な経営者だけが得をするような雇用政策では情けない。子どもじゃあるまいし、凛とした品のよい雇用政策を作ってもらいたいものです。(笑)

by ebisu (2013-08-30 22:42) 

ebisu

Hirosukeさんへ

やっぱりね、ろくでもない課長の仕事を本社で見ている上司がいる。そのままにしておいたら問題が起きる。それが表面化してからでは部長あるいは次長の部下の管理責任が問われることになる。
仕事のできる部長職ならきちんと判断します。

メールでのやり取りだけではよほどの書き手でない限り、ぎすぎすが強くなりますね。たまには顔を見て話しを聞けなければ課長職は務まらない。

係長なら有能でも課長職にすると問題の出る人がいます。器が小さかっただけ。
同じように課長職で有能でも部長職に昇格させたらまるで無能ということもあります。
そういう人は、いずれ消えていきます。あまり遅くなると会社の業績に響くし、上司の責任問題にもなりかねません。自然と外されるものです。しばらく、ガマンして待っていればいいのですが、永遠に待たなければならないような気持ちになったら辛いでしょうね。
会社が業績を維持するためにはそういう管理職は早々にラインから外さなければならない。だから、こちらが考えているよりもずっと早くそうなります。

仕事を一生懸命やっていれば、他の管理職が異動の誘いをかけてくれます。出世するためには仕事のできる人材を自分の部下として使う必要があります。
会社というのは面白いところです。
by ebisu (2013-08-30 23:08) 

Hirosuke

でもですね、
この会社の役員は同族ばかりで、
社長は先代の財産を女に注ぎ込んでるという有様。

課長が本社に呼び戻されたと言っても、
本人にとっては「栄転」なのかもしれません。

そこが故郷らしいですから。

by Hirosuke (2013-08-31 00:59) 

ebisu

同族経営の会社ですか。

同族会社は問題のある企業が多いですね。
好い加減な役員人事をやるので、たがが緩んでしまいます。

わたしは産業用エレクトロニクスの輸入商社に5年間勤務したことがあるのですが、そこが同族会社でした。
でも、同族の役員は社長以外はいませんでした。
その点では見識のしっかりした社長でしたが友人には甘かった。二代目でしたが、三代目の東大出の息子に譲ってから会社は傾き、別会社に吸収されてしまいました。

せっかく売上高経常利益率が10%を超えるような仕組みを考えて、やってみせたのですが、ある件で意見が合わなくて社長と決別、転職しました。あはは、若気の至りです。
安定した黒字会社にしたことで自己満足はできました。
中途入社したばかりの私に会社の命運を懸けるような仕事をいくつも任せてくれたことには深く感謝しています。
1980年代初頭の統合システム開発は時代の先端を行く仕事でした。仕組みを変えることで生産性が飛躍的に高くなり、為替差損の生じない仕組みとあわせて、利益率の飛躍的な向上ができました。同じ仕組みが米国のゼロ金利政策によって日米金利差がなくなるまで、28年間有効だったはずです。

同族で経営者が自分のことしか考えない人なら最悪ですね。そういう企業にはしばしばイエスマンしか残りません。
長い目で見ると経営破綻のリスクの大きい企業です。

私が5年間いた産業用エレクトロニクスの輸入商社会社には年下の同僚もいましたが、定年まで10年を遺して失業した者が何人もでたでしょうね。じつに残念です。

Hirosukeさんに意地悪をした課長さんが、その企業がつぶれずに定年までいられたとしたら、よほど運の良い人なのでしょう。
by ebisu (2013-08-31 01:31) 

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