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#1973 ビザなし交流in択捉島 住民交流会:もちつもたれつ  June 14, 2012 [21. 北方領土]

 ビザなし交流は北方領土を訪問して実際にどのように行われているのか?
 島民2世でありながら行ったことのない私は知る由もないが、サリーさんが実際にビザなし交流に参加してブログにアップしているのでご覧戴きたい。
 文の中にも行間にも写真にも、「もちつもたれつ」の重層構造があちこちに見え隠れしている、素直ないいレポートである。

 ロシア側の要求で住民交流会では領土問題の話しはご法度、出席するのはめんこいロシア人の子供たちが主体。今回の話題は「きびしい冬の過ごし方」。和気藹々、日本外務省の苦心(?)の演出。

 ビザなし交流に参加している元島民は1割ほどしかいない、すくないと驚くかも知れぬがゼロにはできない。なにしろ名目は「北方領土問題解決のための環境整備」で対象者は「北方領土に居住していた者、その子供及び孫並びにその配偶者、北方領土返還要求運動関係者、報道関係者、訪問の目的に資する活動を行う学術、文化、社会等の各分野の専門家等」となっている。
 元島民と書いてあるがこれは間違いで、事実どおり「元島民で引揚者となった者」と定義すべきだ。千島歯舞居住者連盟は元々引揚者の団体で、元島民を代表する機関ではない。引揚者ではない元島民であるオフクロ(昨年没)や叔母(5年前に没)、叔父(存命)は千島歯舞居住者連盟に属していない。したがって、北方墓参にも参加していない。もちろん一度も連盟から通知を受けたことはない。引揚者の団体だから、引揚者でない人は(墓参やビザなし交流の)権利(?)がないらしいのだ。おふくろはあきれてしまっていつのころからか町内会かどこからか回ってくる返還運動に署名もしなくなっていた。

 引揚者とその子・孫そして配偶者が1割、メンバーの構成からは「北方領土問題解決」とはほとんど関係のない恒例行事のようである。12年目だろうか、なぜこのような「行事」が「北方領土問題解決のための環境整備」を名目にして続けられるのかを考えてみよう。もちつもたれつの関係が見えてくる。
 サリーさんのビザなし交流体験記からはいろんなことが行間に読み取れる。住民交流会の他にも企業訪問、住民の家への訪問、十数台の車での送り迎えなど関係しているロシア側の人も少なくない。
 ロシア住民にとってもビザなし交流は「ありがたい恒例行事」なのだろう。なによりうれしいのは毎年場所を変えての日本全国観光旅行への招待だろう。予算は日本外務省もち、「ビザなし交流」を名目にすれば毎年数億円の予算確保ができる。けっこうな金額を使っているから日露両方で利権化するのは当然の成り行きか?

 あの大きな会社ギドロストロイとかいったな、とっくに根室の水産会社とは比較にならぬ規模と質的内容を備えている。十年前にビザなし交流に参加したことのある人の話だと択捉島は様変わりしている。戦前・戦中時代この島には北の勝の碓氷家所有の大きな缶詰会社とその工場があった。建物はレンガ造りで堅牢だったからいまも使われている。その辺の事情は北の勝碓氷勝三郎商店の現当主(女主人)がよくご存知だ。
 北方領土関係史には択捉島の大きな缶詰工場は欠かせぬ要素である。なにしろあのギドロストロイの「前身」なのだから。当主自身による記録を残して公開してほしいとebisuは思う。根室市が将来根室市史をまとめようとしたときに資料や関係者の証言を整理して残しておかないと取り返しがつかぬ。狭い町の中だからどこでいつ話しをする機会があるかもしれない、偶然の機会を待つのも楽しみだ。にっこり微笑んで言葉をかけることのできる気さくなレディである。言うことはまっすぐで誰にも遠慮のないところが、90代半ば博士の学位をお持ちの老考古学者によく似ている。
 (こういう人がたった二人しかいないことが根室の人材不足を物語っている。サリーさんもあと10年くらいしたら、こういう域にいる一人かもしれない。(笑い)人は育っているから案外大丈夫なのだろう。北海道新聞が取材でとりあげたタクヤとカズキも今春高校を卒業して家業を継ぎ6月1日のコンブ漁解禁日から漁に出ている。一昨年高校を卒業したオホーツク海側の水産会社の跡取り息子も漁や網の手入れに忙しい毎日を送っている。素直でまっすぐな者たちが試練を潜り抜けながらそのまま30代を迎えてほしい。)

 半分ボケたうちの爺さんが、ときどき正気にもどると懐かしそうに繰り返し言っていた、「択捉は宝島」。お袋の話しだと秋になりシャケが川を俎上し始めると、川の中に竹ざおを立てても倒れないのだそうだ。
 択捉島はいまも「宝島」である。そのむかし、出稼ぎの船頭が北海道の3倍稼げたという好漁場だから、普通に経営しているだけで巨額の利益が上がり、いくらでも投資できる。ギドストロイ社は従業員やその家族のためにも巨額の投資をして、豊かな生活と安心を保障している。企業は設けないとウソだ。世のため人のために何かするには儲けないとできない。
 儲けは従業員やその家族のためにもこうやって使えと言わぬばかりの光景が択捉島のギドロストロイ社で繰り広げられているから、写真でご覧戴きたい。こういう会社がひとつでもあったら根室に優秀な人材が残るし、全国から根室に移住したいという人が殺到するだろう。人口減だってとまる。
 市長が旗を振り、市役所がやっている「根室再興」と比較してみればいい。町の繁栄の礎は民間企業が利益をあげ、従業員やその家族に安心や満足をどれほど与えられるかにかかっている。根室市がどれほど勘違いをしているか関係者はサリーブログを読んでよく考えた方がいい。

 圧倒されたのは標津のそれとは比較にならぬきれいで巨大な人工孵化場。根室の水産会社でギドロストロイ社にあるような保育設備や従業員福利施設(温泉)、医療施設(病院)などなどをもった会社があるだろうか、ない。およそ比較にならぬほど立派である。「宝島」だからこそできる利益とゆとり。

 引揚者の団体である千島連盟は年に何度も行われる「恒例行事」の名目として利用されているだけ、というのは私の印象。どういう印象をもたれるかは読んだ人の自由だから、とにかく読んで写真を見て、ご自分の頭で判断されたい。楽しい旅行記になっている。URLはひとつだけしか挙げていないが、6つともお読みいただけたらうれしい。ebisu推薦の択捉島ビザなし交流体験記だ。
 続編も期待したい。

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 サリー・ブログには択捉島訪問記事が6個アップされている。
 住民交流会編
 http://ameblo.jp/sommelier/entry-11268783365.html

  企業(ギドロストロイ)訪問編
 
http://ameblo.jp/sommelier/entry-11267592884.html#cbox

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 以下は弊ブログの関連記事のURLです。
*#1971 北方領土問題コメント(欄)対話(2):もちつもたれつの重層構造(福島県・福井県・根室市) June 12, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-12

*#195「少し過激な北方領土返還論」MIRV(多核弾道ミサイル)開発・組み立て・解体ショー
ロシアをぎゃふんといわせ北方領土を返還させるための具体論
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-06-07

 #465「"Japan sent uranium to U.S. in secret"は北方領土返還運動の好機か?」
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-12-30

  #1401「ロシアがフランスから新型軍艦を購入し北方領土へ配備、対抗措置はあるか」
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-03-1

 #1892 映画「マーガレット・サッチャー」と北方領土 Apr. 6, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-04-06

 #1965 ビザなし交流=通過型観光旅行? June 8, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-08

 #1969 北方領土問題コメント(欄)対話(1): ビザなし交流の虚実  June 11, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-11



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通りすがり

ビザなし訪問の「住民対話集会」は最近では形骸化して来ているようです。小生が最後に択捉島に行ったのは2年半ほど前の夏でしたが、その時にはもう既に「日ロの子育て事情について」などとどうでも良いテーマに成っていました。最初に国後・択捉に行った時は、今から6年前の例の漁船銃撃事件の1週間後の事でした。その当時は国後でも択捉でもコースの中にやはり「住民対話集会」が位置付けられていて、結構日本側もストレートな意見を出していましたね。勿論それに対するロシア側の反応は「ここはロシアだが、皆さん仲良くしましょう!」的な当たり障りが無い内容でしたが・・・。
大体「住民対話集会」の会場は行政府の有る所の小学校が用いられます。日本側は70人前後の団員の殆どが出席、ロシア側は20~30人程度でしょうか。何回も行っていると、「住民対話集会」に出てくる”住民!?”が「あれっ、去年も見たな」(つまり常連? やらせ?)。
一度鈴木宗雄氏と同行したことが有りますが、彼が「住民対話集会」の席でかってモスクワに総理大臣(小渕?)に同行した際のロシア側との約束(いずれ島は日本に返還するつもり?)の話を声高に叫んでも「ニエット!」と相手は聞く耳を持ちません。フロアのロシア住民にとっては雲の上の話でしょうし、壇上のロシア行政府の責任者に取っては聞きたくない話なんでしょう。そんな雰囲気の中で、かって択捉島に住んでいて8月末に突然島を襲って来たロシア軍(ソ連軍)に家まで占領された元島民の方がその時の模様を冷静に語ったことが有ります。会場はしーん。その元島民は場を弁えていてロシアに対する”恨み・辛み”を一言も言いませんでした(さすが良くも悪しくも日本人)。それでもロシア側の住民は「大変なご苦労をされましたね」でチョン。後はお決まりの日ロ交流の合唱。日本側は「ふるさと」、ロシア側は「カチューシャ」(笑)。

その当時はこんな「住民対話集会」など訪問団のアリバイ作りの茶番のだと思っていましたが、今考えればそれでも未だ少しは意義が有ったのかも知れません。しかしその後ロシア側は次第に「ここはロシアだ。余所者の日本人にとやかく言われる筋合いは無い!」との考えが露骨に成って来たようです。確かにその頃はもうサハリンの油田が順調で、そのお裾分けが数百億円北方4島を潤い始めていましたので、「もう日本への帰属の必要性は無い」とロシア側も腹を括ったのかも知れません。

いずれにしても、今の日本は魚釣島の一件を見るまでもなく全く主体性がない(アメリカ追従)外交に終始しています。これではあの老獪なロシア政府に立ち向かえるわけが有りません。一日本人として悲しい現実ですね・・・。
by 通りすがり (2012-06-15 10:59) 

通りすがり

その後、訪問団に対する現地行政府の態度(対応)が何故か急変したと聞き及んでいます。ビザなし訪問恒例の日本人のお墓参りの際にも責任者が墓標を引っこ抜き「こんな物日本に持って帰れと!」と地面に叩き付けたとか・・・。しかしその事が原因かは分かりませんが、かれはその後更迭されたと聞いています。とにかく現地(特に択捉)の行政府の責任者は結構変わります。その度に日本からのビザなし訪問団に接する態度に温度差を感じます。それは時のロシア政府の意向なのでしょうが。島のロシア住民たち個人は皆明るく親切な方ばかりですが、一旦背中に国旗を背負うと、やはり態度は厳しくなります。もう「住民対話集会」が開かれたとしても、その場で島の所有を巡っての真剣な論議などされないでしょう。それはロシア側の作戦であり、またそれを黙って受け入れ”朝貢外交”しか能が無い日本外務省の実態なのですから。
by 通りすがり (2012-06-15 11:24) 

ebisu

6年前と2年半前、そして今回サリーさんの訪問時の住民集会対話の実情、変わって行く様子が生々しく伝わってきます。

毎年市内の中学校では北方領土問題をテーマとして弁論大会が開催されていますが、こどもたちはこうしたビザなし交流の実情を知りません。

事実を知ることが大事です。何がどうなっているのか、日本の外務省は何を考え、どういう動きをしているのか。
千島歯舞居住者連盟とは何なのか、どういう役割を果たしているのか、そういうことを知らずに踊らされて、全国大会へと送り出されていく。

事実を知れば現実の返還運動批判が飛び出します。
それは「もちつもたれつ」で効果がまったくないことを承知しつつやっている振りをしている関係者にはまことに不都合なことです。

やるつもりなら本気で、やらないならくだらぬビザなし交流などやめてあきらめればいい。
本気でやるならMIRV開発の具体論があります。市議会で決議して全国に問題提起をすればいい。
by ebisu (2012-06-15 13:43) 

通りすがり

このブログを読んでいて、今ふと気が付いた事が有ります。計7回も国後や択捉に行っていた時には考えもしなかった事です。島を訪問してその夜島に泊まる場合に幾つかの方法が有ります。国後島の場合は「日ロ友好の家」(日本での俗称:ムネオハウス)に泊まれます。この建物はどちらかと言うと日本からの訪問者用に造られているようで、ビザなし訪問団以外にも日本からの文化交流の団員なども利用しています。またロシア側に拿捕された日本人漁船員なども一時的に収容されているようです。例の銃撃事件の湾中のS船長たちも小生たちが行く直前まで居たそうです。また何回目かの訪問の時に部屋に先客が居てバッティング。彼は拿捕された羅臼の船長でした。島に泊まらない場合は湾内に停泊しているロサルゴサでの船中泊です。一方択捉島の場合は1軒だけ小さなホテルが有りそこに泊まることは出来ますが、70人全員は無理な話ですので、一部は島の家庭に泊めて頂く事に成ります。その場合、大体が島の中流かそれ以上のクラスの家庭にステイすることに成ります。その多くは日本に呼ばれて旅行していたり日本の病院で治療を受けていたりする、つまり日本と少なからず縁があるような家庭のようです。その場合、小生の経験から言うと最悪なのが”言葉の壁”です。こちらは99.9%ロシア語が分かりません。一方の向こうは日本語は勿論英語も殆どの人間が分かりません。これは例えば幾ら英語が出来ない日本人でも白=white、黒=black、行く=go、来る=come、良い=good、悪い=badは何とか分かるのとは次元が違います。ロシア人の英語も日本人のロシア語もお互いに名詞、形容詞、動詞の殆どが分かりません。つまり全く会話にならないわけです。一応団員と相手方にはビザなし訪問団用に編集されたロシア語会話の小冊子が手渡されますが、あんなもの現場では殆ど役に立ちません。
えーっと「この料理は大変美味しいです」は? ページを捲り、「有った有った。オーチン・フクスナーだ」。すると相手も本を覗き込み「ドウイタシマシテ」(笑)。これではまともな会話に成りません。そこで訪問団に随行している日本人のロシア語通訳殿の出番に成ります。しかし通訳たちも手分けして各家庭を廻らなくてはならないので、1軒の家庭には精々30分位しか居られません。その通訳が居る時に聞きたいことや話したいことを貯めておいて”交流?”するわけですが、通訳の手前もあって「ここは元々日本だから返せ!」などとは言えませんよね。そして通訳が引き揚げた後にはお互いの間に気まずい沈黙がずっしりと圧し掛かります。そうなると万国共通の間の取り方は「では健康を祝して乾杯!」の連続。かくして慣れないウオッカをがぶ飲みしてダウン・・・これではロシア人の家庭に日本人を泊まらせても政府に都合が悪い話など出る筈も有りません。ロシア側がロシア人家庭への日本人のホームステイを認める訳です。
しかし、日中の訪問団の行動は”送り迎え”と言う名の下に島民が提供する車に分乗しての団体行動を強制され、実は監視されているようです。
さすが”ロシア”ですね(笑)。

お互いがこんな調子ですので、ロシア側も

by 通りすがり (2012-06-15 15:43) 

ebisu

ホームステイしてもこちらがロシア語がわからないでは、領土問題など話しようもないというのはあたりまえすぎますね。
おっしゃるように、ホテルが足りなくてホームステイさせてもらっているのに、相手を不愉快にさせるような話しはロシア語ができても礼儀上言わないのが日本人の感覚です。

そこでウォッカで乾杯の繰り返しですか。

本題とは関係のない住民対話集会の最後を日本人が「ふるさと」を歌い、ロシア人が「カチューシャ」を歌って締めくくる。
同行した1割の引揚者、あるいはその子・孫・配偶者がどういう気持ちで「ふるさと」を歌ったのか。

そんなに惨めな思いをしても、ふるさとの地を踏みたい心が哀れです。
by ebisu (2012-06-16 01:31) 

サリー

私が、ビザなし交流の「闇」である、あの人たちの腹の中を見抜くのに一生懸命な間、元警察官(夫)は、ちゃんとロシア側の「監視している人」を見抜いてました。

国民の税金で賄っている「ビザなし交流」の本当の目的を、国民は問うべきでしょう。
続編は、かなり過激になるので、もう少し時間をください。(汗)
by サリー (2012-06-16 02:50) 

ebisu

おはようございます。
サリーさん、じっくりアップしてください。サリー節、期待しています。
by ebisu (2012-06-16 11:34) 

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