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#1759 虎"ぐるるっ"と唸る:釧路の教育を考える  Dec. 2, 2011 [64. 教育問題]

 面白いから採り上げる。
 釧路の情熱空間という動物園で虎が"ぐるるっ"と唸った。
 この虎さん、ときどき唸ったり吼えたりしますが、ほんとうは情が深くやさしいのです。でも虎ですから、腹に据えかねると噛み付くことはあります、ご用心。(笑い)

http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/4917977.html
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2011年12月02日

反対意見の例

講演の際に、いつもこう前置きをするようにしています。

たかが子どもの勉強。
子どもは元気に遊んでいればよろしい。
勉強などよりも大切なことがたくさんある。
実は、私自身そう思い続けてきました。
しかし…

と。

この問題に否定的な方は、私見ですが以下に分類されます。

1.すでに子育てを終えた方。
2.特定の政治的信条をお持ちの方。
3.他はどうあれ、自分とは無縁と考える方。
4.実力勝負の世界で勝ち残ってきた方。

実は、手が悪いと考えるのは3番目の方です。こんなことがありました。とある所でお話をさせていただいた際に、「いやぁ、三木さんの言う通りだわ。私も、自分の子の大学進学までは苦労をしてねぇ…」聞けば、某国立大学の医学部に合格したそうで、親子で目指していた目標を達成するには、釧路での学習環境には閉口するばかりだったとのこと。そこで、協力を仰いだところ、「私はもう、子育ては終わったからねぇ…」などと協力する気などまったくなし。

さて、今日の釧路新聞(2011.12.02)「余塵」は、上記1のご意見と思われます。お書きになった記者さんに、直に面談を申し込みましょうか。それとも、議連(釧路市議会基礎学力問題研究議員連盟)の勉強会へご招待しましょうか。主筆のご意見をこそお伺いしたいものです。

CCI20111202_00000











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【ebisuのさらっとコメント】
  新聞記事をクリックし、拡大して内容をよく読んでほしい。
 内に炎を宿し生徒を鼓舞できる先生が10%でもいれば自浄作用が期待できる。では釧路の現実はどうなのか、そこのところで方向が分かれるのだろう。

 松陰先生は学問は不要と言っているわけではあるまい。それどころかしっかりした智力に支えられなければ行動が無になることをよくご存知だった。もともと軍学者の家に生まれ、いろいろな軍略について幼少の頃から学んできた人である。
 もちろん当時は大学などはないから、私塾を開いて教育をした。松蔭自身さらに学びたくて黒船に乗りつけ海外への渡航を交渉するが拒否され、獄中に。当時は国外に出ることを企てただけで重罪。
 日本橋本町に本社事務所を構え仕事をしていたとき、散歩したら松蔭が刑死した場所に出くわした。碑があり、首切り役人が落ち着いて作法どおりに腹を切った松蔭を褒め称えている。
 たしかな智力と胆力がなければ、松下村塾から幕府を倒そうとする者たちが輩出するわけがないし、倒幕に成功するはずもない。明治新政府を支えた者たちもいる。10畳と8畳の二間、彼の門下で直接教えを受けた者はわずか50人である。

*松下村塾(ウィキペディアより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E6%9D%91%E5%A1%BE

**刑死地(小伝馬町)
 写真3枚目、十思公園が刑死地。同僚のSさんと昼食後の散歩をしていたら、偶然ここにたどり着いてしまった。碑文を読んだあのときに140年の時間を隔てて何かが胸に伝わってきた。東京へ行く 機会があったら、訪ねてみるのも一興である。あなたへも時空を超えて松蔭の思いが伝わってくるかも知れぬ。
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/62036010.html


 ついでだから、ブログ"情熱空間"の一つ前に書いたコメントも転載しておく。

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3. Posted by ebisu   2011年12月02日 10:44
景気が悪ければ悪いほど人材は不足してしまうんです。案外、そういう事実が知られていませんね。

仕事の仕方次第で、たとえ不況であってもいくらでも利益は上がるんです。企業側はそういうことをやってくれる人材を求めています。
ところがなかなか見つからないのです。
学力の高いこと、広い教養と高い見識をもっていることも大事ですが、何かに秀でていることも大事です。
要はさまざまな分野で他に秀でた人材を集めたいのです。ですから能力の高い人材にはいつでも職があります。能力次第で年収を大幅に上げて転職も可能です。

歴史の古い一流企業と呼ばれる会社は大卒にしか門戸を開いていない会社が多い。それが現実です。

能力が高ければ、自分のスキルを磨きながら十数年で零細企業を上場企業に育てることができるでしょう。
世の中の企業は学力の高いもの、何かに秀でた者をいつでも求めています。職がないのは不景気のせいではないのです。

高校卒業までの18年間をどう過ごしたかで、生活習慣や基礎学力の高さが決まってしまいます。人生が決まると言っても良いでしょう。
この18年間をおろそかに過ごしてしまうとその後の人生で挽回するのは至難の業です。でも、まれにそういう人がいますから、決してあきらめてはなりません。
他に秀でた能力は一つのことをたんたんと、迷わず一心にやることでも身につきます。
どんなに困難な中にあっても絶望せず、ひたすら自分を磨き続けることです。そういうあなたを誰かが見ていてくれます。

      …団塊世代の爺より 

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コメント 11

ZAPPER

はい、虎です。^^

身はたとひ
武蔵野の野に朽ちぬとも
留め置かまし大和魂

同社の懇話会でお話をさせていただき、OBや顧問の方々よりご協力の快諾をいただいたのですが…。おそらく、ガツンとやられちゃうでしょうね。知~らないっと。助けてあげないもんねぇ!(笑)
by ZAPPER (2011-12-02 14:35) 

ebisu

問い合わせへの釧路新聞からの回答を読みました。
会社としての意見を載せるコラムですから、あれは書いた記者のフライングでしたね。
思わず自分の本音を書いてしまった。

ベテラン記者なら自分の意見と会社の意見を書き分けることぐらい造作もないはずですが、そういう基本すらできない。
中にはそういうレベルの人もいるということ。
プロらしくもない、驚きました。

by ebisu (2011-12-02 22:41) 

ZAPPER

そのうちに出向いて参ります。

近々、読売新聞と北海道新聞、両誌の全道版に我が「釧路の教育を考える会」が掲載予定なのに、肝心の釧路新聞がこれでは、まさにトホホ状態です。「やっぱり釧路だもんねぇ!」と笑いの種になりかねないですから!^^
by ZAPPER (2011-12-02 23:52) 

もやしさんま

吉田松陰の言っていることを例えば漁師に当てはめれば
「漁師は、漁業法や漁業規則も、GPSやレーダーの見方を含む航海術も、漁労設備や漁業資材の仕掛けの作り方も、機関エンジンのメンテナンスや管理も、海の潮流や気候による影響も、魚の生態も、乗り手の人事管理も、市場の動きも、更には保安部や水産庁のみならず場合によっては国境警備隊の動向も、他に何が??、そういったもの全てを、水揚げを多くする目的のために必要なだけ把握し自分の中にデーターを蓄積しなければならない」ということであって、そのために個々のテーマの専門家になる必要はないが、それぞれのテーマの専門家とある方向性において真剣な話し合いのできる力は必要と言うことです。専門家とは根室で言えば無線屋、鉄工所、資材屋、造船所、などなど。
ところが釧路新聞の余燼さんの言うことを漁師に当てはめれば
「魚さえ取れれば良いんで、いろいろなことに精通する必要はない」と、言っている様に聞こえる。現場を知らない一般論のような・・・・



by もやしさんま (2011-12-03 00:07) 

Hirosuke

「現場」って一体・・・ [LMN研究所]
http://tada-de-english.blog.so-net.ne.jp/2011-07-14
「非番の救急救命士」事件に関する記事にコメントした「救急救命士さかたさん」へのHirosukeコメント   

Kimさんコメント
http://kekimura.blog.so-net.ne.jp/2011-06-06

労働環境ブログトーナメントで優勝しました!

是非お読みください。
by Hirosuke (2011-12-03 11:18) 

Hirosuke

塾長、子供時代からの疑問なのですが、
あの倒幕は正義だったのでしょうか?

必要だったのでしょうか?

内乱に次ぐ内乱、戦国時代を経て、ようやく太平の世になったというのに、なぜ、醜い殺し合いをしなければならなかったのか。

新撰組を初めとする倒幕派の面々がヒーロー扱いされているのが、どうしても理解できません。

あの時、平和裏に解決する事は不可能だったのでしょうか?

世界の革命も同じです。

「無血革命」なんて言葉がある位なのですから。

by Hirosuke (2011-12-03 11:34) 

もやしさんま

本当にあった事はひとつでそれは変えようもありませんが知りようもありません。
歴史はいわば解釈で一定の制約の範囲内でいくらでも改ざんできます。
なぜ戊辰戦争が必要だったか、武力討幕が必要だったかも色々な説があると思います。
私の気に入っている説明は、アメリカの南北戦争が意外にあっさりと北軍の圧勝で終わったために、マジソン商会が抱えた銃の在庫を処分するための売り先として、薩摩藩に保証人になってもらって幕府と戦争をする長州に買ってもらうことにした。この説では坂本竜馬は死の商人の工作員になってしまいます。
まあ本当の事はわかりません。タイムマシンにも乗れないし、人の心は読めないですから。もっとも心は読めなくてもやっていることでかなりの予測はつきますから、タイムマシンにさえ乗れればかなりいい線はわかるでしょう。勿論原理的に不可能ですけど

ところで新撰組は討幕派浪人をやっつける佐幕派の過激派ではありませんか
by もやしさんま (2011-12-03 13:02) 

Hirosuke

もやしさんま さん

>ところで新撰組は

そうですね、間違えました。

>変えようもありませんが知りようもありません。


確かに、未知に満ち満ちた過去は変えようがありません。
それでも、過去の過誤を看過するわけにはいきません。

>坂本竜馬は死の商人の工作員

傑作です。

by Hirosuke (2011-12-03 14:28) 

ebisu

歴史は謎だらけですね。私もタイムマシンに乗ってみてきたいです。
死の商人の工作員説ですか、国民的英雄の無私の人、竜馬がちょっとかわいそうな気がします。

「銃の在庫処分」はそうだったのでしょうね。
どこから見るかで歴史は様相が違って見えるようです。
人の身体をみるときに可視光線で見れば美人も、レントゲン線や核磁気共鳴装置でみれば美人もへったくれもなくなります。

薩摩と長州はちょっとやりすぎたようです。会津藩や長岡藩の河井継之介は気の毒なことをしました。
福島県郡山市のある会社に出向したときに会津を何度か訪れました。ここに討幕軍が殺到したのかと、たいして広くもない会津の地に立って目をつぶり思いを当時へめぐらしてみました。

いくつかの藩を血祭りにあげる必要が倒幕側にあったのでしょう。
勝負があったところで和平交渉に持ち込むのが強い方の獲るべき態度、弱いほうはかなりの犠牲を覚悟で和平に応ずるか、トコトン戦い潔く玉砕するかです。
どこかで関が原の戦い以後、領地を削られた辛酸の歴史があるので、錦に御旗の陰に隠れて積年の恨みを晴らそうというどす黒さも感じてしまいます。

お二人の議論は楽しく読ませていただきました。ありがとうございます。
by ebisu (2011-12-03 22:54) 

もやしさんま

長州と薩摩の大部分の人は討幕の戦いだと思っていたのでしょうけれど、実は幕藩体制から中央集権体制への移行の闘いで、討幕討藩の闘いだったのです。だから会津の白虎隊だけでなく、そのあとの奇兵隊の反乱も、そして西南戦争も、いわば討藩の闘い。まさか自分たちが始めたと思っていた戦いの刃が跳ね返ってくるとはね。
徳川幕藩体制の確立には、関ヶ原と大阪の陣、終焉には戊辰戦争と西南戦争、なんとなくアナロジー。

by もやしさんま (2011-12-04 00:18) 

ebisu

奇兵隊は気の毒でした。明治政府に幹部たちが登用されやりたい放題、一般兵士は給料も半分幹部たちにピンはねされ、あまりに不平等な論功行賞と失業の恐れに、やむにやまれぬ"公憤"や"義憤"が噴出し戦わざるを得なくなった。それを鎮圧して処刑したのは元騎兵隊の木戸孝允。
いつの世でも権力を握った途端に豹変する輩はいるもの。

西南の役も兄弟で敵味方に分かれての殺し合い。昨日一緒に戦った仲間同士が殺しあうことになる。
権力を手にすると自分たちに不都合な存在を、たとえ昨日まで一緒に戦った仲間でも殺してしまう。

千年たっても2千年たっても変わらないのでしょうかね。
昨今の政権交替ではさすがに殺し合いはありませんね。
人間は少しは進化したのでしょうか?
私にはさっぱり分かりません。
by ebisu (2011-12-04 01:05) 

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