SSブログ

生徒の疑問と教育論 #960 Mar.20, 2010 [57. 塾長の教育論]

 昨日の授業のことだ、生徒が質問した。
「先生、同意表現と書いてある、これ全部同じですか?」
学校で使っている文法テキストのフォレストのある箇所を指差している。
「同意表現?どういう意味で使っているんだ、どれ見せてみな」
  同意表現という用語を知らなかった。agree?なんて見当違いの用語を頭に浮かべながら生徒の指差すところを見たら「同意表現」となっていたが、類似表現という意味で使っており、数学記号に翻訳すると"="ではなく"≒"だ。

 文例は忘れたが、おおむねこうだ。
 ①I don't like curry as much as ramen.
 ②I like better ramen than curry.
  ③I like ramen rather than curry. 

*(3/24 例文を書き換えました。コメント蘭に誤用を指摘してくれた人が2名います。用例を確認せずに書いた私が不用意でした。①と③の文を訂正しました)
  「形が違えば意味が違う」とはhirosukeさんだが、二つの文はニュアンスが違う。日本語で考えても同じことが言える。
 ①「ラーメンほどカレーは好きではない」
 ②「カレーよりもラーメンの方が好きだ」
 ③「カレーよりはラーメンの方が好きだ」

 言葉というのは発話者が頭の中に何か伝えたいことがあって、それを自分の語彙の中から言葉を選び、自分の伝えたい内容に一番近い表現を選んで文にする。聞き手が発話された文を介して同じイメージを頭に中に形成できればコミュニケーションは成功である。

 ロイヤル英文法549ページには「相関語句」という用語で同じ表現を扱っている。こちらの方が文法用語としては適切だろう。「同意表現」はニュアンスを伝えきれない、誤解を招く用語だ。
 
 同じ肯定文同士の②と③は「相当語句」「類似表現」で括っていいだろう。①と②を比べると、否定と肯定だから形が違う。①だと話者はラーメンもカレーも嫌いなのかもしれない。「どちらかといえば・・・ラーメンの方が・・・」ということかもしれない。論理的にはぜんぜん別の表現だし、意味も異なる。
 高1は数Aで「論理と集合」を終わっているから、論理学的な説明でも理解できるだろう。「P⇒Q」、集合の包含関係を考えればすぐにわかる。数学の好きな生徒だったら、そこまで踏み込んで説明してよい。
 英語と数学の両方を同じ塾長が教えるメリットは科目横断的な説明が可能になることにもある。学問の領域を超えたクロスオーバーを体験しておけ。大学生や院生や社会人になってから、いずれ必要になるときが来る。

 この生徒は続いて質問を試みた。こういうやり取りが楽しい。
「もう一つ別の表現が別のページにあるのですが、これ三つとも「同意表現」で意味は同じですか?」

 「形が違えば意味が違う」といったはずだ。=ではなく≒だから、
 A≒B
 B≒C
 C≒D
 ・≒Z 
 とやっていったら、A≒Zになるかならないかは、個別に検討しなければわからない。まったく別物になっている可能性もある。A≒Cすら保証できない、個別に検討するしかないのだよ。

 ここでわかってほしかったのは、概念の拡張である。個別の問題に当てはまることを拡張して一般化できる場合とできない場合があることに気づいてほしい。これは科学理論にそのまま当てはまる。ニュートン力学だって、相対性原理だって無限に拡張して一般化はできない。理論はかならず自らの適用限界を有しているものだ。
 英語にも数学にも自然科学にも経済学にも「相似なパターン」が現れる。そういうことを個々の学習や疑問を通して「体験」してほしい。
 疑問が出るということが素晴らしい。ナマ授業にこだわるのは、生徒の疑問を大切にしたいことと、ナマ授業でなければ伝えられない大事なものがあるからだ。

 ビリヤード、スリークッションゲームで数回世界チャンピオンになったことのある小林先生に図面を描いて質問をしたことがある。先生は質問を大事にされて、丁寧に教えてくれた。ちょうどNHK教育TVでビギナー向けの講座を終わったばかりのときだったので、ビギナーに続いてセミプロ向けの本を出してもらえると勉強になるのだがと言ったら、「それはできない」と即答された。
 理由を聞いてみたら、書いたとおりにやったけどそうはならないと一知半解の人たちからいろいろ批判や問い合わせがでるからだ、そう説明された。技術の微妙なところになるとニュアンスが伝わらないのである。名人に直接教えを請うしかない。八王子の町田先生にも教えてもらったことがある。職人技できちっとしていた。やはりマニュアルや本では伝えられないものをたくさんいただいた。アーティスティックビリヤードで銀メダルをとったことのある町田正のお父さんである。

 教育とはそういうものだろう。先生と生徒の直接対話の中でしか伝えられないものがある。500年近く続いている日本の私塾本来のあり方、教育法(伝統)でもある。
 世の中にはいろいろな先生がいて、それぞれの信念に基づいて、さまざまな教え方をしている。塾選びは先生選びでもある、誰に習うべきかについては「答え(正解)」はない。自分にあった先生を探し、選べ。

*世界チャンピオンの小林先生のことはブログ#039『世界チャンピオン小林先生と道元:教育の本質』にある。霞会館で皇族にビリヤードを教えていたこともある。現天皇のビリヤードコーチでもある。昭和天皇にご教授申し上げたのは札幌にお住まいだった吉岡先生だったが、白髪の品のよい先生だった。昔、駅前大通の三井ビルの向かい側に、「白馬」(5階と6階の2フロア?)というビリヤードがあった。42年前にはあったが今はない。吉岡先生の経営するお店で、日本で一番品のよいビリヤード場だっただろう。教育とビリヤードに興味のある人だけ読んでください(アメリカンスタイルのビリヤードとヨーロピアンスタイルのビリヤードはまるで違います。品が違う)。
  開けない場合は、「人物シリーズ」というカテゴリーをクリックし、スクロールしてください。すぐに出てきます。

 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2007-12-31


*kmさんというハンドルネームの方が、コメント蘭に上記の例文の解説をしてくれたので、転載します。好きな程度を表すから不等号で処理できる、なるほどいい着想の解説です。シンプルで美しい。(18日21:55追記)

 ①「ラーメンほどカレーは好きではない」
これはラーメンがすごく好きでカレーも好きなのだけれどすごくではない
ラーメン>カレー>普通
 ②「カレーよりもラーメンの方が好きだ」
読んで字のごとしカレーとラーメンの好きさ比較
ラーメン>カレー
 ③「カレーよりはラーメンの方が好きだ」
たぶんカレーが嫌いなのでしょう、ラーメンも好きではなさそうです。
カレー<ラーメン<普通
であると思います。

いつも病院問題の意見興味深く読んでいます。
根室は国保高いので病院も行きにくくなります。

by km (2010-03-18 13:22) 


nice!(1)  コメント(9)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 9

サリー

塾選びは先生選び!
そのとおりですね。
学校では先生を選べなかったので、嫌いな先生の授業は苦手な科目でもありました。
勉強をやる気になるか嫌いになるかは、先生の人間性や教え方が大きく影響すると思います。
ebisuさん、大人を教育するための塾もやりません?
by サリー (2010-03-18 12:08) 

km

①「ラーメンほどカレーは好きではない」
これはラーメンがすごく好きでカレーも好きなのだけれどすごくではない
ラーメン>カレー>普通
②「カレーよりもラーメンの方が好きだ」
読んで字のごとしカレーとラーメンの好きさ比較
ラーメン>カレー
③「カレーよりはラーメンの方が好きだ」
たぶんカレーが嫌いなのでしょう、ラーメンも好きではなさそうです。
カレー<ラーメン<普通
であると思います。

いつも病院問題の意見興味深く読んでいます。
根室は国保高いので病院も行きにくくなります。




by km (2010-03-18 13:22) 

ebisu

 サリーさん、いつも読んでくれてありがとう。大人の塾ならよく吼えるわたしの席は生徒のほうですね。年寄りらしく徒然草でも読んでおとなしくならないといけませんね。

 kmさん素敵な解説ありがとうございます。頻度の副詞を並べるときに私も不等号を使いますが、これも好みの程度を比べているので同じパターンが使えるのですね。
 さっそく授業で使わせてもらいます。生徒の反応が楽しみです。
 それから病院問題のブログを読んでくれているのですね、ありがとうございます。根室を変えるのは結局根室に住んでいるわたしたちです。変えなければ、結果にも甘んじなければならない。ますます吼えます。
 ・・・弱い犬ほど好く吼える?そのうちに噛み付くかもしれません。
by ebisu (2010-03-18 14:01) 

cowcow

受験生ですがちょっとコメントさせて下さい。

細かいですが文例について、まず名詞に冠詞がありませんが意図的でしょうか。それから、would rather の後ろに動詞がありませんがこのような型は英語に存在しないと思います・・・。
by cowcow (2010-03-19 04:08) 

ebisu

受験生のcowcowさん、would rather+動詞はご指摘の通りです。直したつもりでしたが、そのままになっていましたので、訂正します。
冠詞については特定のラーメンやカレーについてでなければ不要だと思います。例の、あの店のあのカレーやラーメンという意味ならもちろんあなたの言うように冠詞をつけることになります。
冠詞についてはもう一つ。
curryにはcとuとどちらもありますから、カウンタブルととれば、カレーが好きというのは、複数形を使うでしょうね。
I like curries.
冠詞のない例はMacmillan English Dictionaryの電子辞書に例文がありましたので載せておきます。
Curry is rapidly becoming the UK's favorite dish.

 冠詞の扱いは難しいですね。
 コメントありがとう。

冠詞については古いもの(91年)ですが面白い本があります。現在も出版されているかどうかわかりません。英語好きの高校生なら読める本だと思います。
Alan S Brender, "Three Little Words A, An, The"
マグロウヒル社から出版されています。

by ebisu (2010-03-19 09:08) 

cowcow

丁寧なレスポンスありがとうございます。

curry、ramenなど、冠詞(a)が付く場合は可算名詞として例えば皿に盛られたカレー(お店で出てくるもの、単数の場合はカレー一皿)と理解し、冠詞なしの場合は抽象概念としてのカレー(具象化されていないイメージ上のカレー)と理解しました。(即ち、世間一般でいうところのカレーが好きな場合は不可算、具体化されたカレーライス(イメージとしては家やお店で既に皿に盛られているカレー)は可算名詞として扱う)。

本題(比較表現)から脱線してしまい申し訳ありません。

比較の話しについてもコメントしますが、私の手元にも「Forest」「ロイヤル英文法」があります。どちらもそうですが、参考書、文法書の解説は往々にして「英文法のための文法解説」は当然なされていますが、「英文を解釈するため文法解説」(文章中での生きた働きまで解説)をしているものはほとんどないように思います。

例えば、
a)She is more pretty than beautiful.
b)She is pretty rather than beautiful.

という文章があった場合、形容詞の相対比較(文法的には"メタ比較"というらしいですが)という点ではほぼ同じ意味になりますが、一つのものの複数の属性を比較して一般論(knowledge)と筆者の主張(wisdow)の区別を行うという視点から考えると、a)の「more A than B」の形は断定性の度合いは低く、prettyとbeautifulを相対比較した場合、どちらかというとprettyだよねというある意味曖昧さ(ソフトさ)を残すニュアンスになると考えます(ゆえに文章中では筆者が一番言いたいこととはなりにくい)。

対してb)はnot beautiful but prettyに近い意味になり、「彼女はprettyである」という風に、直接的で断定性の度合いが高い文になるため、特に長文問題でA rather than B という文章が出てきた場合はAの部分が文章全体を構成する上で、筆者が一番言いたいことのシグナルフレーズになるということがわかってきました。

高校の定期テストレベルで文法問題を解く分には丸暗記でも十分に対応できると思いますが、さすがに大学入試レベルになると、一歩超えた形で理解しなければならないですよね(僻地なので残念ながら学校にもここまで解説してくれる良い教師がいませんが・・・)。

長々と駄文を書いてしまい失礼しました。また興味のある話題の際にはお邪魔させて頂きます。
by cowcow (2010-03-19 16:21) 

ebisu

ここまで深読みする受験生がいるとは驚きです。
受験問題ではつまらないのではないでしょうか?
近くに住んでいるなら、一緒にジャパンタイムズの記事を読んでみたいものです。適性をみるためにいくつかの分野の専門解説記事をね。
何に興味が向くかわからないから、原書でいくつかの専門書を渉猟してみるのも楽しそうです。
受験勉強を離れてみませんか?

哲学が高校の科目にはありませんが、あなたには哲学が向いているのではないですか。少なくとも英語向きではないでしょうね。
興味を他に広げてみませんか?
あなたは研究者タイプです。
by ebisu (2010-03-19 22:51) 

TB

時折拝読しています。

①I don't like as curry as ramen.
これはいかにも奇妙です。
I don't like curry as much as ramen.
とでもしておくのが良いでしょう。
先行するasの後には形容詞や副詞が伴われます。
どなたも触れていないようなので、ご確認を。

もう1点、
>would rather の後ろに動詞がありませんが

この表現については、直接that節を伴う使い方があります。(つまり動詞の原形がない)
eg. I'd rather you didn't go there.

助動詞はその昔動詞でしたので、こういう名残がしばしばあるわけです。(willingはその分詞形ですね。)

以上、ご参考まで。
(根室出身の専門家より)




by TB (2010-03-24 06:51) 

ebisu

問題は私がうろ覚えのまま、用例を辞書その他で確認もせずに不用意にブログに記載したことにあります。
ご指摘の通りですね。as~asの間に形容詞・副詞がありません。これもうっかりしてました。
ブログを書くときは用例をきちんと確認してからにします。

さて、ご指摘の点ですが二つあります。まずは一つ目から。程度の比較ですから仰るとおりです。中高生のためにちょっと補足しておきます。次の二つの文がもとになっています。
I don't like ramen very much.
I don't like curry very much.

さて、どちらの方が?ということで、比較です
I don't like curry as much as ramen.

私はどちらも大好きでした。今はどちらもちょっと無理なので過去形です。

would ratherについてもおっしゃるとおりの用法があります。辞書とPractical English Usageで確認しました。

ブログは直しておきます。これからも誤用があったらすぐに指摘してください。辞書や語法辞典で確認はしたいと思います。反省。「根室出身の専門家」さんどうもありがとう。

by ebisu (2010-03-24 09:46) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0