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オバマ大統領就任演説を読む(4) [4, 5] [B3. オバマ大統領就任演説を読む]

オバマ大統領就任演説を読む(4) [4, 5]

 今日のテクストはオバマ大統領の就任演説の4段落目と5段落目である。検索の便宜を考慮して新しいカテゴリー「オバマ大統領就任演説を読む」を立てた。

(4) That we are in the midst of crisis is now well understood. Our nation is at war, against a far-reaching network of violence and hatred. Our economy is badly weakened, a consequence of greed and irresponsibility on the part of some, but also our collective failure to make hard choices and prepare the nation for a new age. Homes have been lost; jobs shed; businesses shuttered. Our health care is too costly; our schools fail too many; and each day brings further evidence that the ways we use energy strengthen our adversaries and threaten our planet.

〈読売新聞訳〉
(4) 我々が危機の最中にいることは、現在では明白だ。我々の国家は、暴力と憎悪の広範なネットワークを相手に戦争を行っている。我々の経済は、ひどく弱体化している。一部の者の強欲と無責任の結果であるだけでなく、厳しい決断をすることなく、国家を新しい時代に適合させそこなった我々全員の失敗の結果である。家は失われ、職はなくなり、ビジネスは台無しになった。我々の健康保険制度は金がかかり過ぎる。荒廃している我々の学校はあまりにも多い。さらに、我々のエネルギーの消費のしかたが、我々の敵を強化し、我々の惑星を脅かしているという証拠が、日増しに増え続けている。

(5) These are the indicators of crisis, subject to data and statistics. Less measurable but no less profound is a sapping of confidence across our land - a nagging fear that America's decline is inevitable, and that the next generation must lower its sights.

〈読売新聞訳〉
 これらは、データと統計に基づく危機の指標だ。予測は困難だが、間違いなく深刻なのは、我々の国土に広がる自信の喪失や、米国の凋落(ちょうらく)は避けがたく、次の世代はうなだれて過ごさなければならないというぬぐいがたい恐怖だ。
〈朝日新聞訳〉
 これらは、データと統計で示される、危機の指標だ。測定はより困難だが同様に深刻なのは、米全土に広がる自信の喪失だ。それは、米国の衰退が不可避で、次の世代は目標を下げなければいけないという、つきまとう恐怖だ。
〈毎日新聞訳〉
 これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。
〈Gooニュース訳〉
 どれもこれも危機の指標として、データや統計で計れるものです。それに比べて、数字では計りにくいが同じくらい重大なのが、国中にはびこる自信の喪失です。アメリカの衰退は避け難いものだという、いかんともしがたい恐怖。そして次世代の国民は期待の水準を下げなくてならないという不安。こういう自信の喪失のことです。


《解説》
 4段落目はとくに問題がない。高校生には構文が掴まえにくいようで、授業では構文解説をした。 our planetは「われわれの惑星」では硬いので、「この地球」でもいい。

 Hirosukeさんが5段落第2文の各社の訳に疑問を呈している。この文はおそらくはスラッシュ・リーディングでも音読10回でもピンと来なかった文だろう。理由は後ほどわかる。別のアプローチが必要だと感じたのかもしれない。

 この文はプロの翻訳家が苦し紛れに訳を「勘」に頼って処理する典型的なものである。だから「勘違い」も生ずる。各社の訳にばらつき大きく意味不明であるところがその証左であろう。この種のミスは個人訳の本にたまに見られる。「慣れた翻訳者」ほどミスを犯しやすい。
 各社の訳は支離滅裂といって差し支えない。「イミ」と「キモチ」が読めていないからだろうか。
 それほど難しくはないので高校生にもわかるように解説してみよう。並べた各社の訳を読んでから、ebisuの訳文と比べられたい。

 問題の文の後に主語を説明する文がつけられているので、前のほうの文の主語が倒置されて後方へ移動したのでわかりにくい。元に戻していくつかのセンテンスに分解してみれば、格段に意味がとりやすくなる筈である。英語の攻略の仕方は十人十色でいろんなやり方があって良い。
 書かれた英文の97%以上はこのような面倒なことをせずとも理解できる。だから、イメージをしながらの音読トレーニングは英語を使う場合に強力なトレーニング法たりうるのである。

 変形文法だと完全なシンプル・センテンスにまで分解するが、私の目的は意味をつかむことなので、デカルト方式で「問題をよりよく解くために必要なだけの小部分へ分割すること」を目標にする。意味をつかむためなら実用上そこまでで十分なのだ。英文理解のための一つの技だと思ってくれてよい。
(読みながら並行して臨機応変にシンプル・センテンスに分解して内容を理解する習慣が身につくとこういう文の意味がとりやすくなる)

 [1] A sapping of confidence across our land is less measurable [than data and statistics].
  [2] A sapping of confidence across our land is no less profound [than any other things] or [than data and statistics].

 ①米国に蔓延する自信喪失はデータや統計として測定しがたい性質のものである。
 ②米国に蔓延する自信喪失はなによりも一番(データや統計が現すものよりも)重要性が大きい。

そしてa sapping of confidence = a nappinng fear、同格である。大西先生流に言えば、後ろのnapping fearが前のa sapping of cofidenceを説明しているだけ。

 [3] It is a napping fear that America's decline is inevitable
  [4] It is a napping fear that the next generation must lower its sights.

  [5] its sights ⇒ the next generation's sights 
  [5'] the next generation will see the sights or the next generation will face the sights they must lower [in the future].
 
 ③米国の衰退が避けがたいものであるという漠然とした不安
 ④次の世代が質の下げざるを得ないという漠然とした不安、そして次の世代がそういう質の低下した現実を目の当たりにせざるを得ないという漠然とした不安
 ⑤はちょっと付け足しすぎかな?これくらい補って考えてもいいだろう。

 sappingとnappingで音が響きあう。韻を踏むというらしいが、英詩はほとんど読んだことがない。音が面白い文章ではある。
 4段落目でさまざまな具体例を挙げて米国が危機にあることを説明した。そうしたデータや統計に危機が現れていると述べた後で、指標として現れない米国の国家としての自信の喪失や、将来へのぬぐってもぬぐってのぬぐいきれない不安が何よりも重要性が大きいと述べている。オバマはこれを強調したかった。この文の「キモチ」と「イミ」である。
 敷衍すればこうなる。第4段落で戦争、経済、医療、教育での失敗をひとつひとつ数え上げ、危機の具体的な説明をして、そのあとで、さらにもっと根本的な何か、国家としての自信喪失すなわち将来へのぬぐいきれない不安の存在が大問題だとオバマは指摘している。集団的無意識がぬぐいきれない不安や国家の自信崩壊となって米国を覆い尽くしてしまった。この集団的無意識はまもなく自己を実現せずにはおかない。現実化することになる。したがって、米国の将来は暗く長いものとなるのだ。米国の覇権の時代が終わった。

 一般的なことを先に言い、その後で具体的な事例を挙げるのがありきたりの論理展開である。ところがオバマはここで逆のことをやってのけ、問題の本質をえぐりだす。

 定式化すると、「特殊⇒一般」型、あるいは「具体的事例⇒抽象的なもの」図式である。帰納的推論と言い換えてもよい。こうすると抽象的な推論が客観的な根拠のあるものとなる。作文するときに有効だから、覚えておいてよい推論形式である。

 オバマにとって国家としての自信崩壊や将来への漠然とした不安を国民が抱き始めていることがより本質的で最重要な問題なのだ。データや統計として目に見えるものよりも、目に見えない不安や自信崩壊のほうがはるかに重要である。おそらくそれは正しい予感であり、まもなくその予感は実現する。だからそれに備えようとオバマは国民に語りかけている。甘い幻想はなしだ。きつい現実と正面から向き合う覚悟を国民に求めたものと理解できる。
 さて、そういうことを踏まえてつたない訳を試みる。

〈ebisu訳〉
 「米国中に広がっている(政治的・経済的影響力あるいは政治・経済的覇権掌握への)自信崩壊は統計やなんらかのデータとして測定可能なものではない。だからと言って重要性が小さいのではなく、その重要性は統計やさまざまなデータがあらわしている危機よりもはるかに大きい。米国が直面している重要問題がここにある。
 米国の衰退がすでに避けられない局面へ入っていることや次の世代が現在よりも質を落としたさまざまな現実を目の当たりにせざるをえないということが、漠然とした不安すなわち全土を覆いつつある自信喪失の淵源をなしている。」

 わたしはある程度シンプル・センテンスに分解して意味をつかめば、日本語としてわかりやすい表現を心がければいいと思う。用いる語彙を選択することで少しは品のよい文章にも仕上げられるが、それは適時適切に使い分けができればいい。学術論文ならその辺りに少し気を使うべきだろうが、就任演説だから日本語として意味がわかりやすければいい。
 上述の訳文は説明的で少々長くなってしまったのが欠点であるので、あまり薦められない。文章の切れのよさを意識すれば、大鉈をふるってコンパクトにすべきだろう。
 どうぞ各自の訳を試みよ。私には真似ができないが、永井荷風の『断腸亭日乗』のような切れのよい日本語が理想だ。

 *ニムオロ塾のジャパンタイムズを使った時事英語授業は面白いぞ!

*読売新聞「オバマ大統領就任演説対訳」
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081107-5171446/fe_090121_01_01.htm

**Hirosukeさんのブログ『オバマ大統領の就任演説で英語を学ぶ』
http://obama-de-english.blog.so-net.ne.jp/2009-02-06#more

 2009年2月9日 ebisu-blog#529
  総閲覧数:76,013 /440 days(2月9日12時00分


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shira

 初めて訪問させていただきます。なかなか辛口のブログですね。
 オバマ演説は、私は全然チェックしてないです。あんまりあちこちで取り上げられているんで、天の邪鬼が発動してまして。
by shira (2009-02-09 17:57) 

ebisu

shiraさん、Niceありがとう。
 じつは昨晩、Hisosukeさんのブログ経由であなたのブログを読んでいました。
 「英語で英語を教える」という文部科学省の方針に関する記事でした。箇条書きにずらりと具体的な論が並んでいました。
 大学入試の小論文や面接に利用できるネタを提供する「スーパー小論文ハイスクール」と命名されていますが、進路指導に関して高校生の参考になる情報や着眼がいくつもありました。いろいろな職業について適確にコメントできる人材は少ないから、高校生だけでなく、高校の進路指導の先生にもたいへん参考になっているのではないでしょうか。またこっそり覗かせてもらいます。
 受験生は、仕事とは何か、自分の適性は何かについてある程度考えたら、Shiraさんのブログへどうぞ。
by ebisu (2009-02-10 00:11) 

Hirosuke

オバマと東芝 とっくに着工 認可は今頃
http://obama-de-english.blog.so-net.ne.jp/2011-12-11

余りにも腹が立ったので
【ブログ名】を変更してやりました。(怒)

【裏切り】オバマ大統領の就任演説で学ぶ
【大人の流儀】
http://obama-de-english.blog.so-net.ne.jp/

by Hirosuke (2012-02-10 14:52) 

ebisu

あはは、オバマ大統領に何があったのでしょう。

反原発に舵を切ることができなかったのでしょう。
理由は何でしょう?
雇用対策かもしれません。
最近雇用問題を重視していますから。

福島原発事故を見たのですから、社会全体のことを考えると原発を廃止すべきだし、新設なんてとんでもないということになりますが、自分の再選という損得勘定を考えたのでしょう。

人間は自分の損得勘定を優先してものごとを考えると判断を間違えるものです。
自分の損得を外してものごとを考えるのは凡人には至難の業です。
オバマ大統領もただの人だったということでしょう。
アハハ、笑ってやりましょう。
情けない人だと。
by ebisu (2012-02-10 22:40) 

Hirosuke

あはは・・・はぁ。
by Hirosuke (2012-02-10 22:47) 

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