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簿記検定直前 日曜特別補習 [62. 授業風景]

2,008年2月17日   ebisu-blog#093
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 折からの南風で沿岸氷は遥か視界の外へ消え、弁天島の後方には群青色のオホーツク海が広がっていた。灯台の少し後ろ側まで300㍍ぐらい氷が張っている。びっしり張り詰めているので、波で割れずに残っている。2時の気温はマイナス0.8度C、道路脇の雪は溶け出して水溜りを作っていた。水溜りができて側溝へ流れている風景は今年初めて。あらためて寒い冬に気がつく。風は強い。

 今日は全経協簿記実務検定試験の日だ。高2の二人は前回の全商検定に続いて受験している。もう一人の高2は危険物取扱者の資格試験を受けている。二年生はこのところ試験が目白押しである。
 そういうわけで、参加者は中学3年生のN君一人だけ。一度やった過去問題のコピーを6回分渡してあったが、5回分をやってきていた。
 日商簿記2級は問1から問5まで、異なるパターンの出題がされる。黒板に、横軸に105回から109回までを並べ、縦軸に問1から問5までマトリックス状に並べ、それそれの得点を記入していく。
 これで、どこが弱いのか一目でわかる。仕訳問題は社債と株式売買のケアレスミスを除けばほぼできている。物を売買したら損か益が発生するのが当然である。株式だろうが固定資産だろうが同じことである。そういう目で自分が書いた仕訳を見直せばケアレスミスは防げる。
 問2の問題はパーフェクト狙いの問題だ。ひとつだけダメだったのは本支店会計に関わる問題だった。問3は本支店会計に関わる問題である。本支店合併貸借対照表及び損益計算書は未達取引と内部利益の消去を丁寧にやるだけでよい。この問題にウィークポイントのあることがわかったので、別の問題集の該当部分をコピーして補強することにした。とりあえず、手のつけれらなかった問題の解説を読み、解き方を理解してもらう。家に帰ってからもう一度やることになる。
 問4も工業簿記の基本問題である。一回だけパーフェクトでなかったが、これもほぼ問題ない。問5の問題の標準偏差が5問中最大であった。合格を確実にするためには比例計算に慣れなくてはならない。
 (部門別)個別原価計算、(部門別)総合原価計算、等級別原価計算、標準原価計算、直接原価計算など勝手に原価計算学者が分類しているが、要は比例計算である。どういう区分で比例計算をするかというだけの話である。個別に憶える必要はない。トレーニングに必要な問題は先ほどコピーしてきた。これで補強できる。

 過去問題5回分の平均点数は69.5であった。5回中4回がかろうじて合格点だ。同じ問題の2回目だから、この点数ではまだ合格できない。平均点が80点を超えるところまでやる必要がある。ちょうどあと1週間だ。この前の3級受験のときも試験1週間前はこんな程度だった。それでも90点を超える合格点をたたき出した。今回はマトリックスで弱点分析をして必要な補強問題を用意したから、これを一通りやれば合格できるだろう。いつまでに、何を、どのようにやれば好いのかについて、理解と納得が大事である。ただ“がんばれ”と言うだけでは指導とはいえない。
 
 事務情報科へ進学する予定のK君が1年後に日商簿記2級にチャレンジすることになるかもしれない。普通科へ行く予定のS君と一緒に、高校入試当日の夜から、日商簿記3級の受験勉強をスタートさせる予定である。3ヵ月後の6月の日商簿記検定合格に照準を合わせて、高速学習をやる。在学中に日商簿記1級合格にチャレンジだ。くじけずにやり抜けるかどうかは本人次第だ。

 事務情報科で日商1級に合格できれば、明治大学商学部や中央大学商学部へは別枠でトライできる。事実上無試験に近い。
 東京へ出れば、就職はいくらでもあるが、日商簿記1級でも、高卒だと大手企業は新卒募集がない。大卒が条件になるから、会計事務所か地銀あるいは信金に就職して、仕事をしながら公認会計士2次試験にチャレンジすることだ。税理士試験でもよい。税理士試験か公認会計士2次試験に受かってからでも好いから、お金を貯めて大学へ進学することを勧める。幅広い教養は仕事が大きくなればなるほど必要になる。大学の4年間は決して無駄にはならない。

 私は高校入試の時点では、簿記1級をとって金融機関に勤めながら公認会計士になるつもりだった。目標は具体的で明確だった。高2のときから中央経済社で出版され始めた公認会計士二次試験講座シリーズを購入し、簿記論、会計学、原価計算、経済学、経営学、商法、監査論などの勉強を始めた。夢中で勉強した。夏休みや春休みは一日8時間を超える勉強をした。近代経済学だけではなくこの期間に『資本論』も読んだ。ヘーゲルもニーチェもハイデッカーも、片っ端から読み漁った。知的好奇心が爆発した時期だった。
 毎日数時間は家業のビリヤードの店番をして大人に混じってビリヤード三昧の時を過ごした。いろいろな職業・性格の大人をビリヤードというゲームを介して知ることができた。人間を見る目は店番をしていた小学生のときから高校卒業までの時期に養われたに違いない。生徒会やSa先輩が大学進学したあとに頼まれた珠算塾でのアルバイトにも時間を割いていた。普段は忙しくてほとんど勉強時間が取れない。黒板に書かれた字を丸ごと暗記するという技は苦肉の策ではある、「必要は産みの母」ともいうが、ビリヤードでこの技を得た。集中力の賜物だろう、映像を記憶できるようになっていた。授業が終わった後で、1~2分目をつぶり頭の中に黒板の字を再現するだけで、数ヶ月間記憶が保持できた。大学に進学ができる可能性が開けたのが、高校3年の秋頃である。まったくの予定外だった。運命とはわからないものだ。受験には失敗した。準備がなかった。
 このことから、受験は準備が大切で、120%の準備をしなければ合格しないことを学んだ。大学院受験では経験を生かした。今日のN君への受験指導にもこの経験が生かされている。マトリックスでしっかり現況を分析(棚卸し)して、適切な対策を立て、実行する。そして、受験直前には120%の水準までもっていく。

 大学へ進学できるか否かは、家庭の事情にもよる。大学進学ができない場合は、まずは日商簿記1級、そのあとは出たとこ勝負で行け。
 就職して仕事しながら公認会計士2次試験や税理士試験を受験するもよし。
 資格を取って自力でお金を貯めてからの進学を勧めたい。税理士や公認会計士なら、25歳で大学入学したって好い。箔をつけたかったら慶応大学大学院商学研究科へ進学しろ。ようするに、納得のいく人生を歩むことだ。
どれほど困難な道であろうとも・・・
北海道の地に生まれたからには開拓者たれ。
進むべき道は意地でも自分の力で切り拓け。


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